Long story


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『図書室』のプレートが落ちないように、慎重に引き戸を引く。プレートはカタカタと揺れたが、落ちることなく持ちこたえた。

「うわぁ…」

 戸を開けた瞬間、中から嫌な空気が廊下に漂ってきた。中を覗いた春人は表情を歪ませて声を出す。続いて秋生と深月も中を覗いたが、反応は春人とほぼ同じであった。
 足を踏み入れるのも憚れるが、入らないことにはどうしようもない。3人は意を決して地図書室の中に足を踏み入れた。電気もつかないし、日もさしていないため室内は薄暗い。日がささないわけであるから、空気もじめっとしている。図書室というだけあって、棚一面に本が並んでいるわけだが、どの本も朽ち果てていて、読める方を探す方が苦労しそうだ。

「まぁ、ここならまず人目につかないだろうからねぇ〜。絶好の場所ではあるんだけど…うーん、想像以上に酷いね」
「もう片方の旧校舎でよくないか。あそこだって、秋生と夏以外誰も寄り付いてないだろ。どうしてここをチョイスしたんだ。頭おかしいんじゃねぇの」

 春人は苦笑いを浮かべているし、深月に至っては表情が嫌悪に満ちている上に、酷い言い草だ。そんな中秋生は、教室の中の空気にあてられてしまってそれどころではなかった。

「秋、大丈夫?顔色やばいよ」
「…大丈夫、大丈夫。船酔い的なあれだから」
「全然分からないけど…出た方がよくない?」
「大丈夫」

 確かに場所事態が悪い気もするが、少なくとも秋生は現在全く悪霊の類の気配を感じてはいなかった。そのため、気分が冴えないのは、普段田舎で澄んだ空気を吸って生活している者が都会に出ると途端に空気が合わなくて熱を出してしまう感じに近いものと捉えていた。
 そして何より、自分の体調の心配よりもこんなところで密会をする人物を見たいという興味が勝っていた。

「じゃあまず、どうしようか〜?」

 春人はそう言って、深月を見上げて首をかしげた。どうしようかって、そもそも自分がここに来ると言い出したのに、何も計画はなかったのか。

「お前何も考えずに来たのかよ」
「現場を仕切るのはみつ兄の仕事でしょ〜」
「それくらい自分で出来るようになれよ。…じゃあ、俺はカメラ付けるから、お前らは密会の証拠が転がってないか散策な」

 溜息を吐きつつ、深月はすぐに秋生と春人に指示を出した。言葉通り、ポケットから小型カメラを取り出し、用意周到である。きっと普段からこんな感じなのだろう。

「じゃあ〜、埃を被ってないところを重点的に散策してこうかー。埃を被ってないってことは、最近触れられた場所ってことだし、下手に埃被ってるところに触れて俺たちが入ったこと気付かれてもダメだしね〜」
「分かった」

 この廃墟レベルの図書室で埃をかぶっていない場所を探すのは骨が折れそうであったが、案外そんなこともなく一番目立つカウンターがほとんど埃を被っていなかった。とはいえ手で埃を払ったのかなという程度だが。

「ゴミ箱に〜やらしい残骸とか〜入ってないーか。つまんなーい」

 春人はカウンターの中に移動し、ゴミ箱を漁ったり、引き出しを開けたりし始めた。秋生は春人の発言には突っ込まず、辺りを見回した。
そしてふと、貸し出しカードが入っているボックスに目がいった。このボックスも、誇りが払われている。

「…っ」

 ボックスに手を付けた瞬間、頭の中をかき回されたような感覚に襲われた。思わず目が眩み、その場にしゃがみ込む。空気に当てられたわけではない。
 幸い、春人はカウンターの中にしゃがんで引出しなどを探っているため、秋生の異変には気付かなかったようだ。余計な心配をかけたくない秋生は素早く立ち上がり、ボックスに手をかける。今度は覚悟していたためか、多少嫌悪感は抱いたものの先ほどのような異変は起こらなかった。

「読めないのばっかりだな…」

 ボックスに入っていたために入口のプレートよりは幾分かましだが、読み取れるのはボールペンかマジックで書いてある学年、組、名前だけが大半だ。何を借りているかは大体が鉛筆で書かれているため、読めないことはないが読むのに骨が折れる。とはいえ、名前が分かっても既に在籍していない生徒であるし、本の内容など分かったところで今回の目的には到底繋がらないわけだが。
 とはいえ、かろうじて読める内容を読むのも面白くないわけではない。借りられている本は知らないものもあるが、知っている作品も多い。特に、教科書に一部が掲載されている作品は多くの生徒に借りられていた。時代は変わっても名作はずっと名作なのだなと、普段考えもしないことを思いながら流し見をしながらカードを捲っていたが、ひときわ目を引く一枚の図書カードに流し見していた手が止まる。

「うわ、何これ」

 図書カードか何枚も重ねられてのりで止められている。それ自体は他にも数枚かあり、本が好きなのだろうくらいにしか思わなかったのだが。このカードは他のそれとは打って変わって目を引くものであった。
 そして同時に、先ほどの嫌な感じはこのカードから発せられているのではなかと直感した。もちろん、確信はないけれど。

「どうしたの〜?」
「これ」

 春人がカウンターから顔を覗かせたので、問題のカードを手渡す。春人はそのカードを見た瞬間思いきり表情を歪ませた。秋生よりも反応が露骨であった。

「すご」

 のりづけされたカードは全部で13枚。裏表で20冊分の貸し出しが書けるため、200冊以上借りているということになる。それも、1年間で。それだけでも十分凄いことなのだが。借りている本がその凄さを倍増させていた。

「舞姫、舞姫…舞姫、舞姫…」

 13枚、借りられている本の種類は一冊だけであった。森鴎外の『舞姫』。現代でも有名な作品で、教科書にも載っている。秋生も中学生の時に一部を学んだ。どのような内容であったかは、既に覚えていないが。

「舞姫って、どういう話だったっけ…?」
「さぁ…覚えてないなぁ」
「だよなぁ」

 この人は一体何を思って気が狂ったように『舞姫』ばかりを借りていたのだろうか。そんなことを思いながら名前欄に視線を移す。「二年三組 田中明子」。どこにでもいそうな名前ではあるが。

「……女?」
「30年くらい前までは共学だったらしいよ。女子は悪霊に呑まれやすいからって、男子校になったんだってー」
「へぇ…そうなんだ」

 この図書カードがいつの物かは皆目見当もつかなかったが、30年以上前ということは分かった。秋生としては、既に亡くなっている人の方が多いかとも思っていたが、30年前に高校生ならば、まだ生きている人の方が多いだろう。もし生きているならば、一体どういう心境で200回以上も『舞姫』を借りたのか聞いてみたい。
 しかし、同時にこの持ち主には会ってはならないようにも思う。

「密会よりこっちの方が気になってるみたいだね〜」
「だってこれ。狂気感じるだろ」
「確かに〜。…密会の手がかりもないし、恐怖の舞姫信者に路線変更しよっかな〜」
「おい、俺の苦労はどうなるんだ」

 カメラを設置していた深月が、春人のシフトチェンジ発言に反応した。無事カメラを設置できたのか、本人は埃まみれであった。

「設置完了〜?」
「ああ。…思いのほかやり辛かったから、大分埃払っちまったが…まぁ、気付かれないだろ」

 何だかんだ一番頑張っているのは深月であった。春人は自分が言い出したことにも関わらず、ここまでほぼ何もしていない。秋生も春人と同じようなものであるが、そもそも新聞部ではないためそこまで問われることはない。

「じゃあ、密会の件はこれで置いといて。みつ兄も見てよ〜、これ」
「置いといてってな………何だこれ、気色悪」

 反応は春人と秋生とほぼ同じであった。捲っても捲っても『舞姫』。秋生は横から見ていたが、何度見ても気色悪い。

「しかもこれ…、9月13日に貸し出されたまま、返してねぇし」
「え?…あ、本当だ」

 最後の貸し出しは9月13日。それまではきっかり2週間で返されていた。とはいえ、返した日にまた同じ人物に貸し出されているのだが。

「気色悪さ倍増」

 秋生も全くもって同意だ。

「返すのが面倒臭くなったのかもねぇ〜。ところで、みつ兄は、舞姫がどんな話だったか覚えてる〜?中学の時国語でやらなかった〜?」
「中学で3年間唯一通知表1だった国語の話を俺に聞いて分かると思うのか」
「ああ、そういえばそうでした〜」

 思い出したくもないという表情を浮かべながら深月は吐き捨て、貸出カードを春人に押し付けるように渡した。

「国語で1って、取ろうと思っても逆に難しんじゃあ……」

 国語というのは、高得点を出そうとすると難しいが、適当にやっていても無難に点数が取れる教科ではないのか。というか、そんな人間が新聞部などやっていていいのか。新聞製作にあたって国語力が一番必要なのではないのだろうか。

「秋生、小声で言うな。普通に言われるより傷つく」
「すいません」
「現代文の教科書に載ってるかもしれないし、後で調べてみよ〜っと」

 春人はそういうと、気味の悪い貸出カードをポケットの中にしまった。

「持って帰るのか…?やめといた方がいいと思うけど…」
「このカード何か憑いてんのか?」
「そういうわけじゃないと思いますけど。…いいものじゃないと思います」

 最初に感じた目眩がこのカードに関係していないとも言えない。それに、手にした時の嫌悪感。持っていて悪い事が起こることはあっても、良い事が起こることがありそうには到底感じられなかった。

「秋が言うなら、置いて帰ろ〜。名前さえ分かれば、調べる分には問題ないし」

 春人はポケットから貸出カードを出すと、元のボックスにしまった。

「じゃあ、戻ろうか」

 春人のその声を合図に、3人は図書室を出た。
 教室を出た瞬間言い知れぬ解放感を感じた秋生は、やはりこの図書室はあまり良くないと確信した。図書カードを置いてきたのは正解だった。しかし、解放感を感じたものの、船酔いのような気分の悪さは旧校舎を出る辺りまで続いていた。


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