Long story


Top  newinfomainclap*res






 妨害電波があるなら、ケータイなんて使わずに自分の足で伝えに行けばいい。はるか昔はケータイどころか手紙の時代だったし、そもそもその手紙だってはるか昔は誰かが歩いて運んでいたのだ。なんてことはない。昔やっていたことが今できないなんてことはない。人間はどんどん進歩しているのだから、むしろ昔よりも簡単にできていいはずだ。

「それで歩いてここまで来たのかい?愉快だねぇ」

 まるで廃墟のような門の入り口で、髪の長い女がくつくつと笑った。
 門を覆うように長い髪の毛が伸びていて、その先端は針のように鋭い。侑がどうしてここに来たか理由を知っても、道を開けようと言う気はさらさらないらしい。

「うるさいなぁ。いいから早く、その、針を退けて」
「やぁよう。せっかくいい男を見つけたってぇのに」
「やかましいって、叫ぶよ?」
「やめておくれな。おっかない、おっかない」

 侑が凄むと、髪の毛を門から退けながら―――針女はすっと消えて行った。毎度毎度、来るたびに同じことを繰り返しているのだからいい加減に学習すればいいのにと思う。しかし、侑が何と言っても針女は侑が来るたびに一度は道を塞ぐのだ。そんな暇があれば、どこかの男でもたぶらかしに行って来ればいいのに。

「こっちは急いでるっていうのに…」

 ぶつぶつ文句を言いながら門の中に入ると、視線が一斉に侑に集まった。廃墟は一瞬で日本庭園に早変わりし、その奥にはいかにも日本家屋といった家が建っている。見た目は華蓮の家と同じくらいの大きさだ。山の中にこんな家があれば目立ちそうなものだが、この家は人間には廃墟にしか見えないし、肝試し好きの子どもが入ろうとしてもそれは叶わない。

「侑!おかえり!」

 一斉に集まった視線の中、最初に飛び出してきた着物姿の子供が侑に勢いよく抱き付いた。普通なら驚くところだが、侑は驚くことなくその小さな体を抱き上げた。

「ただいま、座敷童」

 侑がそう言って笑顔を向けると、座敷童は嬉しそうに笑った。こうしていると、華蓮が睡蓮を大事にしている気持ちがよく分かる。

「どうしてそんなに泥だらけなの?」
「今日はいつもより少し道のりが険しかっただけだよ」

 本来なら開いているはずの道が開いておらず、いつもなら山の下から3分で着くはずの門まで2時間もかかった。人が入ってこないように念入りに結界を張っているのが仇となった。言っておくが、そうだとしても普通は2時間もかからない。山は瘴気に包まれているし、わけのわからない生物に襲われるし、あちこちにトラップは仕掛けてあるし――言い出したらきりがないが、予定外に試練が多かったからだ。

「飛縁魔(ひのえんま)はいる?」
「あのくそばばあがこの家から出ることはないよ。知ってるでしょ?」
「…そうだね」

 飛縁魔に向かって「くそばばあ」なんて口の利き方を教えたのは誰だろうと一瞬考え、自分かもしれないと思って頭を抱えた。子は親を見て育つと言うが、親がいない子は身近に親しい者を見て育つのは当たり前のことだ。

「どこの部屋にいるか分かる?」
「ええ。さっきまで私を叱りつけていたんだもの。こっちよ」

 一体何をしたのか。それは聞かないでおこう。
 座敷童は侑に抱えられたまま屋敷の方を指さしたので、侑は教えられるままに進むことにした。
 屋内に上がると、また視線が一斉に集中した。あまりに多数から声を掛けられるのでその内容は割愛するとして、侑は座敷童に指示されるままに廊下を突き進んでいく。外観からは想像できないほど長い廊下を進んで、その突き当りの襖の前で座敷童の案内は終わった。また随分と奥に潜んだものだと思いながら、侑は襖を開けた。
 中はまるで江戸時代のラブホテル――昔は遊郭といったのだったか。


「久しぶり」

 入口に立ったまま、侑は座敷童を腕から降ろした。

「自分の家も家族も人に押し付けて何がひさしぶりだか」

 振り向いたその姿に、魅了されない者はいないだろう。江戸時代だろうと平成だろうと、きっとこその美貌に言い寄られたら落ちない男はいない。…たまに例外はあるが。
 飛縁魔は振り返ると、その美貌でふわりと笑って侑に近寄ってきた。

「お入り」

 飛縁魔にささやかれて、侑は室内に足を踏み入れた。甘ったるいお香の匂いが部屋に充満している。侑は現代人なので遊郭など行ったことはないが、それでもここはまるで遊郭のようだとつくづく思った。

「お前は駄目だ」
「またそうやって!あれもダメ、これもダメ、それもダメ!このダメダメばばあ!」
「童!お前って子は…!」

 今にも「キーッ」と声が聞こえてきそうだ。
 侑は苦笑いを浮かべて座敷童の頭に手を置いた。

「座敷童、今から大事な話をするから、外で待ってて?」
「……分かった」

 座敷童は侑の言葉に頷くと、飛縁魔に舌を出してから廊下を駆けて行った。今からその辺にいる妖怪たちが座敷童のストレスの発散の相手にされるのだろうと思うと、少し申し訳ない気もする。

「全く誰に似たんだか、ねぇ?」
「さっぱり分からないね」

 飛縁魔が言わんとしていることを悟って、侑はわざと笑顔で返した。若気の至りというものだ。それに、いきなりこんなところに連れてこられてお前はここで生きていくだとか、この山を守っていかなければならないなんて言われて誰が言うことを聞くものか。まぁ、いきなりでなくなった今も侑は全く言うことをきいていないのだが。
 飛縁魔は顔を顰めながら畳に座った。本当に美しい顔は歪んでも美しいものだ。とはいえ、侑は自分の顔面だけでも飛縁魔に負けているとは思っていない。飛縁魔が顎で座るように指示したので、向かい合うようにして座った。

「一体何が起きているんだい?」

 山が突然瘴気に覆われた。そう思ったら、侑と一切連絡が取れなくなった。事態を重んじた飛縁魔は、下界から山への入り口を塞いだという。塞がれていたのはカレンの影響ではなかったと知って、侑は少しだけ飛縁魔を恨んだ。しかし、飛縁魔の取った処置は正しいので文句は言えない。前の侑なら絶対言っていたけど、大人になったと心の中で自分をほめる。

「質の悪い悪霊が、悪あがきをしているだけだよ」
「悪霊?」
「ある種の妖怪と言ってもいいかもしれないね。人の欲を吸い、憎悪を吸い、憤怒を吸って妖怪になった悪霊。人間の悪しき感情が作り上げた、悪しき妖怪」
「人が妖怪をこさえるなど…愚かな」
「でも、感じたでしょう?あれはもう、人の魂という概念を超えている」

 侑がそう言うと、飛縁魔はぐっと口ごもった。

「あれを野放しには出来ない。分かるよね?」
「…我らが人間の問題に過剰に干渉することはない。お前の命とあれど、それはできない」
「倒すのは僕じゃない、僕の友達。…だから、少しだけ力を貸してほしい」

 飛縁魔は思いきり顔を顰めた。いくら美しいとはいっても、ここまでくると言いきれないところがある。

「お前が頼みごととは……明日は吹雪か」

 飛縁魔は楽しそうに笑ったが、侑はその言葉を無視して本題に入ることにした。

「悪霊に追われていている魂がある。その魂は力の強い人間に匿われているけど、まだ完全じゃない。それを完全に隠したい」
「……突然帰ってきたと思ったら、無理難題を言う」
「飛縁魔なら、その方法を知っているでしょ」

 嫌そうな飛縁魔に、侑は一歩踏み出して詰め寄った。

「ああ…まぁ、出来ないこともない」
「じゃあ今すぐ教えて」

 もう一歩前に出る。

「どうしてそうまでして隠す…?完全ではないとはいえ、今でも十分隠れているのだろう?」

 飛縁魔の不思議そうな顔に、侑は睨み付けるような視線を送った。
 どうしてそこまでやるのか。理由はいくつかある。
 桜生を匿っている李月はこのままでは死んでしまうだろう。しかし、李月以外の力でさらに隠すことが出来れば、その負担は軽減できるはずだ。そうすれば、死までの時間は長くなる。それが――建前。


「僕はなめられるのが嫌いなんだ」

 自分から山との通信手段を奪えば、自分は何もできない無能となるだろうと判断されたことが頭にきた。だから、自分は無能ではないと伝えると同時に苦痛を与えてやると決めた。もちろん、自分が直接手を出しても適わないと分かっているので、間接的に。

「すぐに支度をしよう。外で待っておいでな」
「うん、頼むよ」

 侑は飛縁魔に笑顔を向けてから立ち上がった。きっと、侑がどれだけ腹を立てているか伝わったはずだ。変に手抜きはしないだろう。


「…あんた、まだあの人間にうつつを抜かしているのかい?」

 部屋を出ようとしたところで、飛縁魔に問われて侑は立ち止まる。
 あの人間というのが誰かは、名前を聞かなくても分かる。飛縁魔はその名前を口にするのも嫌なのだろう。唯一、自分に靡かなかった男の名を口にするのが。

「だったらどうするの?」
「伝えておきな…。あんたをここに戻すような真似したら、一家総出でお礼参りに行くって」
「戻って欲しいのかそうじゃないのかどっちなの?…でも、そんなことにはならないから、安心して」

 廊下に出ると、座敷童がちょこんと座っていた。走り去って行ったと思っていたが、誰にも相手にしてもらえずに戻ってきたのだろうか。つまらなそうにおはじきを弾いている辺りが実に可愛らしい。

「お話終わったの?」
「うん」
「もう帰っちゃうの?」
「支度が出来たらね」
「そっか…」

 そんなに悲しそうな顔をされると、戻りたくなくなるではないか。

「丁度いい。あんた、その子を連れていきな」
「は?」
「えっ!!」
「その子の幸運があれば、こっちとも連絡がとれるだろうよ」
「やったぁ!!飛縁魔好き!!」
「え…ちょっと……」

 侑の許可もなく、勝手に話が進む。

「現金な子だねぇ。ただし、家の場所が分かったらすぐに戻ってくるんだ」
「ええ!?すぐ帰るんじゃあ意味ないじゃない!やっぱり嫌い!!」
「この我儘娘が…話を最後まで聞けないのかい?場所を覚えたら、好きな時に行ってもいい。ただし、連絡を取る以外で力を使ってはだめだ」

 すると、座敷童の表情が再びパッと明るくなった。

「は――はいッ、はいはいは――い!約束する!!飛縁魔大好き!!」
「あのー……」

 もはや侑の許可を得る気もなければ、存在すら無視されてしまっている。

「侑!深月にも会える?」
「あんな男に懐くんじゃないよ。忌々しい」
「深月は優しいよ。少なくとも、ここに居る誰よりも遊んでくれるもの。…ね?」
「……そうだね」

 そこまで嬉しそうな笑顔を向けられると、とても来るなとは言えない。
 これ以上人数を増やしたら絶対に華蓮に怒られる。新曲を歌うのをやめるとか言い出したらどうしよう。侑は座敷童に返しながら、心ここにあらずの状態で苦笑いを浮かべるのだった。



[ 4/4 ]
prev | next | mokuji


[しおりを挟む]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -