Long story


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 いつも騒がしいリビングだが、今日はいつにも増して騒がしい。それはリビングにいつもと違う状況が広がっているからであるが、もしその違う状況がひとつだったら、これほど騒がしくはならなかっただろう。
 世月は既に朝食を食べている春人の隣に座りながら(本来は双月の席だが現在洗濯物を干している)物珍しげにその光景を見つめていた。春人もときおり視線をずらし、騒がしい情景に目を向けている。

「本当に?本当に?本当?」
「だからさっきから何度もそう言ってるだろう」
「騙してない?」
「こんなこと騙してどうする」
「本当に学校に行けるんだね!」
「ああ」

 本日のリビングが一際騒がしい原因。それは李月が大鳥学園に通うことになったからであった。
 昨日、華蓮は自分たちの多忙さを改善するための策に心当たりがあると言っていた。どうやらそれが李月を手伝いとして呼ぶということだったらしい。どうりで華蓮がすこぶる嫌がっていたわけだ。しかし、華蓮が自ら頼んだのだろうか。それならば天地がひっくり返ってもおかしくないくらいの珍事態だ。それに、李月が簡単に了承したというのも一見不思議だが、桜生の喜びようを見た感じでは李月は桜生のために了承したのかもしれない。

「深月よりも制服が様になってる」
「言うなよ。俺も思ったけど言うなよ」

 洗濯物を干し終えた双月(世月仕様)と深月が室内に入ってくるや否や、李月を見て声を出す。きっそとのままダイニングにやってくるだろうと思い、世月は双月の席を立った。

「その制服も昨日の今日で用意したの?」
「早朝便で届きましたよ」

 春人の向かいに座っている侑が聞くと、春人が答えて部屋の片隅に置かれている段ボールを指さした。昨日の今日でサイズまで合わせて送ってくるなんて、我が家ながらすごいどころか、ここまですると引く。
 侑も同じように引いたようで、段ボールを見ている視線が若干引きつっていた。

「ところで、何で夏はジャージなのに李月は制服なんだ?」

 深月が双月と共にダイニングに移動してきて座りながら首を傾げた。

「俺は華蓮みたいに目立ちたくないからな。お前と間違えられるくらいが丁度いい」
「いや、俺と間違えられると困るんだけど?俺、大鳥財閥と無関係な感じになってるんだぞ!」

 李月の返答に、深月は困ったように言い返す。
 確かに、深月と全く同じ顔で「大鳥李月」という名前は些かというか、かなり都合が悪いだろう。

「あ、その辺は抜かりがないから大丈夫。李月の生徒名簿、冬野李月で登録されてるわよ。どうやら双子って設定みたいね。何故か深月の方が兄扱いになってるけど」

 生徒手帳と付属の説明書のような冊子を手に取った双月がその設定を大まかに説明する。
 どうして深月の方を兄にしたのかは謎だが、大鳥財閥は変なところで手抜きをするところがあるため、今回の場合その手抜きの結果が兄弟の逆転となったのだろう。

「そんな細かい設定いらねぇっつの!」
「よろしくな、深月お兄ちゃん」
「や、やめろ!照れるじゃねぇか!」
「いやそこは照れるなよ、嫌がれよ」

 李月と深月はなんだかんだ楽しそうに会話をしているようだ。
 今でこそお互いの位置関係や喋っているトーンで、何より金髪と茶髪でどちらかというのは簡単に判断できるが、もしこれが無言で同じように椅子にでも腰かけていたら絶対に分からないだろう。

「せっかくだから、華蓮も制服着て行けばいいのに」
「誰があんな暑苦しいもの着て行くか」

 睡蓮の言葉に華蓮は嫌そうに返すが、世月からしてみれば制服が夏服に変わっているこの季節に上下長袖のジャージを着ている方がよほど暑苦しそうだ。
 世月は幽霊だから気温は分からないが、それでも李月の制服よりも華蓮の格好の方が圧倒的に時期に合っていないことくらいは分かる。

「そういえば、夏の制服姿って入学式以来見てないな」
「入学式で着てたっけ?…顔バレしちゃうじゃん」
「バレないコーティング的な何かで隠してたじゃない。知らない人が見ると、目のいい人が老眼鏡かけたような見え方するんでしょ?」

 そう言えば、琉生は「バレないようにできる」とも言っていた。それはそういうことだったのか。しかし、それができるなら最初からそうしておけばいいと思うのだが。
 相変わらず華蓮は答えない。多分、制服の話全般がNGなのだろう。とはいえ、多分双月の言っていることは当たっている。

「そんなことできるの?じゃあ最初からしとけばよかったじゃん」

 世月の疑問を、睡蓮は容赦なく華蓮にぶつけた。どうやら睡蓮はそれができるということを知らなかったらしい。

「顔を分からなくさせるのは1回したらずっと効力が続くわけじゃないから、日に何度かやり直さなきゃいけなくて面倒なんだよ。ネッグウォーマをしてた方がよほど楽だし、華蓮のあれはジャージも含めて力を強制的に抑える仕様だから、自分で力をコントロールする必要もなくて一石二鳥」

 制服に着替えた李月が侑の隣に腰かけながら、華蓮の代わりに睡蓮に説明した。なるほど、そんな理由があるのならば、それは誰だって楽な方に行くにきまっている。

「それにしても、よく知ってるのね」
「……世月さんがよく知ってるのねって言ってます」

 世月が春人に視線を寄越すと、春人は少し面倒そうな表情を浮かべてから李月に言葉を伝えてくれた。

「俺のジャージも同じだからな。まだ力のコントロールが出来なかったころに、琉生に無理矢理着せられたんだが、動きやすいし便利だからずっと着てる」
「かーくんも?」
「…夏川先輩もそうかと聞いてます」

 春人はもう「世月さんが」とは言わない。しかし、ニュアンスから理解できるようで、華蓮は特に疑問も持たずに頷いた。

「ああ。体に合わせてサイズも変わるからな。4着くらいある」

 制服の話はNGでもジャージの話はOKという概念が良く分からない。
しかし、ずっと同じのを着まわしているのかと思ったら、そうではなかったようだ。世月はなんだか少しだけ安心した。

「だから仲良く色違――うわ!」

 侑の楽しそうな顔が、一瞬で青ざめる。右からバッド、左から刀を突き付けられたらそれはそうなるだろう。突き付けている本人たちは殺気に満ちた目をしている。

「あいつが着てるものを着たくないけど、自分が着ないのも癪に障るってやつね。いつまで経っても子どもだわ。ねぇ、春君」
「そんなこと言ったら俺が串刺しだよ。ノーコメント」
「あらぁ、根性ないわね」
「なくていいの」

 春人はそう言って味噌汁を啜った。からかい甲斐がない。しかし、春人の気持ちも分からなくもないので、世月はそれ以上言うことはやめておいた。


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