Long story


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 どうやらこの間の残りの作曲をしていたらしいということは、リビングに入ってソファの前のガラステーブルに散らばった紙を見れば一瞬で理解できた。ソファにまでいくつか紙が散らばっていて、中にはぐしゃぐしゃに丸められた物もある。
 ソファではなくその下のカーペットに座って作業をしていたらしい。華蓮はこの前、2時間で数曲を作曲していたが、今日は難航しているのだろうか。

「その辺に座っていろ、と言う場所もない」

 華蓮は今、初めて客観的に部屋の中を見たらしい。少し悲惨な部屋の状態に頭を抱えている。作曲が難航していたことを十分に裏付けてくれる発言と、態度だ。

「なら作ればいいだろ」

 李月がそう言ってソファに散らばっている紙を手に取り、ガラステーブルに移動させた。それからソファの前のカーペットに座ってギターを手に取った。華蓮はその隣に座って、歌詞の書かれた紙を手に取る。
 秋生は桜生と顔を合わせてから、2人の邪魔にならないようにソファの隅に腰かけた。桜生はその隣に座る。

「どこまで進んだ?」
「“校長の挨拶は騒音だ”」
「ああ…ここか」

 どうやら李月が作曲を手伝っているらしい――というか、ギターを持っているのが李月だから作っているのが李月で、手伝っているのが華蓮ということだろうか。どちらでもいいが、2人の表情は真剣だ。
 それにしても、また奇抜な曲が出来上がりそうだ。

「いつくんには色々言いたいこともあるけど…」
「そういう雰囲気じゃないな」

 顔を見合わせてから、2人は苦笑いを浮かべた。
 李月も華蓮も表情が疲れ切っていて、時々欠伸をかみ殺している。そうまでして今作曲をしているということは、多分締め切りがもう間もないのだろう。
 しかし、何もしないで見ておくというのは中々至難の業で、心地いいギターのメロディーがまるで子守唄のように聞こえて来る。ソファに座って間もなく、秋生はうとうとし始めた。

「寝るの?」
「寝ない」

 桜生に話しかけられ、秋生はふるふると顔を振る。そんなことをしても気休めにしかならないことは分かっているが、気休めになるだけましだ。

「侑は本当に馬鹿じゃないのか」
「あいつは馬鹿だ。どうしようもなく質の悪い馬鹿だ」

 李月も華蓮も苛立っている。作曲の進行具合がよくない挙句に眠気が襲ってきているからだろう。2人の機嫌悪い発言のおかげで、再びうつらうつらしていた秋生の頭は少しすっきりしたが、とてもそれをよかったとは言えない。

「別に手伝えとは言ってないからな」
「手伝ってやると言った覚えもない」

 どうしてこのタイミングで、しかも訳の分からない理由で殺気立っているのだろう。その日本刀とバッドは一体どこから出してきたのだ。疲労と眠気が2人をおかしくしてしまっているのかもしれない。

「先輩、落ち着いて…」
「いつくん、だめだよ…」

 今にも殴り合いを始めそうな2人の間に、秋生と桜生が割って入る。本当は間に入りたくなんかなかったが、このまま放置していたら、この家を壊しかねない喧嘩をおっぱじめそうなほどの殺気だ。それならば多少の犠牲は否めない。それに、多分止まってくれるだろうという思いもあった。
 秋生の思いは通じたようで、2人がそれぞれ握っていたバッドと日本刀はいつの間にか手からなくなっていた。

「休憩したら?」

 桜生がそう言うと、李月はため息を吐いた。そして立ち上がると、そのままキッチンに向かい、棚から迷わずコーヒーメーカーを出してきた。今日来たばかりで場所を把握したのか、もしくは前にいた時からあのコーヒーメーカーがあったのか。どちらにしても覚えているのはすごい。
 李月はコーヒーメーカーでコーヒーを淹れはじめると、椅子に座って頬杖をついた。秋生は桜生が李月の隣に移動するのを見てから、華蓮に視線を向けた。

「先輩も休憩した方がいいんじゃないですか?」

 秋生がそう声をかけると、華蓮は少しの間秋生を見てからすっと立ちあがった。

「秋生、そこから動くなよ」
「は?――えっ!?」

 華蓮が想像の範疇外の行動をとったので、秋生は思わず身動きをしそうになる。しかし、華蓮はそれを許さず、手で秋生の動きを止めた。

「じっとしていろ」
「そんな無茶な……!」

 これは俗にいうひざまくらという奴ではないか。実際に華蓮が頭を乗せているのは秋生の膝ではなく太ももになるが、そんなことはどうでもいい。一般的にこれはひざまくらと呼ばれているものなのだから。
 華蓮の顔が秋生の真下にあって、眠そうな表情で見上げられている。直視されると恥ずかしい。それよりも、この状況が恥ずかしい。

「ああ…また時限爆破装置が……!」
「懲りない奴だな」

 華蓮はそういって少し笑う。それがまた綺麗なものだから、余計に爆発までの時間が短くなってしまう。いつまでたっても、華蓮との近距離には慣れない。多分、一生慣れない。秋生はそう確信した。

「いつくん、僕もあれやりたい…」
「あれ?」
「あれ…」

 ダイニングテーブルの方から声がして、秋生が振り返る。すると、怪訝そうな表情の李月と、それとは対照的に真剣な表情の桜生が秋生たちの方を指さしていた。

「どうして?」
「どうして…って言われても分からない。けどしたい」

 どうして、と聞く李月にも疑問を抱いたし桜生の返答は意外だった。桜生が首を傾げているのを見て、李月は苦笑いを浮かべる。

「桜生の体が戻ったらな」
「うん…」

 李月は桜生に手を伸ばすが、その手が触れることはない。桜生は嬉しそうに笑うが、どこか寂しげでもある。
 今まで考えたこともなかったが、もし秋生が華蓮に触れられなくなってしまったら、秋生はこんな風に心臓が爆発しそうになるような思いもできなくなるのか。そう思うと、無性に悲しくなった。

「お前は感情移入が激しいな」
「えっ」
「おまけにすぐ顔に出る」

 そう言うと、華蓮は秋生の首に自分の手を回した。そしてそのまま、秋生の首を引いて顔を下げ、同時に自分は顔を上げる。するとどうなるか。秋生の唇に華蓮のそれが当たる。

「っ!!」

 一瞬で華蓮は離れて元の位置に戻り、その手も秋生の首から離れた。
 自分が今どんな顔をしているのか想像もしなくないが、少なくとも華蓮を笑わせている顔だということは確かだ。

「な…なに……っ!」
「感情移入して泣きそうになってただろ。気分転換だ」

 確かに李月と桜生を見て感情移入していた。無性に悲しくなって、あのままだと泣いていたかもしれない。それは否定できない。

「だからって…もっと他に……!」
「俺がしたかったからだ」
「っ……!!」

 秋生は華蓮に見上げられながら、顔を赤く染めて言葉を詰まらせた。この状態では両手で顔を隠しても華蓮の視線からは逃れられないし、どうしようもない。秋生がやきもきしているのを華蓮が楽しそうに見上げていて、それがまた秋生のやきもきを増加させる。

「あれは…できないね。僕たちは恋人同士じゃないから」
「そうだな」

 再び背後から聞こえてきた声に、秋生のやきもきした気持ちは一瞬で吹っ飛んだ。そして背後を振り返り李月と桜生に視線を向ける。ほぼ同時に華蓮も起き上がり、秋生と同じように視線を向けた。

「は!?…え?…恋人同士じゃないって…はあ?」
「何がそうだな、だ。意味が分からん」
「先輩それ、それです。意味がわからない」

 秋生は完全にパニックに近い状態で全く状況を理解できない。華蓮は冷静だが状況を把握できていないようだ。華蓮が把握できない状況を、秋生が理解できるはずがない。

「?…何がおかしいの?」

 桜生が首を傾げるもので、さらに状況が読めなくなる。秋生はてっきり2人が付き合っているものと思っていた。
 多分、華蓮もそうなのだろう。大体、先ほどのひざまくらの件を経てそうじゃないと言われれば混乱するに決まっている。首を傾げたいのはこちらの方が。

「何がおかしいって…ええ!?」
「全部だ」

 華蓮は先ほどから混乱してろくに何も言えない秋生を代わりに、言いたいことを代弁してくれている。まさに全部だ。全部がおかしい。
 秋生と華蓮の反応を見ながら相変わらず桜生は首を傾げているが、李月は苦笑いを浮かべた。

「こいつはお前の手の内にある双子より手ごわいってことだ」

 苦笑いのままで呟いて、桜生に視線を向ける。桜生が李月に向かって首を傾げると、李月はそれに「知らなくてもいい」と笑いながら返した。

「知らなくてよくはな……」
「秋生、放っておけ」

 指摘しようとしたところ、華蓮の声が重なって止めてきたので秋生の言葉も止まった。顔を向けると、華蓮は一瞬苦笑いを浮かべてからソファから降りた。どうやら再開するようだ。
 秋生は煮え切らない思をそのままに、ソファで両膝を抱えて華蓮の背中を見ているのだった。



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