Long story


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 リビングではしばらく皆が呆然とした状況が続いた。しかし、時間が経つと皆冷静になってくる。そして、今先ほど起こったことがいかに不可思議だったかということが分かってくる。
 問題はいくつもあった。春人の宇宙との交信発言に、仲間外れ発言。宇宙との交信はまるで意味不明だが、仲間外れの意味は秋生にも分かった。春人だけ桜生の姿が見えないということを、誰も配慮していなかったからだ。
 本当ならその点をすぐにでも謝りに行くべきだろう。しかし、それ以上にインパクトの大きい出来事があって、それを解決しないことには謝りにも行けない。

「……今の、何だったんだ?」

 双月がそう言いながら、理解できないというような表情を浮かべている。

「どの部分の話をしてるんだよ。宇宙との交信か?仲間外れか?それとも……世月の声か?」

 深月の言葉に、場が一瞬凍りついた。
 そうだ。春人の口から一瞬だけでてきた、双月と李月を罵倒するようなセリフ。それは確かに秋生が知っている双月の扮した世月の声にそっくりだった。そっくりだけれど、違う。秋生の知っている声よりも少し高く、よく通る綺麗な声。

「何で春人が……」
「…あの声は、さっきの人が出したものじゃありません」

 一同が呆然としている中で、桜生が遠慮した様子で呟いた。
 全員の視線が、桜生に集中する。

「あの人の隣に…いた。髪の長い…白いワンピースを着た女の人。…顔は…あなたにそっくりでした」

 そう言って、桜生は双月を見た。
「世月……」

 双月と李月の声が揃った。その表情は驚愕の色を隠せない。
 春人の隣には、本物の「世月」がいたのだと桜生は伝えていた。

「でも…何も見えないのに……」

 双月が言うと、桜生は頷いて見せた。

「当たり前です。僕は今魂だから分かるけれど……あの人は、既に成仏した霊体です。一度成仏したにもかかわらず、転生せずに戻ってきた…。だから、いくら霊力が強くでも普通は見えません。あの人は…なんて表わしたらいいだろう………そう、まるで天使のような存在です」

 それは比喩だが、桜生が導き出したその比喩はどうしてかとてもすんなりと心の中に入ってきた。見えないことの説明も納得がいくものだ。

「じゃあ……本当に、世月が?」
「はい。ずっと、今出て行った人と話していました。さきほどあなたといつくんに怒ったように言い放っていたのは…その方です」

 桜生はそう言って、秋生の後ろに隠れるように一歩下がった。

「春人はずっと、世月が見えていたのか……」
「そうか…。あの時、あいつの手を逃れたのも世月の力か」

 深月がまるで夢でも見ているように呟いた隣で、華蓮が冷静に分析をしていた。あの時というのは、春人がカレンの最初の標的にされた時のことだろう。

「…何で春人は見えるんだ……?」
「それは僕にも分かりませんが…きっと、霊的な力がない代わりに、神秘的な力が強いのかもしれません」

 深月の質問に、桜生は困ったように返した。
 こんなことは前代未聞だろうから、きっと誰に聞いても分からないだろう。

「ちなみにですが、僕の言っていることも全部その天使の方に通訳してもらっていたので、話は理解していたと思います。時折天使の方がたしなめるような言葉をかけていたので、頭で会話をしているようでしたよ」

 それならよかったと思う反面、やはり怒らせてしまっていたようだと反省した。今日はもう出てこないだろうから、明日にでも謝らなければ。

「…そんなに親しそうだったのか?」
「ええ…。少なくとも、いつくんとあなたよりは」

 そう言って桜生はふわりと笑った。桜生には全く悪気はない。だからこそ言われた方にはグサリと突き刺さりそうなものだが。
 秋生の予想は当たったようで、質問をした双月だけでなく李月も思いきり顔をしかめていた。それはもう、苦虫をかみつぶしたように。

「世月は恨んでるかな、俺の決めたこと。…お前みたいに」

 いままでずっとまるでお互いがお互いを見ないように振る舞っていた。しかしようやく、双月はお互いの存在を認めることにしたらしい。
李月に向かって、悲しそうな視線を送る。

「―――双月、俺は……」
「俺も寝るよ。おやすみ」

 自分から話しかけたのに、双月は李月の言葉を遮ると立ち上がってリビングを出て行った。双月の言葉に対する答えを聞く心の準備ができなかったのかもしれない。誰も双月を止めることはしなかった。

「お前、双月が今家でどんな扱い受けてるか知ってるか?」
「は…?」

 双月が出て行くと、深月が李月に視線を送った。
 李月は深月の言いたいことがまるで分からないというように、顔を顰める。

「母さんはあいつのことを世月だと思ってる。俺のことをお前と間違えることもあるけど、ときどきだ。でも、双月の名前は絶対に出てこない。だから、家の中では誰も双月の名前を出さない。みんなんが双月のことを世月と呼ぶ。まるで双月なんて最初からいなかったみたいに」

 深月の言葉に、李月は驚愕の表情を浮かべていた。
 一体何を言っているのだろうと、口には出さなくても顔がそう言っている。

「今はもう言わないけど、あいつはしばらくずっと言っていたよ。李月でもなく、世月でもなく、自分が死んでいればきっともっと上手くいったのに。だから、自分は世月になって、死ななきゃいけないんだ。そうしたら、きっといつか李月が帰ってきたとき、全部元通りだ…って」

 それは、この前秋生たちが話を聞いたときにも出てこなかった話だった。
 あの時笑って「好きで女装してるんじゃないんだぞ」と言った双月は、一体心の中でどんなことを思っていたのだろう。

「あの時のお前の言葉を責める気はない。お前が生き残ったときにどんな気持ちだったかなんて俺には分からない。だけど…、今どう思ってるのかっていうことを…それをちゃんとあいつに伝えてやらないと。春人がいるから、少しはマシになったけど。それでも、あいつはずっと、世月の亡霊として生きているんだ」

 そう言うと、深月はソファから立ち上がって侑を抱えてリビングを出て行き、座敷童も深月のあとに付いて行った。多分、今日はもう戻っては来ないだろう。
 それからぞろぞろと、それぞれが寝床につくまでに、時間はそれほどかからなかった。



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