Long story


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「天狗くらい知ってるだろ?」

 苦笑いを浮かべた深月は、突然そんなことを口にした。
 春人はきょとんとした表情を浮かべた。秋生も同じようだ。


「ってあの、鼻の長い、あの天狗?」

 そう言って秋生が鼻の長さを手で表現している。可愛い。
 なんて口にしたら絶対に睨まれるだろう。


「そう、その天狗。あいつはその子孫だ」


 沈黙が流れる。
 しばらくの沈黙の後、春人と秋生は顔を見合わせた。



「子孫……?」



 そして再び声をそろえて、深月に視線を送る。深月は頬杖をついたまま頷いた。


「とはいえ、血はかなり薄まってるから人間とほとんど同じ。寿命が長いわけでもなければ、何か特別な能力があるわけじゃない」
「普通はな」

 深月の言葉に、華蓮が付け加えた。
 今度は春人と秋生の視線が華蓮に移る。

「あいつの両親も祖父母も全く人間だ。自分たちですら天狗の末裔だということ信じられないくらいに。まぁ、その事実を家族に思い知らせたのが侑だが」
「あいつは、その能力を――まぁ、先祖の天狗の力がどれほどか分からねぇけど、多分ほぼ使える。普通の人間にできないことはもちろん、夏にできないことで出来ることもある。寿命は普通の人間と一緒だけどな」

 今日の朝、一瞬で李月の居場所を見つけてきたのもその力だという。
 天狗は山の神ともいわれているから、いたるところに配下が(侑はそれを友達と言う)いるそうだ。


「すごい……」


 秋生と春人は、思わず声が重なった。
 天狗というものが存在していたこと自体驚きだし、それが身近にいるとなればまた更に驚きだし、さらにそれが侑だということが一番驚きだ。血が薄くなっているといっても、想像する天狗像と違いすぎる。

「すごいだけで済めばいいけどね。侑はその能力のせいで家族によってずっと隔離されていたのよ。あの子は異常だって。まぁ、気持ちはわかなくもない。他には誰も残っていない血が突然現れたんだもの。恐ろしくもなるわよね」

 ずっと上の空だった双月が、相変わらず呆けた様子ではあるが反応した。
 浮かべた苦笑いは、何を思ってのものなのか。

「しょっちゅう脱走してたけどな」
「お前が手引きしてな」
「自分で出てきてたんだよ」
「それは最初だけだろ」

 深月が否定したことに華蓮が更に押すと、深月は表情を険しくして否定をやめた。
 もう言い訳をしないからこれ以上余計なことを言うな、というような顔だ。

「小さい頃は深月なんて口を開けば侑のことばかりだったし、侑も深月にべったりだったのよ。今では見る影もないけれどね」
「侑は今でも深月にべったりだろ。変わったのは深月だけだ」
「それもそうね。可哀想な侑」

 春人としては、侑が深月にべったりということも疑問でしかない。
 何せ、普段から喧嘩を吹っかけているのは侑ばかりだ。

「どうしてみつ兄はべったりじゃなくなっちゃったの?」
「いや、俺は別に…」
「うちの母親が侑の両親にうまい話を持ちかけたからよ」

 深月が春人の発言を否定する言葉に被せて、双月が春人の質問に答える。
 すこぶる嫌そうな顔をする深月などまるでお構いなしの様子だ。

「うまい話……?」
「おい双月やめろ。春人も、もういいだろ」
「聞きたい?」
「聞きたいです!」

 深月が止めたのにも関わらず、双月は春人の質問に答えるのをやめようとはしなかった。
 春人としては、深月には悪いが双月が段々といつもの様子に戻っていっているのでこのまま話を続行する方向で進めたい。
 それに、純粋に事の経緯が気になる。

「侑を妖怪たちのいる山に送ることを提案したのよ。両親は侑の存在を煙たがっていたのだから、断る理由なんてないわよね。その一方で、妖怪たちには侑を受け入れないと山を焼き払うと脅したらしいわ。全く、我が家ながら嫌気がさすわね」

 双月は本当にやってられないというようにお手上げポーズをとって、呆れたような表情を浮かべていた。
 それから一息ついて、再び口を開く。

「けれど侑は妖怪であることより人間であることを望んだわ。妖怪たちはその侑の気持ちを汲んで侑を学校に通わせ、普通の人間として生活できるようにできないかとうちに持ちかけたのよ。もちろん、相手にもされなかったらしいけれど」
「えっ…でも、じゃあ、なんで…?」

 春人が首を傾げると、双月は面白そうにクスクスと笑った。

「侑を学校に通わせないなら俺も学校に行かないって、深月が部屋に引き籠ったからよ」
「世月が死んで李月も家を出て、双月が引き籠ってやっと出て来たかと思えば今度は深月が引き籠る。どいつもこいつも親不孝者ばかりだな」
「あら、悪いのは全部両親じゃない?まぁとにかく、このままじゃあ埒が明かないってことで侑を学校に通わせるよう手配することにしたのよ。ただし、その代わり深月は一切侑とは交友を持たないということを条件にしてね」

 大鳥家としては、4人もいた跡取りが1人もいなくなるということがよほどの大問題だったのだろう。
 それにしても、ここにいる人たちは誰もが波乱万丈な生活を送っている。春人としては、ここまでくると何事もなく16年間生きてきた自分が普通ではないのではないかと思えてきてしまいそうだった。

「これぞ禁断の恋…!?」
「秋上手い、なんか昼ドラみたい…!」
「お前らなぁ……」

 秋生と春人がどこかわくわくした様子で話すのを聞いて、深月が呆れたように声を漏らす。
 先ほどから華蓮と双月の会話には一切口を挟んでいないところを見ると、本当に本当のことなのだろう。もしくは、変に会話に割り込んで話をややこしくしたくないのかもしれない。

「そんなわけで、深月は侑にべったりできなくなってしまったのよ。まぁ、そんな約束を見事に破ってしまった今でも冷たくあしらっている理由はしらないけれど」
「あいつがうっとうしいからだよ。小さい頃はもっとしおらしくて可愛げがあったのに」

 双月が横目で見ると面倒臭そうに返す深月であったが、真意のほどはどうかは分からない。
 ただ、多分本心ではないのだろうというと、春人は何となくそう思うのだった。



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