Long story


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 勢いよく窓ガラスが割れる音がしたので、侑は生徒会室のソファに寝転んでいた体を起こし、重い腰を上げて廊下に赴いた。今日は朝から仕事で出ていて、ようやく戻ってきて今やっと休息を取ろうとしていたところにこの爆音。文句でも言ってやろうと思ったが、廊下にうごめいている人間ではないものを発見し、そしてその目の前に窓を割った人物を発見した瞬間に文句を言う気は失せた。生徒会室に遊びに来ていた双月も扉から顔を出し、表情を引きつらせた。

「ああ、ああああ…恨めしい、…憎らしい……」

 這いつくばるようにしてうごめいている物体は、一瞬人間の声に等しく聞こえる声はどこか濁っていて、さらにその容姿はまるで人間ではない。下半身は瘴気に包まれて見えないが多分存在すらしていないだろう。両手を伸ばして縋るような体勢で、その眼は眼球がくりぬかれてしまったかのおうにからっぽだ。そこから瘴気が溢れている。実に気味の悪い悪霊だ。

「成仏したいか俺に消されたいか、さっさと選べ」

 そう言った瞬間、華蓮は気味の悪い悪霊の脳天に勢いよくバッドを突き刺した。そして間もなく、瘴気をまき散らしながら気味の悪い悪霊は消えて行った。状況から見て、成仏させたとはとてもじゃないが言えない。

「ええー……」

 侑と双月は引きつった顔で声を揃えた。
 どうして今選択肢を与えたのだろう。選ばせる気などさらさらないではないか。

「ほしいいいい、それがほしいいいいい」

 一瞬で消し去ってしまったかと思うと、今度は華蓮の背後から別の声がする。これまた人間の声に等しい濁った声だ。華蓮が振り返ると同時に、侑と双月も無意識に目で追った。

「おくれぇえええ、わたしにおくれぇええええええ」
「わぁあああああああ!」

 はて、侑と双月は顔を見合わせた。
 それは、新たに出てきた悪霊が思いのほか可愛かったからとか、そういうことではない。悪霊は濁った声が似合う容姿だった。ぼろぼろになった着物のような服に、ぼさぼさの髪。一体いつの時代の霊だと問いたくなる。時代劇にでも出てきそうだ。
 しかし侑と双月はそんな時代遅れの悪霊よりも、それに襲われている零体の方に視線が行った。こちらは襲っているよりもはるかに可愛い。というか、普通に歩いていても可愛い。そしてその可愛い零体を侑と双月は知っている。桜生だ。

「そいつに触るな、消されたいのか」

 華蓮が一瞬で場所を移動し、時代遅れの悪霊にバッドを一振りした。

「わあっ!?」

 桜生に触れるか触れないかすれすれのところをバッドが通り、そしてそのまま時代遅れの悪霊の頭を突っ切って窓ガラスに衝突した。数分前の爆音が再び響き、また別の窓ガラスが粉々になってしまった。
 そして頭を突っ切られた悪霊はこれまた瘴気を垂れ流しながら消えていってしまう。消されたいのか、と言いながら消してしまっているのだから元も子もないが、どうやら相当虫の居所が悪いようだ。

「ありがとう…ごめんなさい」
「謝るくらいなら最初から襲われるな」
「気を付けます…」

 この光景は何だろうと、侑と双月は再び顔を見合わせる。
 一体どうして、華蓮が桜生と一緒に行動しているのか。それも、近くに秋生がいるわけでもなく李月がいる訳でもなく2人だけで行動しているなんて、異常だ。
 聞いてみたいが、華蓮がかなりご立腹なことは目に見えて分かっているので話し掛けたくない。でも、聞いてみたい。侑の中で聞きたい気持ちと聞きたくない気持ちが葛藤を繰り広げた末、聞くことにした。

「なーつかーわさーん」
「ああ?」

 やっぱり聞くんじゃなかった。振り返った華蓮に睨まれた侑はビクッと肩を鳴らしてから、一瞬で双月を盾にしようと自分の前に押し出した。双月は驚愕の表情を浮かべる。

「……お前らか」

 華蓮はそう言ったきり、特に何もしてくる様子はなく安堵する。侑よりも、前に突き出された双月の方が安堵の度合いが多いように思えた。

「はぁ、死ぬかと思った………何するのよ」
「ごめん、咄嗟に。……なっちゃん、どうしてその子といるの?秋生君は?」

 双月に睨まれた侑は言い訳もほどほどに聞きたかった質問を華蓮に投げかける。すると、華蓮の表情がまた一段と険しくなり侑を睨み付けた。侑は再び双月を盾にしながら、NGワードを引いてしまったと、身を震わせた。

「いい加減にしなさいよ、侑!」

 侑よりも身を震わせた双月が小声で何か言っているような気がするが、何も聞こえない。侑はそう思い込んで双月を差し出したまま、その背中に顔を隠した。

「…秋生は、いつくんと一緒です。…ちょっといろいろあって」
「色々……?」

 双月が聞き返すと、桜生は苦笑いを浮かべて事の経緯を話してくれた。
 てっとり早く話すと、華蓮と李月の対決の審判役に選ばれた秋生と桜生が、不正のないようにあえて親しくない方と一緒に行動しているということだった。

「はぁ…なるほど。…双月、なっちゃんの機嫌が悪い理由を聞いて」
「聞けるわけがないでしょ!本当に殺されるわよ!」

 さすがに双月もそれくらいは分かったらしい。そう言い放つと、自分を掴んでいる手を払いのけてから侑の前から移動した。盾がなくなってしまったではないか。

「それは…」

 双月と侑の会話を聞いた桜生が律儀に話してくれた。
 完全に琉生は分かっていて言っただろうというような内容だった。それで華蓮のやる気を引き出すのはいいが、やる気どころの問題ではなく器物破損の域まで達している。少々地雷が強力過ぎたようだ。

「悪霊退治はいいんだけど、片っ端から窓ガラス割っていくのは勘弁してほしいかなぁ……」
「知ったことか」

 言うと思った。絶対に言うと思った。
 これで怒られるのは顧問である琉生だが、巡りに巡って侑にもとばっちりが飛んでくるのだ。これ以上予算の計算が狂うようなことはやめてほしいものだ。

「夏川先輩……」
「何だ」
「さっきから、屋上に……気配が」

 桜生はそう言うと、割れた窓からすっと体を出して上を見た。生身の体なら血まみれになっているところだが、零体は便利だ。

「やっぱり、います……。結構、危ないのが……」
「そういうことはさっさと言え」

 華蓮は容赦なく桜生を睨み付ける。秋生ならともかく、免疫のない桜生にそこまでしなくてもと可哀想になる。案の定、ビクッと肩を震わせて完全に怯えているではないか。

「この真上か」
「あ、はい……」

 桜生は頷いて戻ってきた。すると、今度は華蓮が割れた窓に足と手をかけて外に顔を出した。普通の人間なら血まみれになっているとこだ。

「な、夏川先輩…!」

 華蓮は人よりかなり霊的な力が強いだけで超人でもなければ零体でもない。割れた窓ガラスに触れれば怪我もする。
 つまり華蓮は普通の人間で、だから桜生は戸惑ったように声を上げているのだ。何も迷わず割れたガラスに手をくい込ませているところを見る限り、精神面では普通の人間とは言えないかもしれないが。

「桜はそこで待っていろ。侑、羽根を寄越せ」
「えっ、ここから飛ぶのっ?」
「寄越せ」

 そんな目で睨まれて逆らう侑ではない。素直に羽根を1枚渡すと、華蓮はたちまち窓から飛び立ってしまった。普段から飛んでいるわけでもないのに、よく恐怖心もなく飛べるものだ。
 やはり全面的に前言撤回するべきかもしれない。華蓮は基本的に普通の人間ではないと。



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