Long story


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 華蓮は深呼吸をしてから、もう二度と言うことがないだろう言葉を決死の思いで口を開けた。本当なら、一度でも口になどしたくない。

「お前に頼みがある」

 華蓮が口を吐くと、李月はコーヒーを噴出しかけ、そして咽た。コーヒーカップを机に置き、苦しそうに咳き込む。

「げほっ、ごほっ………気でもふれたか」
「俺が決死の言葉を撤回する前に黙って聞け」

 まるで宇宙人でも見てしまったような表情を浮かべている李月を、華蓮はこれでもかと言わんばかりに睨み付けた。
 李月に頼みごとなど死んでも嫌だった。今でも死んでしまいたいくらい嫌だ。しかし、一個人の感情でそんなことを言っている場合ではないということは分かっている。だから、決死の思いで、それこそ死ぬような思いで重い口を開いたのだ。

「お前の言う通り、俺が高校に通っているのは悪霊退治が生活の一部で、他がそれなりに充実していたからだと思う」

 それまでそんなことを考えたことはなかったが、言われてみればその通りだと思った。
 華蓮もやりたくて引き受けたことではない。待遇がいいから引き受けたといっても、そもそも華蓮には高校に通う必要性などなかった。だから、やめたくなったら高校自体をやめてしまっても問題はなかったのだ。長年続いてきた大鳥家と鬼神家の契約なんて華蓮には知ったことではない。華蓮は既に鬼神の名字ではないから、強制することもできない。だが、華蓮はやめずにぶつぶつ文句を言いながらも悪霊退治を続けてきた。それは李月の言葉通りの理由があったからだ。

「だが、今は違う」

 華蓮がそう言って溜息を吐くと、李月の顔が宇宙人を見る目から状況を理解していない目に変わった。

「あいつが来たせいで、毎日学校中で霊たちが暴走している。一部ではなく、本当にそれだけのために学校に行っている状態だ。その他の充実が微塵も感じられないくらいに」

 名前を出さなくても、「あいつ」と言えば李月には通じる。案の定、何を言っているのか理解したようで、李月の表情が険しくなる。

「1日中走り回って消していっても追いつかない。秋生はあと3日で死ぬと根を上げているし、俺もこの状態が続くともたない。…だが、やめるわけにもいかない」
「危険度が増すからな」
「そうだ。ここに居ればあの学校がどれほど霊たちに好かれる場所か分かるだろ?一度中に入れば、霊がどこにいるか察知もできないくらい邪気に覆われている。そんなところで暴走したやつを放置すれば、その瘴気が充満してあいつが入って来やすくなる一方だ」

 本当なら、自分の身近な存在が皆学校に行かないという選択肢を選べれば一番楽だ。しかし、それはできないと分かっている。それに、それをして学校を放置すればすぐ裏にあるこの家にもいずれ邪気がやってくるだろう。そうなると、結局意味はない。

「だから、お前に手伝ってほしい」

 それはとても危険なことだ。ちょっと霊が見える程度の人間にどうこうできることではない。しかし、華蓮と同じように力を持った李月には、それができる。現に同じようなことをして手荒く稼いでいるのだから。

「…俺に高校に通えと?」
「授業は受けなくていい。…受けたければ、受けてもいいが」

 ただ、李月が手伝ってくれたとしても授業を受ける時間ができるかどうかは疑問だ――正直なところ、多分、かなり、とても難しいだろう。

「そういう問題じゃない。俺が中学にも行ってないことくらい分かってるだろ?」
「それでも高校に通えるのが大鳥グループの力だ」

 琉生は明日からでも通えると言っていた。
 これは予測だが、適当に経歴を改ざんするとしたら、中学の成績トップで卒業したことになっているだろう。実際、李月は小学生のころは頭がよかった。中学の分が抜けていても普通に授業に付いて行ってしまっても不思議ではない。

「末恐ろしい家だな……」

 李月は明らかにドン引きしているようだが、自分の家だということを覚えているのだろうか。そして自分がその家の本来の跡取りだということも。

「とはいえ、今の状況じゃあお前の言う充実した部分はないも等しいから、嫌なら無理にとは言わないし、むしろ全然わざわざ来なくてもいいが」

 普通に考えて、あるかも分からない充実に誘われてブラック企業に入るよりは、充実はなくても安定した悪徳霊媒師をしている方がいいに決まっている。そして、早くも華蓮の決死の決意は揺らいでいることが台詞から分かる。

「頼みたいのか頼みたくないのかどっちだ?」
「頼みたくないけど他に方法がないから決死の思いで頼んでるんだろうが、察せ」
「それならもう少し耐えろ」
「見れば分かるだろ。既に十二分に耐えてる」

 本当ならお前なんかに頼むか馬鹿くらい言って今すぐリビングを出て行ってしまいたいくらいだ。何度もいうが、華蓮はそれほど李月に頼みごとなどしたくない。そんなことをするくらいなら、人前で歌っていた方が数倍マシだ。だが、いくら歌っても悪霊はいなくならない。そんなことは分かっている。

「分かった」

 華蓮の苦渋の訴えをどう受け取ったのか、李月は澄ました顔でコーヒーを啜ってから、そう一言告げた。そして、カップを机に置くとそのまま頬杖を付く。

「今まで散々我儘放題してきたからな。それに…桜生はずっと、学校に行きたがっていた」

 だからセーラー服なのだと李月は笑った。
 華蓮は桜生がセーラー服なのはカレンがそうだからだと思っていた。しかし、李月の話では霊体である桜生が先にセーラー服をイメージして着ているのを、カレンが真似したということだった。霊体が着る服をイメージで代えられるというのは初耳だ。桜生が死んでいないからか、はたまた持っている力が強いからなのかは分からないし、あまり興味もないが。

「…お前は、それでいいのか?」

 悪徳霊媒師なんてしている李月だから、貸しだといって何かとんでもないことでも命令してきそうだと思っていた華蓮は、少し意外だった。
 我儘放題というのは多分、勝手に華蓮の家に転がり込み、それどころか知らぬ間に家を飛び出したことを言っているのだろう。しかしそれにはどちらも理由があり、少なくとも華蓮はその点に関して李月の行動を間違っているとも我儘だとも思ってはいない。それは多分他の連中も同じだろうと思うが、当事者としてはやはりそれなりに罪悪感があるようだ。

「百歩くらい譲れば今の桜生があるのもお前のおかげと言えないこともないから、それも 含めると悪霊退治くらい何のことはない」

 それは多分、窓ガラスを壊して乗り込んで行ったあの時のことを言っているのだろう。華蓮としてはそれを貸しとも思っていなかったし、そうだとしても窓ガラスでチャラになりそうなものだ。しかし、そうはならないということは、桜生が生きたいと決めたことが李月にとってそれほど大きな変動だったということだろう。
 改めて、これで付き合っていないというのだから理解不能だ。
 ただ、華蓮のおかげだと思っているのならば素直にそう言えばいいのに、いちいち回りくどい言い方をするところが若干気に食わないところだ。それでこそ李月らしいとも言えなくもないので、華蓮もそこは黙って見過ごすことにした。

「言っとくが、今日からだからな」

 華蓮はそう言うと、もう用はないと言わんばかりに立ち上がる。
 明日もどうせハードスケジュールだ。話が終わったらさっさと寝るに越したことはない。

「今日?…おまえ、それならもっと早く言えよ」
「他の奴らの前でお前に頼みごとなんて出来るか」
「勝手な…」

 李月はそう言ってため息を吐いたが、それ以上華蓮を責めることはしなかった。多分、他の連中に聞かれることがどれだけ面倒かということを理解しているからだろう。

「寝坊するなよ」

 まだ余っているコーヒーを飲みたくなさそうに見つめている李月を横目に、華蓮はひとことそう言ってリビングを後にする。多分、コーヒー効果でしばらくは寝つけないであろう李月に同情する心など微塵もありはしなかった。



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