Long story


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 口に突き刺したバッドをそのまま上に引き上げると、みちみちと音を立てて顔が二つに割れた。しかし、割れたところからまるでチャックでも閉めるように元に戻っていく。そして戻る傍らでまるで息を吐きだすように瘴気をまき散らす。華蓮はその光景を目にすると、顔を顰めてから一度距離を取った。

「これは人間が相手にするにはちょっと厄介だな」

 隣に顔を覗かせた亞希が腕を組んで目を細めた。
 その口ぶりはまるで華蓮では力量不足だと言われているように受け取れる。

「悠長なことを言っている暇があったら働いてこい」
「言われなくても分かっている」

 華蓮の横から亞希の姿がふっと消えた。
 今しがた真っ二つにしても全く意味のなかった化け物に再びバットが突き刺さる。鉄の塊であるはずのものから化け物とは別の瘴気が溢れ、蠢く化け物を覆い尽くすように広がっていく。
 先ほどよりも強く、深く、華蓮は力一杯にバットを化け物の中へと押し込んでいく。

「ちょっと!気持ちが悪いからあまり押し込むな!!」
「黙って浸食を続けてろ!!」

 ぐちゃっと、何かを押しつぶしたような、噛み潰したような音が耳に響いた。
 先ほどはすぐさま修復されていった化け物の身体が、今度はバットの突き刺されいている部分から腐食してただれ堕ちて行くようにぼろぼろと崩れていく。
 その中心ではまるで何かを引き裂いているかのようなぶちっという音も聞こえていた。中の様子がどんな風になっているか、絶対に見たくないと華蓮は思った。

「駄目だ!妖気が足りない!!」
「いいから黙って働け!!」

 化け物の中から亞希の声が聞こえるのもお構いなしに、華蓮はバットを更に深くまで押し込んだ。
 亞希が奥の方から「臭い」「汚い」と文句を漏らすが、そんなことを聞いていられるほど余裕のある場面ではない。化け物の瘴気に包まれたこの場で自分の力が掻き消されないように、吹き飛ばされないように集中することで華蓮もいっぱいいっぱいなのだ。

「なっ、夏川先輩…ッ!」
「―――うわッ!?」

 集中して自分の力を化け物の体内に押し込んでいると、ふと切羽詰まったような呼びかけが聞こえてきた。名前を呼ばれたことで無意識に反応してしまった華蓮が顔を上げると、ぼろぼろと崩れ落ちた体の一部が、突然一直線に華蓮に向かってきていた。
 顔を上げた時には既に目の前まで迫っていた塊をギリギリのところでその回避すると、華蓮に避けられた化け物の一部はそのまま真っ直ぐ進み、屋上の端に設置されている鉄格子にぶち当たった。それだけならよかったのだが、その鉄格子をいとも簡単にどろどろに溶かしてしまったのを目にしてしまうと、さすがに苦笑いを零さずにはいられなかった。

「この化け物の禍々しい邪気に加えて俺の妖気だからな。当たれば確実に死ぬ」
「そういうことは事前に言っておけ!」
「お前の好きなゲームもよく言っているだろう?」

 再び華蓮の横に顔を覗かせた亞希がケタケタと笑う。
 多分、あの有名な「当たらなければどうということはない」という台詞のことを言っているのだろうが、今はそんな冗談を言っている場合ではない。

「ちなみに、あれは瘴気の塊でもあるからな。生きていなければすり抜けるというものでもない」
「ああ?」
「つまり、あの状況はとてもよろしくないということだ」

 亞希の視線が化け物から外れてゆらりと移動する。
 華蓮がその視線を追うと、ぼたぼたと堕ちた塊がいくつかの球となって桜生の方に向かっていた。

「桜…!!」

 化け物の奥深くまで埋め込んだバットを力任せに抜き、咄嗟に桜生の方に向かって飛ばした。それよりも同時か少し早いかのタイミングで華蓮も動きだし、桜生を庇うようにその前に身を投げる。
 いくつかの塊はその道中でバットによって粉砕され、間一髪のところで桜生に当たるのを免れた塊は、華蓮によって叩き落とされた。先ほど鉄格子を溶かしたばかりの物体に触れた華蓮の腕は制服の部分だけ綺麗に溶けてしまったが、幸いなことに触れていた時間が一瞬であったためか華蓮に直接の被害は及ばなかった。
 もちろん、桜生には微塵も触れていない。

「な…夏川先輩…!ごめんなさい……!!」

 無傷の桜生が華蓮の隣までやってきて声を出す。
 謝るときの様子が本当に秋生にそっくりだと思いながら、華蓮は桜生に苦笑いを向けた。

「いや…、お前のおかげで助かった」
「で…でもっ、……バットも溶けちゃって……」
「は?……はぁ!?」

 自分の手に戻ってきたバットを目にした瞬間、華蓮は思わず声を上げた。
 明らかにバットの長さが縮んでいる。元々の長さがどれほどだったかということを気にしたことはないが、明らかに五分の一は縮んでいる。おまけにそれだけではなく、先端は溶けた蝋燭のようになってしまっていた。

「鉄格子を溶かす塊だからな。むしろそれだけ残っていて感謝するべきだ」

 確かにその通りかもしれない。だが、今の華蓮にはそんな理論的なことはどうでもよかった。
 亞希が横で呟くのを耳にしながら、華蓮は自分の中にふつふつと怒りが湧いてくるのを感じた。湧き上がった怒りは沸騰して、そのまま華蓮の頭の中に上り詰めて爆破を促す材料となる。

「……跡形もなく消し去ってくれる」

 低く呟いた声を聞いた亞希がにやりと笑う。その瞬間、ぶわっと華蓮の周りを赤黒い瘴気が覆った。熱風のようなこの熱さが自分の放っている瘴気のものなのか、それとも怒りがそのような感覚を促しているのか。その真意は分からないが、どちらでも同じだった。
 赤黒い瘴気が華蓮を覆い尽くすのとほぼ同時に、屋上の地面がバキバキと音を立て尋常ではない勢いで劣化していることに華蓮は気が付いていない。


「動く!!」

 再び桜生が声を上げた瞬間、その場で蠢いていた化け物が突如ずるっと音を立てて滑るように動き始めた。
 その物体はまるで突然お目当ての玩具を見つけた子供のように、どこかに向かって一目散に移動を開始する。そして次の瞬間、その動きの重さに耐えられなくなってしまった地面がガラリと揺れた。

「やばい…!」

 足場が崩れ落ちてバランスを崩した華蓮は、先ほどこの屋上に来るために侑から半ば強引に奪い取った羽根を口に咥えて思いきり飛び上がった。一度使ってしまった羽根はいつか李月の住んでいたマンションに訪れた時のような効果は発揮しなかったが、それでも崩れ落ちる屋上の道ずれになるのを回避するのには十分だった。

「このまま追うぞ!」

 すぐにでも追いついて木端微塵にしてやらないと気が済まない。
 そう叫んだ華蓮の表情は、そんな思いを内に秘めているというよりは向きだしにして追っていると言った方が正しかった。その形相は誰が見ても怒りに満ちていると分かるそれで、猛スピードで移動する化け物を人間のスピードとは思えないくらいの勢いで追いかけて行くのだった。




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