Long story


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 下校時刻を過ぎているとあってか、新聞部に向かう途中に他の生徒とすれ違うことはなかった。いくら新しい校舎であっても、人気がなくおまけに薄暗いとなるとやはり気色悪い。秋生はそんなことを思いながら廊下を歩いていた。新聞部の部室の近くまで行くと、その部室だけ明かりが漏れているのがまた不気味さを増幅させた。

「情報を寄越せ」

 部室に入るや否や、華蓮は威圧的な態度で室内の人物たちに向かっていく。室内の人物たちとは言うまでもない、深月と春人だ。2人とも秋生と別れた時よりもぐったりしているように見えるのは気のせいだろうか。

「それが人に物を頼む態度か」
「そもそもお前たちが秋生を図書室に連れ込んだのが原因だろう」
「…俺、自分で行くって言いました」

 華蓮が秋生を睨み付ける。口をきくなと目が訴えて――脅している。

「秋生はこう言ってる。そもそも、何年前のものかも分からない図書カードの持ち主の色恋沙汰を1時間以内に調べろなんてどんな鬼畜だ」

 どうやら、華蓮が先ほどからスマートフォンを触っていたのは深月と連絡を取っていたからのようだ。秋生は華蓮に連絡を取る相手がいたことに多少なり驚いた。秋生は華蓮の電話番号を知っているが、華蓮は秋生の連絡先を登録していない。秋生にとって華蓮の連絡先は必要だから教えられ、華蓮にとって秋生の連絡先は必要ではないから知る必要はない。最初にそう言っていた。だから、秋生は華蓮の電話帳は登録数0件だと勝手に思い込んでいた。

「何が条件だ」
「今日の晩飯に付き合え。別に奢れって言ってるんじゃない」
「……分かった」

 秋生にはさっぱり深月の意図が分からなかったが、華蓮は深月が裏で何を考えているかを悟ったようだった。そして悟ったうえで、物凄く嫌そうな顔をしながら頷く。一体、深月との食事の裏に何があるのだろうか。

「なんかみつ兄だけ得しちゃってずるくな〜い?俺だって頑張ったんだよ」
「明日の昼飯奢る。ノートとは別で」
「話分かるねぇ〜。でも、食後のジュースでいいよ」

 春人はそう言いながら、机の下から数枚の紙を出してきた。端から端までびっしり文字が書いてある。それも、印字ではなくて手書きで書かれたものだ。他人事ながら、大変な苦労だったに違いない。

「図書カードの持ち主の名前は田中明子さん。これは図書カードに書いてあったから秋も知ってることだけど〜、この学校が男子校になる以前にこの学校に田中明子さんは7人いた。となると、問題はどの田中明子さんが舞姫信者の田中明子さんかってことだねぇ〜。図書カードには写真がないから、お手上げ化と思ったんだけど…ラッキーなことに、この7人の中で2年生の時に3組だった田中明子さんは1人だけでした!」

 そういえば、図書カードに書かれてあった田中明子は確か2年3組だった。秋生はすっかり忘れていたが、よく覚えているものだ。

「図書カードの持ち主の田中明子さんは1971年度に入学していまーす。これが田中明子さん」

白黒の写真、これもコピーのようだ。とはいえ、コピーでなくても白黒であっただろうが。1971年には秋生にはその生活も想像もできないような時代だが、セーラー服は変わらない。そして黒髪美少女の定義も変わらないならば、田中明子はきっとモテたに違いない。

「田中さんは1年生の1学期に図書委員になって、図書室のマドンナとなりました…か、どうかは分からないけど。とにかく、田中さんは図書委員で、あの図書室にはほぼ毎日いたみたい。まぁ…足繁く通ってた理由は他にもあったみたいだけど」

 春人はそう言うと、意味深に笑った。

「…他の理由?」
「担当教師とデキちゃったわけですよ〜」

 そう言うと、また別の新聞紙を取り出した。それは学校新聞のようで、文章が全て手書きで書かれていた。もちろん、コピーであるが。
 内容は簡潔に言うと教師が生徒と不倫しているという内容であった。生徒の名前も教師の名前も実名は記載されていないが、図書委員と担当教員と書かれていたら、名前が書かれているも同然だろう。

「なんか昔の新聞って、露骨っていうか、なんていうか……」
「味があるって言ってよね〜。ま、以上が先輩から求められてた色恋沙汰です!」

 秋生は春人から渡された新聞をあらかた眺めてから、華蓮に渡す。華蓮はちらと見ただけで読もうともせず、春人に手渡した。自分が調査をさせたくせに、なんとも興味なさげである。

「…まだ続きがあるはずだ」
「続き…?」

 一体に何を言っているんだろう、この人は。秋生は首を傾げる。

「何?お前知ってて俺たちに調べさせたわけ」

 深月の表情が歪む。もしそうだとしたら、華蓮は鬼畜なんて優しいものではない。外道だ。

「知っているわけではない。だが、大体想像はついている。だが、裏を取らなければ核心にはならない」
「…何をどうしたら想像がつくんだよ。こんな昔の色恋沙汰に」

 深月の言う通りだ。華蓮は実際に図書室に行ったわけでもないし、何を見たわけでもない。秋生の話を聞いただけで何が想像できるというのだろう。

「舞姫」
「……が、どうしたんだよ」
「その話を知っていれば大体想像が出来る」
「その話をこの場ではお前以外誰一人分かっていないという状況に気付かないのか貴様は」

 華蓮の口調を真似て言う深月に対して、華蓮は「威張るな」と一言返した。もはや呆れて貴様呼ばわりされたことに関して指摘する気もないのだろう。

「…簡潔に話すと、主人公の豊太郎がベルリンに留学、エリスという女性と出会い親しい中になる。色々あって、豊太郎は日本で仕事をしようと持ちかけるが、同時にエリスが妊娠。エリスは豊太郎が日本に行く話を聞いて発狂。豊太郎は迷った挙句にエリスとお腹の子どもを捨てて日本に帰国。以上だ」

 華蓮は淡々と話すが、その内容はとても淡泊なものではない。濃いも濃い、濃い過ぎるくらいの内容。そして、後味が悪すぎる。

「…いやぁ、まぁ、個性的な話だね」
「いや、ただの胸糞話だろ」
「みつ兄、ちょっとは遠慮しなよー」

 今度は春人が深月に変わって作者に謝罪をする。作者は当にこの世にはいないわけだが、どこかで聞いているだろうか。

「でもまぁ、それが分かれば確かに大体想像できるな。…じゃあ、ここからは俺の番だ。……例の図書カードだけど。お前らは華麗にスルーしたが、それまできっちり返してたのに、急に返さなくなったのってやっぱりおかしいと思って調べてみた。そしたら、見事にヒットした」

 深月がそう言って取り出したのは、新聞記事の切り抜き。コピーされたもののため紙自体は新しいものだが、記事事態は随分と古いものだ。

「1972年9月14日の記事…?……あ、図書カードの最後の貸し出しの次の日だ」
「イエス。記事の内容はこの学校の女子生徒が、図書室で首つり自殺」

 さきほども見た、黒髪ストレートの美人の写真が載っている。田中明子だ。

「裏は取れた。行く」
「え?…いや、俺全然分からないんですが!行く前に説明していただきたいのですが!」
「お前の理解など必要ない」
「えー!酷い!」

 自分さえ分かればそれでいい。確かに、華蓮さえ分かれば事件は解決できるのかもしれないが。今回は役に立たない秋生も一応、心霊研究部の一員であるし。教えてくれてもいいのではないだろうか。

「…そんな秋生君に俺が代わりに説明してあげよう」
「マジすか!」
「勝手にやっていろ。行くぞ、加奈子」
「はーい!」

 そう言うと、華蓮はさっさと入口に向かって歩き出した。加奈子は今まで静かに黙って宙に浮いていたが、話しかけられると元気に返事をして華蓮に付いていく。

「えっ、ちょっと待ってくださいよ!」
「どうせお前は役に立たん。どうせ詳細を聞くなら地に根が生えるくらいじっくり聞いていろ」

 秋生の静止を余所に、華蓮は新聞部の部室を出て行ってしまった。加奈子も秋生を振り返ることなく、華蓮と共に新聞部を後にする。もしかして、加奈子は秋生が「戻ってきたら遊ぶ」という約束を破ったことを根に持っているのだろうか。

「…加奈子って誰?」
「俺たちにくっついてる子供の幽霊っす」
「ええ!!今ここに幽霊いるの?!どこどこ!」

 春人は目を見開いて立ち上がった。キョロキョロというより、ブンブンと首を振り回して辺りを見回している。

「…今はもう、出て行っていない。ていうか、そんなことよりも事の詳細を教えてください。早く理解して先輩たちを追いかけないと!」
「うーん。…いや、じゃあゆっくり真相を解明しよう」
「いや、だからゆっくりしてる暇ないんすって!」

 この人は人の話を聞いているのだろうか。秋生は声を荒げるが、深月は動じない。

「でも夏がゆっくり説明しろって言ったし。ということで春人、秋生を拘束!」
「えっ?わ、分かった!」
「は!?ちょ、何でそうなるんすか!!」

 秋生は全く状況が呑み込めないまま、春人と深月によってあっさり拘束されてしまった。華麗な連携プレイであっというまに椅子にグルグル巻きにされてしまう。一体、どこからロープを出してきたのか。そもそも、何でロープなんて置いているんだ。

「地に根が生えるくらい時間をかけて、詳しく説明してやらなきゃな」

 そう言うと、深月は念には念をと部室の入り口に鍵をかけてしまった。

「……もう説明とかどうでもいいんで、離してほしいんですが」
「興味ないなら別に詳細説明はしないけど、どっちにしてもここからは出られないぞ」

 詳細説明なんて求めるべきではなかったと思っても後の祭りであるが、思わずにはいられない。こうなってしまった今、秋生が自力で逃げることは不可能だ。そもそも事の詳細が聞きたいと言い出したからこうなっているのに、逃げられない上に事の詳細も聞かないとなると、ただ無駄に拘束されているだけになってしまう。

「…じゃあ、聞きます」

 どっちにしても逃げられないのならば、聞かないよりも聞いた方が得策だろう。それに、話を聞いていればやり場のない気持ちを紛らわすこともできるかもしれない。秋生はその結論に行きつき、大人しく深月から事の詳細を聞くことにした。


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