Long story


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 秋生が失敗したと思いながら目をあけると、ニュース番組が終わるところだった。アナウンサーが笑顔で手を振っていた。テレビの画面が切り替わると同時にあの笑顔も消えているのだろう。世の中そういうものだ。
 ニュース番組の後に始まったのは、ローカルなバライティ番組だ。ローカルというところに若干引っかかるが、馬鹿なコメンテーターの持論を聞かなくてもいいのなら何でもいい。しかし、番組特集の「カップルで行く、おすすめデートスポット特集」というタイトルコールを聞いた瞬間に顔が引きつるのを感じた。タイトルコールと同時に、特集の内容がダイレクトで流される。この後紹介されるのであろうデートスポットで仲良さげに歩いているカップルたちが次々に映るのを見て、秋生は更に表情を歪めた。

「人が家で虚しくテレビ見てる時にカップルの映像なんか見せんな!」

 あまりに苛立ったのでチャンネルを回す。しかし他の番組は相変わらずお姉さんと歌って踊っているか、天皇陛下の日向ぼっこをひたすら鑑賞するか、平均台職人がやすりで木の棒を削っているかの三択。秋生はしょうがなくカップルのデートスポット特集番組に戻した。

「テレビを消すという選択肢はないのか」
「静まり返った部屋でシュークリーム食べてるとか虚しいにもほどがあります。あ、ゲームするならしていいですよ。むしろしてくれたら、この忌々しい番組見なくていいんですけど」
「気分じゃない」

 そうだろう。もしも気分なら、先ほどのニュースの時点で勝手に変えてやっているはずだ。秋生はため息を吐いてテレビに視線を向けた。
 最初に紹介するデートスポットは定番の遊園地らしい。実際のカップルに行ってもらって、どれほどおすすめなのか検証するというスタイルのようだ。美男美女と言うには少し物足りない、その辺にいそうなカップルが仲良く手を繋いで遊園地を歩いている。
 その光景を見て、秋生はふと思った。

 華蓮に触れたい。


「…余計に忌々しくなってきた」
「は?」
「いえ、何でもないです」

 今の秋生の腕についている、寒さを消してくれるこの輪。これをもらってから華蓮に近付く口実がなくなってしまった。それに、それまでは華蓮と一緒に寝ることもあった就寝時も、今は桜生と一緒に寝ているので華蓮と一緒に寝るということがない。そもそも、それも秋生が寒がっていたからであって、それがなければ桜生がいなくても一緒に寝ることもないのかもしれないが。
 とにかく、この輪によって寒さが緩和されたはいいが、本当に華蓮に触れる機会がめっきり減ってしまった。それはこれをもらった時にも危惧したことだが、まさかここまで機会が減るのは予想外だったかもしれない。最後に触れたのはいつだろう。少し感がえて、この間のバーベキューを思い出した。あの時に少し距離を詰めたが、睡蓮に気づかれて結局触れず仕舞いだ。あれ以来、距離が縮まったこともない。
 華蓮はこの輪をくれた時に言っていた。触れたいなら自分で触れに来いと。秋生は答えた。そんなことが出来たら苦労しないと。今が正にその状況だ。

「先輩……」

 考えれば考えるほど触れたくなる。
 自分は病気かもしれないと思いながら、秋生は到頭口を開いた。

「何だ」
「近寄ってもいいですか?」
「は?」

 つまらなそうにテレビを見ていた華蓮が秋生の方を向く。
 本当ならここで「やっぱりいいです」と話を打ち切るところだ。しかし、秋生は今、どうしようもなく華蓮に触れたい。
 テレビ画面の中で仲良く手を繋いで遊園地デートをしているカップルへの苛立ちが、秋生の勇気を後押ししてくれるような気がした。

「触れたいなら自分で来いって、言ったから」

 そう言うと、華蓮は少し驚いたような表情を見せた。それから、少し呆れたように笑う。

「いちいち許可を取れとは言ってない」
「わっ…」

 腕を引かれ、重力に逆らうことなく華蓮の方に倒れ込む。そしてそのまま、勢いよく華蓮の膝に鼻をぶつけた。

「いだっ」
「お前、もう少し考えて倒れろ」
「先輩が急にひっぱるからです……」

 華蓮に応えながら、体を反転させる。すると、華蓮の顔が秋生を覗き込んでいて、一気に体温が上昇するのを感じた。
 これは、いつかの逆バージョンだ。誰もが一度は経験してみたい、ひざまくら。

「大丈夫か」
「あ、は、はい……」

 近い。久々にこれほど近い。
 その上、こんなどこかの漫画がアニメみたいなシュチエーション。
 この間は自分が座っている側だったが、今回は逆。立場が逆転するだけで、こんなにも心情は変わるのか。
 それとも、久々に触れたからこんなにも気分が高揚しているのか。心臓が云々はいつものことだ。今回は、それに加えてどうしてか他の感情が押し寄せてきた。

「何を動揺してる」
「いや、あの……やばいです」

 覗き込んでいる華蓮を直視できない。
 思わず手で顔を覆うと、華蓮が溜息を零すのが聞こえた。多分、また呆れられているのだろう。

「また爆発するのか」
「それはそれで…。なんていうか、それとは別でやばいです」
「は?何が」

 この高ぶった感情をなんと表現していいのか。
 秋生は頭を必死に回転させた。

「これ、すごく好きです。見てられないくらいに」

 どう表現していいか、結局いい言葉は見つからなかった。その結果、口から飛び出したのはその言葉だ。
 言ってから、そうなのかと自分でも理解した。華蓮に抱きしめられるのも、キスをされるのも好きだ。華蓮が好きだから、何をされても嬉しい。しかし、これは何だか、それとは違った、幸福感があるような気がした。
 答えて、指の間から覗き見ると、華蓮は苦笑いを浮かべていた。

「だからってそれは俺が面白くない」

 そう言って、華蓮は顔を覆っている秋生の手を半ば強制的に払いのけた。
 すると、必然的に視線が合う。

「今なら死んでも後悔しないかも」
「馬鹿か」
「俺は馬鹿です」
「だから開き直るな」

 そう言うと、華蓮は秋生の首を支えながら頭を持ち上げた。秋生の要望で近くなった距離が、更に近くなる。それが何を意味するかは、いくら馬鹿な秋生でも理解できる。
 今度は睡蓮に邪魔されることもなく、簡単に唇に触れることができた。
 もしこんな日が続くのなら、学校何て一生自宅待機でいい。頭の悪いコメンテーターだって絶賛できるし、カップルのデート番組だって楽しんでみることが出来るだろう。秋生これ以上ない幸福感を感じながら、そんな現金なことを考えているのだった。


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