Long story
桜生が去って行くのを見てから秋生はテレビに視線を戻す。どうやら遊園地デートは終わったようで、次なる目的地に向かっている。
「今度はどこ行くんですか?」
「家電量販店」
「家電量販店……?デートなのに?」
さっきまで遊園地という妥当なチョイスだったではないか。あの流れだと、水族館とか動物園とか、テーマパークとか、百歩譲ってもパワースポットとか、色々あるだろう。それなのにどうしてよりにもよって家電量販店。付き合っている段階から将来を見据えて電化製品を見に行きましょうという話か。それならまだ家具の方がマシだ。
一体今の日本のテレビ番組は何を目指しているのか疑問に思えてくる。
「俺に言うな」
その返答はもっともだ。こんなこと華蓮に言ってもしょうがない。
仕方がないのでテレビに視線を向けると、先ほどとは違うカップルがこれまた仲良く手を繋いで家電量販店にご入場したところだった。
「そういえば、洗濯機新しくするとか言ったきりそのままですね」
今でも当番に当たった者たちは文句を言いながら洗濯物を干している。食事担当の秋生に洗濯当番はないが、毎日3回も洗濯機を回さなければいけないのは肉体的にも金銭的にも褒められたものではないと思う。それに、最近はちょくちょく洗濯の途中で機嫌を損ねて洗濯をやめてしまうこともあるとか。
「本当、早く買って来ればいいものを」
どうやら、あの洗濯機には華蓮もうんざりしているようだ。前は支障ないと言っていたような気がするが、やはり日が経つにつれて面倒くさくなってくるのだろう。
「あ、ほら。最新の洗濯機!洗濯容量10キロですよ」
カップルが洗濯機のコーナーを歩きながら楽しそうに会話をしている。しかし、そんなことには聞く耳を持たず、流れていく映像の中で次々に出て来る洗濯機を目で追う。
「この家は何キロなの?」
「3キロ。俺がいた時と変わっていないだろ、あれ」
「ああ。睡蓮が1度壊したらしいが、蹴ったら直ったと言っていた」
それは違うだろう。蹴って直っていないから、最近機嫌が悪いのではないのか。原因が露呈しているのに、何を飄々と弟の過失をなかったことにしようとしているのだ。
「最近の洗濯機は横に扉が開くんだね……」
桜生はドラム型洗濯機が物珍しいようで、テレビに近寄ってきた。これは桜生の眼が悪いからではなく、ダイニングからではいまいち映像が見えづらいのだ。
と思っている矢先に、今度はテレビ特集だ。
「おおおおー、最近のテレビすげぇ!」
まず大きさが桁違いだし、それに機能も段違いに凄い。3番組いっぺんに録画できるのは足り前だし、録画予約を忘れていても録画履歴から推測して勝手に録画してくれるなんて頭が良すぎる。その上、画質もいいなんていいとこ尽くしではないか。
「テレビまで買う気か」
「あ、いえ。そういう訳じゃないですけど…」
ただ、今のテレビは録画機能があるものの1度に1つの番組しか録画できない。だから、週に3回くらい、秋生と春人VS侑と双月で昼間の学校に時間にどの番組を録画するのかという論争が始まるのだ。いつも最終的にじゃんけんで決まるのだが、そのおかげでドラマが1話抜けて話が分からなくなったりしてしまうことが多い。
それに、大きくなればキッチンからも映像が見えるから、みんなが楽しそうに見ているところでやきもきする必要もなくなる。
「まぁ…この大きさじゃあっちからは見えないからな」
華蓮も秋生の思うところは理解しているらしい。
だからといって、秋生は「新しいテレビにする」と言える立場ではない。既に住み着いている状態であっても、ここは華蓮の家だ。
「…こんどのこれは何?」
いつの間にかテレビのコーナーも終わって、次に現れたのは四角い箱。侑が設置について文句を述べる歌を作っていた、正にその家電だ。
「おお!!食洗機!!先輩!食洗機ですよ!!」
「見れば分かる」
さまざまな種類の食洗機が並んでいる。これがあれば1日3回の皿洗いから解放されるのだ。おまけに勝手に乾かしてくれるという、夢のような機械が画面の向こうに沢山広がっている。
「食洗機…?」
「食器を洗って乾かす機械だ」
「乾かすだけじゃなくて洗ってくれるんだ…すごーい」
どうやら桜生は一部で知識が肉体の離れた瞬間のまま止まっていることがあるらしい。まずっと霊体のままで李月にくっついているだけだったのだからそれも当たり前といえば当たり前だ。だから、霊体になって以降に発売されたものや開発されたことに疎いのだろう。洗濯機だって食洗機だって、李月が必要としなければ買うことはおろか、見ることすらしなかったのも無理はない。
しかし、そんな状態でshoehornを知っていたというのは逆に凄い。
「ああー、いいなぁ、食洗機。…あ、次は冷蔵庫だ」
冷蔵庫も、今のものはかなり小さい。
何せ7人+2人の霊体の食事を用意しなければいけないのに、冷蔵庫は200Lのものだ。それに同じくらいの大きさの冷凍庫が別にあるのだが、それでも小さすぎる。これだけの人数ならば、数日分を一気に買いだめしておいた方が明らかにお得なのだが、1日分でも入るか入らないかの瀬戸際だ。食材だけでなく、お茶はビンに4本と牛乳は3本が一日でなくなってしまうので、毎日買い足すわけだがとにかく入れる場所がない。酷い時には、応急措置として冷凍庫にいれることもある。その冷凍庫だって、色々と作り置きしたいのに容量がないためにそれができない。作り置きが出来れば、料理は大分楽になるのだ。それを考えると、テレビよりも食洗機よりも、一番に買うべきは冷蔵庫と冷凍庫だ。
「おおきーい」
「両ドア!夢の両ドア冷蔵庫!ああ、こっちの冷凍庫も凄い!でかい!」
横長の冷凍庫は500Lくらい入るほどの大きさだ。これがあれば色々なものが作り置きできる。あれもこれもと考えていると、500Lでは少し小さいかもしれなと思えてきた。
「文句言ってたわりに、楽しんでるな」
「むしろ遊園地デート見てるより楽しいですよ!」
あれに乗りたい、これに乗りたいと考えるより、あれが欲しい、これも欲しいと考える方が楽しいに決まっている。行動欲より物欲の方が勝るのは当たり前だ。
「もういっそ買って来いよ。この家電量販店、俺が住んでいたところの近くだ」
「えっ!?そうなんですか!」
「ああ。だからここからでも行ける距離だ」
なんてことだ。
秋生はこれほど大きい家電量販店なんて見たことがない。デートはともかくとして、あれだけの種類の家電があるなんて、想像しただけでもわくわくする。しかも、それが意外と近くにあるなんて。そんなことを聞いてしまったら行きたくなってしまうではないか。
「ローカルぅううう。何でそんなに微妙なところの放送するんだよ!行きたくなるだろ!」
もっと近ければ、買うか買わないは置いておくとしても、すぐに行っていただろう。逆に遠い所なら、行けないからしょうがないで諦めがつく。この、近くもないが行けなくもないというのが一番ムカツク。行きたいけれど一人で行くには面倒臭くて、でも行きたいからやっぱり行こうかなと延々と悩んでしまうのだ。
「今から行くか?」
「えっ」
テレビから華蓮に顔を向ける。
今の言葉は秋生があまりに行きたいと思いすぎて聞いた空耳だろうか。
「学校が再開したら洗濯機を買いに行くにも休日になる。休日は人が多いだろ。だから、平日が休みのうちに行っておくのも悪くはない」
「……本当に?」
どうやら空耳ではなかったらしいが、華蓮からそんな言葉が出来たことが秋生はまだ信じられない。
「行きたくないならいいが」
「い――――行く、行きます!行かせてください!」
こんな大チャンスを不意にしてたまるものか。
焦った集秋生は思わず華蓮の上から起き上がり、ソファの上に立ち上ってしまった。
「分かったから、落ち着け」
「あ…はい。すいません」
華蓮が苦笑いで秋生を見上げていたので、秋生ははっと我に返ってソファから降りた。少し興奮しすぎてしまったと反省する。
「さっさと支度をして来い」
「了解です。…あ、でも服どうしよ」
秋生は自分があまり私服らしい私服をこの家に持ってきていないことを思い出した。この家に来てから学校に行くか、休日は出ても買い出しだったから制服以外は部屋着まがいのものしかない。
そんなことを悩んでいると、華蓮の隣にふっと人影が増えた。
「困ってるね。俺が手を貸してあげようか」
この家の縁側にいる少年――亞希だ。いつもこの家では声しか聞こえないのに、今日は姿まではっきりしている。
「どうしてここに居る?亞希」
「縁側ばかりに座っているのも飽きただけだ」
これまで決して縁側以外では見かけることもなかったが、もしかしてこの間の騒動の時に皆に姿を晒してしまったからだろうか。もしかしたら言葉通りの意味なのかもしれないが、その真意はわからない。
華蓮の問いに早口で答えると、亞希は秋生に視線を向けた。
「どうせだから、俺好みにしてあげよう」
そう言うと、亞希はパンと一度手拍子をした。その瞬間、秋生の周りが白い霧につつまれて、亞希はおろか華蓮やその辺の家具、桜生や李月まで見えなくなってしまった。
「え!?」
秋生が戸惑っていると、すぐに霧は消えて行く。そして、再び華蓮や桜生たちが目に入ったわけだが――亞希の姿はもうない。そして何より、自分を見る華蓮、桜生、李月の表情がおかしい。まるで宇宙人でも見つけたかのような表情をしている。
「秋生、かわいー」
最初に桜生が宇宙人発見顔を解き、クスリと笑った。
「は?」
「窓で見てみなよー」
桜生が庭に続く窓を指さしていたので、秋生はそこまで移動する。そして、自分の姿を見た途端に、宇宙人を発見したかのような顔になった。
「はぁ!?」
「俺が許可するまで解けないから、脱ごうとしても無駄だよ」
秋生の耳元で亞希の声がするが、今度はいつものように姿がなかった。
亞希の言葉を聞いて、秋生の表情はまるで宇宙人に連れ去られて絶望したかのような表情に悪化した。
「ちょ…!な…!?」
伸びた髪は左右の低い位置で結われていて、いつか春人に着せられたメイド服を思い出させる。それに加えて、服装はドルマリンスリーブの中にタンクトップ。そしてショートパンツ。ニーハイソックスなんて、テレビの中で女子が履いているもので自分が履くときがくるなんて想像したことが無かった。
「靴と鞄は玄関にあるからね」
「いや、ちょっと待って!戻して!!」
「それは断るよ」
訴えるが、声は全く聴く耳を持たない。秋生はどこにいるか分からない亞希を探して、リビングをキョロキョロと見回すが、やはり姿はない。
「亞希…調子に乗るなよ」
「可愛いからいいだろ?」
「そういう問題じゃない」
「そういう問題。じゃあ俺は昼寝の時間」
亞希はそう言うと、それ以上秋生が何を言っても答えることはなかった。多分、もうリビングにはいないのだろう。それがわかると、秋生はまたしても絶望したような表情を浮かべ、ソファに座り込んだ。
「どうする秋生?やめるか」
「気持ち的には行きたいですけど。これ変ですよね?」
「さぁな」
「そう言うあいまいな返答だと決心がつかないです」
いっそはっきりと「変だ」と言ってくれれば行かない決心がつく。
しかし、そのどっちとも取れるような言い方では、もしかしたらこのまま出ても大丈夫なのではないだろうかと思ってしまうではないか。
「何も変じゃないよ。秋生、可愛い」
「……それもそれでどうなんだ」
桜生は気を遣って嘘を言うタイプではない。だから、多分純粋に感想を言っているのだろう。だが、だからこそ何とも複雑な気分になる。
「むしろ男2人で家電を探してるよりよほど自然だと思うけどな」
「確かに…ただでさえ平日に高校生って目立つしね」
李月と桜生が話すのが聞こえる。そう言われてみれば、確かにそうだ。高校生の男が平日の昼間から2人で家電探しって、確かに凄く怪しい。
そう言われると、やっぱりこのまま行っても大丈夫かもしれないと思えてくる。だがしかし、男2人が男女になったところで、高校生が昼間から家電を探していたらやはり怪しくはないだろうか。
「どうするんだ」
「……先輩がこれでもいいなら、行きます」
最終的に、秋生は華蓮の判断をあおることにした。
このまま自分で考えていても、どうせ答えは出ない。
「だったらさっさと行くぞ」
先ほどの答えは曖昧だったくせに、今度はやけに即答だった。
しかし、これで秋生の決心はついた。こうなったら格好なんて気にしたら負けた。華蓮の許可は出たのだから、多分大丈夫だろう。
「衝動買いしてやる」
恥を晒してこんな格好で出ていくのだ。手ぶらで帰ってきてたまるものか。秋生はそう心を決めて、ぐっと拳を握るのだった。
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mokuji
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