Long story


Top  newinfomainclap*res






 衝動買いをしたときは満足している。いい買い物をしたと思うのだ。思わなければそもそも買わない。しかし、衝動買いの恐ろしい所は、実際にそれほど必要でないものでもその場の勢いで買ってしまうことにある。そして、それほど必要ない物を買ってしまった場合、後からその事実に気が付いて後悔することが大半だ。そう、まるで衝動買いの後遺症のようなものだ。
 そして現在4階。洗濯機を求めて歩いているところで、秋生は、早くもその後遺症に頭を抱えていた。その理由は、冷蔵庫を衝動買いし、食洗機も衝動買いした挙句に、冷凍庫も買ってしまったことだ。冷凍庫に関しては勢い余って2つも購入してしまった。

「やっぱり冷凍庫2つはいらなかった…」
「またその話か」

 華蓮がうんざりしたように呟く。
 無理もない。秋生はさきほどからほぼ3分置きにこの言葉を繰り返している。考えないようにしても、ふとした拍子に冷凍庫のことが頭に思い浮かんでしまうのだ。

「そもそも、あれどこに置きます?」

 大容量の横長の冷凍庫が2台。
 とてもじゃないがリビングには置けない。置こうと思えば場所は確保できるかもしれないが、それこそ景観も何もあったもんじゃない。

「納屋しかないな」
「狭いんじゃないですっけ?」

 確か前に睡蓮と加奈子が喧嘩したときに、あんな狭いところに閉じ込めるなんて鬼畜だとか外道だとか騒いでいた気がする。睡蓮と加奈子の大きさで狭いというのなら、冷凍庫なんて入らないのではないだろうか。

「物が多い上に無造作に置かれてるから狭くなってるだけだ。片付ければ何とかなる」
「でもそれ、大変ですよね?」
「やるのは深月と侑だから問題ない」

 華蓮は当たり前のようにそう言い放った。
 どうしてその2人に矛先が向いたのか分からないが、華蓮がそう言ったということは確実にそうなるだろう。何だか秋生は深月と侑に申し訳ない気持ちになった。

「そうですか…ああああ!!」

 4階に入って、除湿機系統やドライヤーなど、どちらかというと小さめの家電製品が並ぶ中を進んだ先で、秋生は声を上げた頭を抱えた。

「うるさい」

 さきほどから何度か華蓮には注意されているが、そのたびに華蓮の言葉は勢いがなくなっている。多分、もう半ば諦めているのだろう。

「でも…!これ……!」

 秋生はそう言って、目の前に広がった光景に再び頭を抱えた。
 洗濯機を求めてきたはずが、小さめの家電を抜けて目の前に広がったのは予想外のものだった。

「テレビがどうした」

 そう――――テレビ。テレビ。テレビ。右を見ても左を見てもテレビ。尋常ではない数のテレビがずらりと並んでいる。
 秋生が頭を抱えたのは、そのテレビの数が多すぎるからでも、すべてのテレビが律儀に同じ番組を放送していて気持ち悪いからでもない。

「もうこれ以上買うのはやばいから、見ないようにしようと思ってたのに……!」

 テレビのコーナーを更に進んだ奥に、ちらりと洗濯機らしきものが見えた。
 どうして逆にしないのだ。というか、テレビと洗濯機をどうして同じフロアに置こうと思ったのかその神経が分からない。洗濯機は水回り、テレビは生活空間、全然用途が違うし置く場所も違いすぎるではないか。家の中で絶対に相容れぬ存在をあえてここで相容れてみましたなんて、そんなことは必要ない。

「見ても買わなきゃいいだろ」
「それが出来たら冷凍庫2つも買ってませんよ…!」
「じゃあ見るな」
「もう見えちゃって…あ、先輩ほら!3D!」

 もう見えているのだから手遅れだ、と言おうとした瞬間、前方に3Dテレビが見えた秋生は足早にそこに向かった。専用のメガネをかけてテレビを見ると、本当に画面から飛び出てくるような感覚だ。

「先輩見て、これすごい!」
「ああ。でも長時間見てたら疲れそうだな」

 華蓮の言葉に秋生は全面同意で、頷きながらメガネをはずした。
 そもそも、このテレビは大きさが35型だ。これだと華蓮の家にあるテレビと同じ大きさなので、キッチンからでも見えるという秋生の要望に適わない。

「んー…あ!あれやばい!」

 次に秋生が目をつけたのは、70型のテレビだ。

「でかいな」
「でかいですね」

 近づくと予想以上の大きさに圧倒されそうになった。
 華蓮の家にあるテレビの2倍だが、その迫力は2倍以上だ。テレビの中の人間の方が、実際の人間より大きく映るなんて、数年前には想像もつかなかった。これを見るまでは現代でも想像ができていなかったが。

「白縁ってめずらしいですよね。テレビって黒ばっかりなのに」

 それがまた好感度を上げる。華蓮の家のリビングはソファも白いので、テレビも白くできれば統一感があっていい。そこに黒いカーペットというのがモノトーンな感じでなおいい。

「ああ。おまけに同時に4番組まで録画できるみたいだな」
「え!なにそれすごい!」

 華蓮が説明の書かれたPOPを見ていたので、秋生も視線を向ける。
 すると、華蓮の言う通り4番組まで同時に録画が可能で、更に衛星放送にも対応している。そしてそれだけにはとどまらず、今日まさにテレビで特集されていた、よく録画している番組を予約し忘れても勝手に録画してくれる機能も備わっていた。

「好きな芸能人の名前を入れるだけで、その芸能人が出ている番組を自動録画……」

 華蓮がそう読み上げるのを聞いて、秋生はリモコンを手に取った。
 芸能人の全リストを表示すると、登録件数は2万を超えている。そこから直接入力も可能だし、50音かアルファベットで検索して選ぶこともできるようだ。秋生はすかさずアルファベットの「H」行にとんだ。

「おおっ、head様名前ありますよ!」

 上からいくつも行かないうちに“head(shoehorn)”という表記を見つけた秋生は思わず興奮してしまった。

「出すな!」

 華蓮は怒って秋生からリモコンを奪うと、芸能人の検索画面を消してしまった。何か録画できるものがあるか見る予定だったのに残念だ。とはいえ、侑はしょっちゅうテレビに出ているが、その他は全くテレビ出演しないので(せいぜいライブ映像が公開される程度)検索してもヒットはしなかった可能性が高いが。

「これすごい、まじで欲しい……ああ、冷凍庫さえなければぁああ」

 これほどまでにハイスペックに進化しているなんて思ってもみなかった。これを知っていたら、冷凍庫なんて後回しにしてテレビを買っていたに違いない。

「値段の桁が違う時点で、冷凍庫を買った買わないの問題じゃないだろ」
「本当だ。ゼロが1個多い……いやでも、冷凍庫がなかったら買ってたのにぃぃ」

 とはいえ、冷凍庫を買ったからといって届かない値段ではない。むしと、冷凍庫を買っていようといまいと買おうと思えば簡単に買える値段だ。
 しかし、秋生のプライドというのだろうか。これ以上衝動買いをしてしまうと、自分が金持ちだと世間に露呈するような形になってしまいそうで嫌だった。ただでさえ、今日はこれまでに一度に使ったことがないくらいのお金を使っている。だからだろうか。これ以上はまずいと、頭の中で警告音が鳴っているのだ。ここでテレビを買ってしまうと、金銭感覚が狂ってしまうと言っている。

「いっそ冷凍庫返品して来いよ」
「それはプライドに反します」
「もう好きにしろ」

 華蓮はそう言うと、テレビコーナーの前に設置されていた模擬観賞用のソファに座った。華蓮なら「勝手にしろ」と言って先に洗濯機のコーナーに行ってしまいそうなものだが、どうやら秋生が吟味するのを待ってくれるらしい。
 思えば、いままでも無駄にテンションの上がった秋生が変なものを手に取ったり、目的外のものにつられて行ったりしても、文句を言いながらではあるが付き合ってくれていた。おかげで秋生は嫌と言うほど満喫しているが、華蓮は満喫どころか気苦労しかしていないような気がする。

「すいません」
「は?何が」

 突然謝罪をした秋生を、華蓮が変なものを見るような目で見る。

「俺ばっかり楽しんでるから」
「何かと思えば。そんなことより、テレビの前から退け」

 人が謝っていることよりもテレビの方が優先なのか。おまけに「そんなこと」呼ばわりとは。
 華蓮はそう言いながら、秋生から奪ったリモコンでチャンネルを回し始めた。

「疲れないんですか?」

 秋生はテレビの前から退くと、華蓮の隣に座った。

「疲れるに決まってるだろ。当たり前のことを聞くな」
「当たり前って……」

 まるで常識であるかのようにのたまう華蓮に、秋生は苦笑いを浮かべた。

「お前の馬鹿は今に始まったことじゃない。馬鹿と一緒にいれば学校だろうが家電量販店だろうが疲れることなんか目に見えてる」

 ここまで馬鹿を連呼されると怒りたくなるものだが。華蓮の言っていることはもっともで、秋生の馬鹿は今に始まったことではない。これまでも数えきれないほど「馬鹿」と言われ、それでも直さなかった秋生の、これは性分なのだ。
 疑問に思うことは、それが分かっていてどうして一緒にいるのかということだ。華蓮ならば、それが分かっていたらわざわざ一緒に行動を共にしたりしないだろう。学校はしょうがないにしても、家電量販店なんて別にどこに悪霊が出る訳でもないのに。

「じゃあどうして一緒に来てくれたんですか?」

 チャンネルを回している姿に問うと、華蓮は一瞬だけ秋生の方に視線を向けてから、すぐにテレビに視線を戻した。

「馬鹿もそこまでいくと見るのに飽きない。まぁ、馬鹿じゃないに越したことはないが」

 それはつまり、馬鹿すぎる秋生を相手にすることが疲れることを通り越して娯楽になっているということか。華蓮をそこまで導く馬鹿さ加減とは、一体自分はどれほど馬鹿なのだろうかと思わずにはいられない上に、疑問も残る。

「俺、喜んでいいんです?」
「それはお前が決めることだろ」
「うーん……どう思うテレビくん?」

 テレビに聞いたところで、答えが返ってくるわけでもないことは分かっているのだが。
 時間帯は変わったのに相変わらずまともな番組が放送されておらず、華蓮は昼のニュース番組のところでチャンネルを回すのをやめた次の瞬間。

『これは喜ぶべきですね』 

 チャンネルを回すのをやめた途端、テレビの中のアナウンサーが、何かの話題に対してそうコメントした。一体何に対してのコメントかはさっぱり分からないが、秋生の目が見開く。

「テレビくんが答えてくれた!」
「違うだろ」
「いや、絶対今の俺に対しての返答ですよ。てことで喜んでおきます!」

 テレビの言う通りだ。理由が何であれ、華蓮と少しでも多く一緒にいられるならそれでいい。そう考えると、馬鹿も捨てたものではない。

「これもテレビくんのおかげ」
「邪魔だ」

 秋生が立ち上がってテレビに近寄ると、すかさず華蓮から邪険にされた。秋生は仕方なくソファに戻るが、なんだかテレビが「行かないで」と言っているように聞こえてならない。

「ああー、テレビ欲しい。ていうか、このテレビが俺に買ってって言ってる」
「それなら買えばいいだろ」
「いやでも警告音がぁあ。…だからテレビのコーナーなんて見たくなかったのに!」

 なんだか、こんな奇妙なところにテレビのコーナーがあったのも全部このテレビが秋生に買われたいがために仕組んだことのように思えてならない。そんなおとは100%ないのだが、それでもそう思わずにはいられない。

「いやでも…ごめんテレビくん。君を買うことはできない」

 秋生の中の警告音が、テレビくん購入意欲よりも上回った。
 さきほども衝動買いをして後悔をしたばかりだ。ここでテレビを買うと、きっとまた後悔するに決まっている。しないとしても、これ以上お金を使うと金銭感覚が狂ってしまいそうだ。我慢のできない人間にはなりたくない。秋生は自分にそう言い聞かせて、テレビを断念することを決めた。

「いいのか?」
「いいです。…洗濯機、見に行きましょ」
「ああ」

 秋生と華蓮はソファから立ちあがって、テレビの前から移動する。
 離れていくにつれて、テレビから「行かないで」と言われているような気がした秋生は何度か振り返った。しかし、決死の思いでその訴えを聞かなかったことにし(そもそも訴えてきてなどいないが)、泣く泣くテレビのコーナーを後にした。


[ 3/5 ]
prev | next | mokuji


[しおりを挟む]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -