Long story


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 3階に上がると、最初に目に入ったのは冷蔵庫だった。小さい物から大きい物まで、ありとあらゆる冷蔵庫がずらりと並んでいる。冷蔵庫のコーナーを目にした時点で、秋生のテンションは一気に最上まで上り詰めたようだ。興奮が抑えきれていないのが一目瞭然で、今にも飛び跳ねそうだった。

「あああ!夢の両開き冷蔵庫!!先輩、冷蔵庫!!」
「分かったから落ち着け」

 店員だけでなく、客までちらほら振り返って秋生に視線を送っている。ただでさえ高校生がこんな時間にこんなところにいるだけでも珍しいということを、秋生が全く自覚していないことは明白で華蓮は頭を抱えた。黙れとは言わないから、せめてもう少し目立たないようにしてほしいものだ。

「ああだめだ。本当に衝動買いしてしまいそうだ」

 秋生は冷蔵庫から目を離しながら項垂れた。テンションを上げたり下げたり忙しい。

「お前、どっから衝動買い出来る金が出て来るんだ」

 華蓮はふと不思議に思って聞いてみた。
 “衝動買いしそうだ”ということは言い方を変えれば“衝動買い出来る”と言うことだ。冷蔵庫なんて、普通の高校生が衝動買いするようなものでなければ、衝動買いできるような額でもない。
 それに秋生は何かバイトをしているわけでもなければ、華蓮のように陰で芸能人をして稼いでいるわけでもない。もちろん、悪徳霊媒師なんてこともないだろう。

「あ、それはですね。じーちゃんの財産が結構あるんすよ」

 秋生はそう言ってから人差し指で3を示した。その数字が3百万なのか3千万なのか、はたまた3億なのか。
 それはわからないが、少なくとも冷蔵庫を衝動買いした程度では全く打撃のない額だということが伺えた。

「それで冷蔵庫を衝動買い出来るわけか」

 華蓮がそう言うと、秋生は苦笑いを浮かべた。

「本当はあまり使いたくないんですけど。桜生が戻って来たら分けなきゃいけないし、それに普通の高校生っぽくありたいし。……でも冷蔵庫買うって、普通じゃないよなぁ」

 正に自分で自分の首を絞めている。

「冷蔵庫の衝動買いで普通じゃないなら侑なんか相当普通じゃないし、双月なんか魔性のキチガイだ」

 侑はバンドで稼いだ金で妖怪たちが住んでいる山を丸ごと購入していたし、双月に至ってはそこら中の土地を買い占めてその貸金でさらに収入を増やしている。まさに大鳥家の血といったところだ。双月は将来のためだと言っていたが、華蓮ですら限度額なしのブラックカードを作れるだけの稼ぎがあるのだから、双月だって同じはずだ。そこからまた更に増やして、一体将来何をしようというのか。

「双月先輩すげぇ」

 秋生はそう言って表情を引きつらせた。

「そもそも普通の高校生っぽくありたいって金の面が無くても無理だろ。お前の周りに普通の高校生が一人でもいるのか?」
「確かに……春人が若干普通な気もするけど、基本的にいないですね」

 正にその通りだ。
 あの家にいる人間で唯一“普通”と言っていいのは春人くらいだろう。ここまでくると、春人にも何か“普通”じゃないことがありそうなものだ。いや、むしろあの中で当たり前に生活している時点で“普通”ではないのかもしれないが。

「今更普通なんて夢見ても無駄だ」
「よし買おう、冷蔵庫」

 切り替えが早い。
 秋生はそう言うと、そそくさと大型冷蔵庫の前に移動していき、片端から冷蔵庫の飛びらを開け始めた。

「先輩、これすごいですよ!冷蔵庫なのに保温できる!」

 一度下がったテンションは一体何だったのか。
 秋生は再び今にも飛び跳ねそうなくらいのはしゃぎようを取り戻していた。

「この機能はいるのか?」
「あれば便利です。休みの日なんてみんなバラバラに起きて来るから、魚とか味噌汁とかいちいち温めるのが面倒だから。でもこれ、両開きじゃない」

 夢の両開きと言うくらいだから、譲れないのだろう。秋生は不満そうに呟いて冷蔵庫の扉を閉めた。

「ならその機能が付いてかつ、両開きのやつにすればいいだろ」
「あと、冷凍庫はいらないです。その分冷蔵容量を増やしてほしい」
「要求が多いな」
「どうせ買うなら、とことん追求しないと。後で後悔しないように」

 そう言って秋生は他の冷蔵庫を見るために移動を始めた。
 ここまで吟味するのなら、衝動買いとは言わないような気がしてくるのだが、どうなのだろうか。
 華蓮も秋生と同じように冷蔵庫を見てみるが、まず両開きとそうでないものでどう違うのかが分からない。野菜の鮮度がどうとか言われてもどうでもいい。ただ、製氷機については必需品だと思った。あの人数がいると、型で氷を作ったのではとても間に合わない。
 これだけ注文が多いならいっそのことオーダーメイドにした方が早いのではないだろうかと思ったが。

「あった」

 両開きで、保温できて、製氷機もあって、冷凍庫がない。改めて要望を確認する。
 今華蓮の目の前にある冷蔵庫は、両開き。保温ができる。製氷機もあるしおまけに結構大きい。更に冷凍庫はついているが、温度調節が可能で冷蔵機能に変更も可能。まさに秋生が(華蓮も一部)したものそのものだ。
 今のご時世、何でもあるものだと感心する。

「秋生、あったぞ」
「え!?」

 華蓮が呼ぶと、少し距離が離れたところまで移動していた秋生が一瞬でやってきた。
 どうしてその機敏さを普段から発揮しないのだろうというくらいの速度だった。

「ほら」

 華蓮が指差すと、秋生は目の前にある冷蔵庫を凝視し、ぶらさがっているPOPの文字を隅々まで読み、扉を開け中の確認をし、そして閉じた。

「先輩天才!まさにこれ!俺が探してたのこれですよ!」
「いちいち大声を出すな」
「あ、すいません。……でも、色どうしましょ?」

 黒か、白か、赤。
 秋生はお買い上げ用紙を3枚持って首を傾げた。

「お前の好きな色にすればいいだろ」
「うーん…とりあえず今の冷蔵庫が黒だから黒は却下。他の家電がほぼ白なのに何でこれだけ黒なんだろうって前から不満だったんですよね」
「悪かったな。冷蔵庫だけ黒で」

 どうして冷蔵庫だけ黒にしたのかもう理由は覚えていない。多分、全部統一しようとしたけれど、冷蔵庫の在庫がなかったとかそんな理由だろう。もしくは、何も考えずに安さで買ったらたまたま冷蔵庫以外のものが白くなったかだ。

「別に悪いとは言ってないです。不満なだけで」
「つまり悪いってことだろ。馬鹿か貴様は」

 華蓮が顔を顰めると、秋生は一瞬きょとんとした表情を浮かべる。

「……なんか久々に言われるとちょっと嬉しいかも」
「引っ叩かれたいのか」
「嫌です。それは嫌ですすいません!」

 秋生はそう言って叩かれるのを防止するために頭を覆った。

「もういいからさっさと決めろ」

 こんなことをしていても埒が明かない。他にも見る家電は沢山あるのに、ここで立ち止まっていてはいつまで経っても終わらない。

「キッチンで統一するなら白ですけど、でもこの赤なんか好きだなぁ。あんまり見ないですよね、これ。真っ赤ってわけでもなくてなんとなくダークな感じで、ね?」
「確かに暗いが、普通の赤だろ」

 赤というよりは、ワインレッドの方が近いかもしれないが。ワインレッドなんて、どこでも見るような色だ。

「うーん……悩む。…いやでも、やっぱりこの赤好きだなぁ。…あれですよね、景観なんてどうでもいいですよね!赤!決定!」

 さきほど景観が悪いと言って冷蔵庫に散々文句を言っていたのは正に秋生だ。それなのにも関わらず、格好いい冷蔵庫が欲しいという理由で景観なんてどうでもいいと簡単に意見を変えてしまった。

「お前いい加減にしろよ」
「わー!叩かれるのは嫌です!!」
「でかい声で言うな!」

 目立ちたくないという思いなんて誰も知らず、周りの注目度はどんどん上がっていく一方だ。このままだとそのうち店員から商品の売り込み以外の理由で話しかけられるのも時間の問題だと思いながら、華蓮は頭を抱えるのだった。



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