Long story
侑が出て行ってから、深月は立ち上がって窓を閉めた。それから椅子に戻ると、侑が残した紅茶をすする。華蓮はゲームをしているし、双月は多分話を聞いていなかったのだろう。上の空だ。誰も侑の言葉通り説明するそぶりを見せなかったので、春人は新聞部の仕事の続きをすることにした。秋生もそう判断したのか、侑から頼まれた仕事に手を付けようと、書類の山を手に取っていた。
「心配なら止めればよかっただろ」
ふと、華蓮がゲームから顔を上げて深月に視線を向けた。
深月のどこが心配そうなのか春人には見当もつかなかったが、深月は呆れたように溜息を吐いた。
「素直に言うこと聞くと思うのか?」
「いや」
「だろ。相当怒ってたし、どうせ止めても無駄だった」
「だが、あいつも一応人間だ」
「自分で本物だって息巻いてたんだから、好きにさせときゃいいんだよ」
華蓮と深月の会話が侑のことを話しているということは分かる。
だが、「一応人間」とか「本物」とか、所々で理解できないワードがいくつか盛り込まれて、全体的な話の内容を理解することは難しい。
「侑が何者か教えてあげましょうか?」
隣にいた世月がふふふと笑う。
―――遠慮しておきます。
春人は丁重にお断りして、ほぼ意味のない紙切れに目を通す。
彼氏と喧嘩したからといって、その性癖など書いて投げ込まないでほしいものだ。別に知りたくもないのに。
「侑はね、妖怪なの」
春人の頭の中をはてなが覆い尽くした。
「よっ、妖怪ぃいいい!?」
春人は思わず紙切れから顔を上げる。
しかしすぐにハッとして口を覆う。またしても、全員の視線が春人に集中していた。
「あ――いや、こっちのことです。ははは」
「…春君、最近変よ。何だかいつもキョロキョロしているし、独り言多いし」
今日、この場で初めて双月の声を聞いた。春人を心配している様子だ。
「お前の方が変だって、言ってやりなさい。黙るわ」
本物の世月が横で呟く。
それは春人も思っていたことだ。いつもなら下らないことを喋っているし、会話には絶対入ってくるくせに、今日は終始上の空だ。
「そんなことないです。俺より双月先輩の方がよっぽど変ですよ」
そう言うと、双月の表情がこわばる。
「李月のことを気にしているのでしょう。そんなに気になるなら、直接会って聞けばいいのよ。今でも私を生かした方がよかったか?って」
「そんなに気になるなら、直接会って聞けばいいじゃないですか」
さすがにすべてを口にするのは気が引けたので、一部だけ抜粋させてもらう。
しかし、それだけでも効果は絶大だったようで、双月は目を見開いた。
「それとも、自分の前に現れないから怖いの?恨まれているとでも思っているのかしら。それだって、直接聞いてみないと分からないわ。意気地がないわね」
今でも十分驚いているのに、それは言えない。
これ以上余計なことを言うと、普通の人間としての春人の立ち位置が危うくなってしまう。
「お前…李月のこと気にしてるのか?」
春人の言葉にピンときたのか、深月が双月に視線を向ける。
「その話はいいって。…せっかく話題に上がったんだから、侑の説明でもしたら?」
話のはぐらかし方が下手なのにもほどがあるし、おまけに口調が双月に戻っている。
口にはしなかったが、多分世月の言ったことは全て図星だろう。
「もう少し上手くはぐらかせよ」
深月も春人と同じ意見のようで、溜息を吐きながら机に頬杖をついた。
これは、またここで話が途切れるパターンだ。
双月のことも気になるが、今の心情としては侑が妖怪だという話の方がすこぶる気になる。というか、さすがに言葉通りに理解にしていいのか疑問だ。だが、この状況でそれを問える勇気は春人にはない。
「面倒臭い奴らだな」
本当に面倒臭そうに、華蓮がゲームから顔を上げた。今気が付いたが、いつの間にかPSPからVitaに変わっている。一体いつ買い換えたのだろうか。
「侑は妖怪で、お前は李月に罪悪感を持っている。それだけの話をするのにいちいち空気を重たくするな」
この人は凄い。
侑のことにしても双月のことにしても、さらっと「それだけの話」と言い放つ辺りがもう凄いというか、もの凄い。
感心した反面、ただもう少し詳しく話して欲しいと思った。双月の話は本人が否定しているのでどうしようもないが、侑の話に至っては本人から許可が出ている。春人は話を振れと言わんばかりに秋生に視線を送った。
「俺を見るなよ……」
視線に気が付いた秋生が、顔を顰めて小声で囁いて来た。
「この流れは秋生が夏川先輩に問い詰める感じの流れでしょ?」
春人も同じく、小声で返す。
「それだけの話って言いきってただろ。遠まわしにこれ以上突っ込むなって言ってるってあれは。問い詰めても話してくんねーって」
「聞いてみなきゃ分からないでしょ。気にならないの?」
「気にならないわけないだろ。何だよ妖怪ってどういうことだよ。むしろこんな中途半端なことされるくらいだったら、いっそ何も知らない方がよかったくらいだ」
それは大いに同感だ。
余計な情報さえ入って来なければ、“この人はきっと超人だ”くらいで済んでいただろう。
「お前ら、小声じゃなくなってるぞ」
「えっ」
深月に指摘され、春人と秋生は同時に声を発して会話を止めた。
秋生と会話をするときは話がヒートアップすると大概こうだ。授業中でもこうだ。しかし、気を付けても一向に直る気配はなく、毎度こういう感じだ。
2人が苦笑いを浮かべると、深月も苦笑いで溜息を吐いた。
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mokuji
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