Long story


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 桜生と李月の反応は想像通りだった。
 きっと、李月は問答無用で華蓮がカレンを殺すと思っていただろうし、桜生も自分の頼みを聞いてくれると思っていたのだろう。だから、それほどまでに信じられないというような表情を浮かべているのだ。

「…どう、して………?」

 桜生が表情をこわばらせて華蓮に近寄ってくる。

「お前の言っていることが間違っているからだ」

 現時点で、少なくとも桜生が昨日言っていたことの1つは間違っていたと証明されている。
 華蓮は桜生に向けていた視線を隣にいる秋生に移した。

「秋生、お前もこいつに言いたいことがあるから来たんだろ?」

 そう言うと、秋生は一瞬自分に振られたことに驚いたような表情を見せた。
 しかし、すぐに自分のすべきことを理解したのか、桜生に視線を向ける。



「俺は…桜生に戻ってきてほしい」

 秋生がそう言うと、桜生は目を見開いた。
 まるで想像していなかった言葉が飛び出してきたというのが、一瞬で分かる表情だった。

「秋生……でも、…そんなのだめだよ」

 桜生は秋生に近寄ると、今にも泣きそうな声で訴える。
 しかし、秋生はその桜生に対して首を振った。

「ずっと割り切ってたと思ってた。もう桜生はいなくなって、完全に呑みこまれてしまったんだと。だから、先輩にも言った。桜生を消してくださいって」

 秋生は桜生に手を伸ばす。しかし、その手が桜生に触れることはない。

「…でも昨日、俺があった桜生は、俺の知ってる桜生のまんまだった。お前は昔から、いつも頼りない声で、困ったような顔してて、誰かのために必死になって。何も変わってなかった」

 桜生は泣きそうな顔と、困ったような顔を白黒させている。
 秋生が伸ばしている手を避けているのだろうか。触れられそうな距離まで来ているのに、触れようとしない。

「ずっと一人だったんだ。せっかく会えたのに、まだ桜生のままなのに…それを見捨てるなんて俺には無理だ。戻ってきてほしい。前にみたいに、また一緒に泣いたり笑ったりしたい……!」

 桜生と同じように、秋生も今にも泣きそうな顔をしている。
 そしてもう一度、桜生に向かって手を伸ばした。

「秋生……」

 桜生の眼から涙が零れた。秋生が伸ばす手にそっと手を重ねながら、桜生は涙を流した。それに感化されたのか、秋生の眼からも涙が零れていた。
兄弟揃って泣いてばかりだ。

「これでお前の言っていたことの1つは間違いだと証明された。もう1つも、きっと間違いだ。そうだろう李月?もし俺がこいつの体を殺したら、お前は絶対に俺を許さない」

 華蓮がそう言って視線を向けると、李月は桜生に向けていた視線を関連に寄越した。

「当たり前だ。それに、そんなことさせない」

 李月がはっきりと言い放ったのを聞いて、桜生は泣きながら困ったような表情を浮かべた。

「これでお前の言い分は2つとも間違いだということが証明された。それが分かった今、お前は一体どうしたいんだ?」
「でも…このままじゃ…いつくんが……みんなも…」

 堂々巡りだ。
 昨日と同じような桜生の言い回しに、華蓮の苛立ちが限界を超えた。
 頭の中で何かが切り替わる。

「そうすべきとか、そうした方がとかそういうことはどうでもいいんだよ。俺はお前がどうしたいか聞いてるんだろうが」
「……それは…」

 苛立ちを隠しもせず声に込めて華蓮が詰め寄ると、桜生は途端に口ごもる。

「桜生…」

 心配そうに秋生が桜生の顔を覗き込んだ。
 桜生は秋生に向かって一瞬苦笑いを浮かべて、一度李月に視線を向ける。李月は秋生のように心配そうな表情ではなかったが、その面持ちは決して穏やかではなかった。
 視線を華蓮に戻したかと思うと一瞬俯いたが、すぐにまた顔を上げた。その表情は、先ほどまでの頼りない表情とは違い、しっかりとした目で華蓮を見ていた。


「僕は……戻りたい」


 それは本当に小さい声だった。
 しかし、消え入るような声で呟かれた桜生の言葉を、その場にいる誰も聞き逃すことはなかった。



「前みたいに戻りたい。秋生と一緒にいたい。いつくんと一緒にいたい。…いつくんに触れたいよ……!」


 桜生は泣きながらそう訴えると、崩れるように地面に座り込んだ。
 これで全てが整った。華蓮の望む結末は、他の多くが望む結末となったのだ。


「最初からそう言っとけばいいんだよ」

 建前ばかり並べていては、誰も望まない結末になってしまう。
 だが、もうその心配はないだろう。
 これが華蓮の望む結末で、多くの人が望む結末なのだ。
 もう華蓮に迷いはない。そして、もう不安もない。


「桜生…」
「いつくん…ごめんね。僕…」

 顔を上げた桜生は、近寄ってくる李月に向かって申し訳なさそうな表情を向ける。

「そのすぐ謝るくせなんとかしろよ、お前」
「うん…そうだね。…ありがとう」

 邪魔しては悪い雰囲気になってきた。
 言いたいことを言った上で結論も出た今、これ以上ここに長居は無用だ。

「先輩…学校行きます…?」

 秋生も同じことを感じたのだろう。
 小声で華蓮に問うてきた。

「そうだな」
「って、えっ…また窓から出るんすか!」

 華蓮が踵を返すと、秋生が声を上げた。
 先ほどの小声が何の意味もない。華蓮も秋生もすでに向きを変えているので見えないが、絶対に今ムードを壊したに違いない。

「他にどうするんだ?」
「どうもできませんけど……じゃあ少しだけ待って!心の準備が!」
「それは今日中にできるのか?」
「多分……!」
「却下だ」
「冗談です!すぐに済ませますから待って!!」

 秋生が心を落ち着けようと静まって目を閉じ胸に手を当てた瞬間、背後から笑い声が聞こえてきた。華蓮と、それから秋生も目を開けて背後を振り返る。
 李月と桜生が、可笑しそうにクスクスと笑っていた。

「顔は瓜二つなのに、桜生とは全然違うな」
「昔からああなんだよ、秋生は」

 李月がそう言うと、桜生は困ったように笑っていた。
 先ほどまでとは違い、実にほほえましい光景だ。

「俺…馬鹿にされてます?」
「安心しろ。お前は馬鹿だ」

 秋生が少し怒ったように華蓮を見上げてきたので、華蓮は正直に返答した。
 すると、秋生の表情がもっと険しくなる。

「先輩なんか嫌いです!」
「そうか俺は好きだが?」
「え…っ!!」

 秋生は一瞬きょとんとして、そして赤くなっていく。
 不意打ちに弱いのはいつものことだ。

「また爆発するか?」
「―――ッ!この性悪!」
「だから知っている」

 そう言うと、秋生はさらに怒ったように唇を噛んだ。
 何度も繰り返したやりとりだが、何度見ても秋生のこの顔は飽きない。

「楽しそうなのもいいが…貴様ら、その窓をそのままで帰る気じゃないだろうな?」

 さきほどまで笑っていた李月が、秋生と華蓮の足元に刀を向けていた。
 足元を見て、粉々になったガラスが目に入る。そして顔を上げると、どう頑張っても元には戻らない大破した窓が目に入った。
 秋生をからかっている場合ではない。

「秋生、心の準備」
「完璧です」

 秋生も状況を察したらしい。
 華蓮の問いに即答するとそのまま腕にしがみついてきた。

「じゃあ桜生、また先輩の家に遊びに来いよ!」
「これ以上人数を増やすな」

 秋生は一度振り向くと、桜生に向かって手を振る。
 それに対して華蓮は嫌そうにそう言ってから、この部屋に上がった時のように羽根を口にくわえ、地面を蹴った。

「おい待て……!」
「行くぞ」
「えっ…うわあああああああ!!」

 背後から李月の声がしたが、それもすぐに秋生の叫び声で掻き消された。
 ただ、この時ばかりは秋生のうるさい声に感謝せざるを得なかった。李月が上でどんな顔して叫んでいるかなんて、想像したくもなかった。


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