Long story


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「秋生、秋生…」

 耳元で声がして、秋生は目を覚ました。瞼を上げると、自分が自分を覗き込んでいる。しばらくじっとその光景をみて、ハッと覚醒した。そして、自分が桜生と一緒に寝ていたのだということを思い出した。

「桜生…どうしたんだ?」
「起こしてごめんね。でも…ほら、聞いて」

 桜生は一瞬申し訳ないという顔をしてから、部屋の襖を開いた。物理的に開くことは無理だから、多分念力かなにかで開いたのだろう。一瞬びっくりしたが、すぐにそんなことがどうでもいいように思った。

「音……?」
「ね、聞こえるでしょ?」
「ああ。…ギター?……でも、先輩じゃない」

 秋生は起き上がって縁側に出た。微かに耳に聞こえる音はギターの音のようだったが、華蓮のそれではない。
 数年追いかけている聴覚をなめてもらっては困る(別に誰もそんなことは言っていないが)。

「いつくんだよ」
「え…?」

 桜生が秋生の隣にやってきて、優しく微笑んだ。

「僕にたまに弾いてくれるの。…shoehornっていうバンドの曲。僕、たまたまいつくんがつけていたラジオで聞いて好きになったんだけど、いつくんはあんなバンド好きになるなって言うの。でも、いつも僕にその曲を弾いてくれる」

 嬉しそうに言う桜生は、ならば本人たちを見たらもっと喜ぶのではないかと思った秋生だが、すぐに「ラジオ」というワードにピンときた。

「桜生、その人たちの顔は…?」
「はしたないから見ちゃダメって、見せてくれない」

 そう、少し怒ったように言う桜生がとても可愛く思えた。
 桜生は基本的に申し訳なさそうな顔ばかりしているが、李月の話をするときだけは嬉しそうで、楽しそうだ。今でも、一見怒っているようだが、その表情の奥には李月と一緒にいるだけで幸せだという感情が滲み出ている。

「俺もファンなんだ。ライブも行きまくってる」
「本当?いいなぁ、羨ましい」
「まぁ、俺は基本的にヘッド様しか見てないけど」
「わっ、それも一緒!」
「本当に?俺たち本当に双子だな」
「うん、なんか嬉しい」

 秋生も嬉しかった。それは桜生と同じものを好きだったこともだが、それよりも桜生とこうして会話が出来ることの方が大きいかもしれない。まさかこうして、桜生を世間話が出来るとは思ってもいなかった。それも、shoehornの話が出来るなんて考えたこともなかった。
 まだ完全なわけではないけれど、こうして前みたいに話ができることがたまらなく嬉しいのだ。

「でもね、僕がヘッド様好きって言ったら、いつくんすっごく怒るの」
「あー……」

 話が出来ることが嬉しいのはともかく。
これだけ近くにshoehornの本人たちがいるのに、桜生がそれを知らないというのは可哀想だ。

「桜生、いいこと教えてやろうか」
「え?」
「その人たち、みんなここに住んでる」
「え…っ!?」

 桜生が目を見開く。
 李月はずっと隠していくつもりだったのだろうが、桜生が完全に戻ってくればいずれはバレてしまうことだろう。完全に戻らなくても、桜生がここにいればバレる可能性はおのずと高くなる。ならば、今バラしてしまっても同じだろう。

「残念だけど、ヘッド様はあげない」

 秋生がそう言うと、桜生は一層驚いた表情を浮かべた。

「せっかくだから、近くで聞きにいく?ライブより貴重だぞ」
「行く!」

 桜生は驚きの表情をそのままに頷いて見せた。
 秋生が掛け布団を手にしてから部屋を出ると、桜生も秋生の後に続いた。



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