Long story
「見てみろ。天狗が高速移動中だ」
声がした。どこから聞こえて来たのか、それは分からない。
何せ、吹き飛ばされている最中だ。呑気に感想を述べているような声に真面目に耳を傾けている場合ではない。しかし、どうにかこの状況を改善しようにも体が動かないのだからどうしようもない。
「冗談言ってないで、助なきゃ…!」
「ええ…っ?」
また声がした。
さきほどの呑気な声とは違い、切羽詰まっている様子だった。
いや、実際に切羽詰まっているのは侑の方なのだが。
「うわ!!」
突然何かにぶつかった。今度は先ほどのような衝撃はない。
それどころか、ぶつかったままの状態で地面に向かって降下していくではないか。侑は訳が分からないままに身を任せている状態のまま、次に気が付いた時にはふわりと地面に膝を着いていた。
「な……何…?」
腕に抱えている座敷童は状況について行けなかったのか気絶してしまっていたが、怪我はないようなのでよかったとホッとする。
しかし、一体何がどうなっているのか。わけの分からないままに体を起こしてから顔を上げた侑は、瞬時に目を見開いた。
「い…、いっきー…!」
「久しぶりだな」
「深月じゃなくてちょっと残念だったけど、久しぶり!」
「相変わらずだな、お前」
李月は一瞬だけ苦笑いを浮かべ、すぐに侑に手を伸ばしてきた。
侑はその手を取りながら立ち上がる。頭がふらふらする上に、あちこち傷だらけで痛い。
「その子どもは深月との隠し子か?」
「それが事実だったら、僕きっと大鳥グループに抹殺されちゃうね」
同じ顔、同じ声。聞いていると、禁断症状が増してしまいそうになる。
早く深月に会いたいが、それ以前に李月が出てきてくれたことは実にラッキーだ。自分から赴く手間が省けたというものだ。
「助けてくれてありがとう。瘴気に当てられてうまく動けなくって」
「瘴気?……ああ、あの山か」
そう言って李月は視線をずらす。侑も同じ方に視線を向けると、さきほどまでいた山が随分と遠くに見えた。
その時侑はようやく、山から出られたことを把握した。飛ばされて山から吹っ飛んだところで偶然李月に救われるとは、幸運の力を疑ったことを謝らないといけない。山は完全に瘴気に覆われていて、よくあんな中で生きていられたものだとつくづく思った。
「そう。追われてて――って、それ!……あれっ?あっ、そっちは本体か」
李月の方に視線を移した侑は、その隣につい先ほど自分を殺そうとした人物がいたことに一瞬驚く。しかし、すぐに容姿は同じでも別人だということを把握して安堵の溜息を吐いた。
「僕に追われていたんですか?…ごめんなさい」
さきほど目にしたカレンと容姿は全く同じなのに、似ても似つかない。
喋り方に苛立つこともなければ、眼に吸い込まれそうになることもない。本当に秋生にそっくりで、可愛いとさえ思えてしまう。
「別に君のせいじゃないよ。…むしろ、そっちのお兄さんのせい」
侑は一度しゃがむと座敷童を傍らに寝かせる。
立ち上がろうとして、眩暈に顔を歪めた。さきほどよりも酷い。多分、そろそろ限界が近いのだ。
「俺…?」
李月が首を傾げた途端、侑は一気に李月に詰め寄った。
「そうだよ。君のために僕は死にかけたと言っても過言ではない。てことでこれをお食べなさい!」
「は?…がっ……!?」
侑は飛縁魔からもらったものを無理矢理李月の口に押し込んだ。そのまま口を塞ぎ吐き出すのを阻止して呑みこませる。それを確認すると、侑はほっとしたようにため息を吐いた。これでとりあえず、目的は達成だ。
「っ…何を……!?」
李月は目を見開いたまま、ごほごほと咳き込んだ。
しかし、それを指摘するよりも自分が倒れる方が先のようだと直感した。目的が達成されたことで安心したのか、体が限界のようだ。
「理由は後で説明するからさ…助けられついでに一つお願いしてもいいかな……?」
もう、眩暈に耐えられない。
「侑…?」
「深月のところに…連れて帰って……」
それ以上、何も喋ることはできなかった。
押し寄せる眩暈と、頭痛と、倦怠感に吐き気に…言い出したらきりがない症状に追われながら、立っているのもままならなくなって、そのまま意識を手放した。
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mokuji
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