Long story
華蓮の家にいる時は、何かをしていれば気がまぎれる程度に寒さが軽減される。それどころか、寝ているときはどうしてか全く寒さを感じなかった。前までは華蓮の家にいても常に寒かったが、きっと華蓮がなにか対策をこうじてくらたのだろうと秋生は思っていた。
それは嬉しいことなのだが。問題は外に出た時だ。華蓮の家にいる時に感じない分、外に出ると余計に寒く感じてしまい、思わず身震いをしてしまう。そして、冬の寒さなら外に入ればなれるのだが、これは慣れない。ずっと寒い。
「秋生」
「はい?…わっ」
玄関を出て思わず身を縮めそうになったのに耐えていると、突然華蓮に呼ばれた。そうかと思うと、また突然何かを投げられた。秋生は危うくそれを落としそうになったが、どうにか落とさずにキャッチすることができた。何かと言われればさっぱり分からない。金属製の輪だった。
「先輩これ何ですか?……あれっ?」
寒くない。
さきほどまで身を縮めてしまいそうに寒かったのに、寒さが一瞬で消えた。華蓮に触れているわけでもないのに。
「縁側にいる奴からお前に」
それはきっと、一度夢の中でみた幼い華蓮にそっくりなあの少年のことだ。
あれ以来声しかきかないが、縁側に行くといつも話し掛けてくる。
「ありがとうございます」
「礼ならあいつに言え」
「分かりました」
ここ最近、外で華蓮と触れているとき以外に寒くないと感じたのは久々だった。
この時期に不釣り合いな長袖も、これでもう必要ない。
もらった輪丁度腕にはまったので、秋生はそのままブレスレッドとして使うことにした。
「…でも、ちょっとさみしいかも」
「は?」
「これで先輩に触れてもらえる口実がなくなっちゃうから」
寒さを口実に抱きしめてもらっていたわけじゃない。
ただ、それで秋生が寒さを緩和すると同時にいい思いをしていたというのも本当だ。
「なら今度からは、自分から触れに来ることだな」
華蓮は一瞬驚いたような表情を浮かべて、すぐに不敵に笑みを浮かべた。
「それができたら、苦労しないです」
「だろうな」
華蓮はそう言って、面白そうに笑った。
分かっていて、華蓮はきっと自分から秋生に触れてくることをしなくなるだろう。それは秋生から気持ちが離れたわけではない。華蓮は秋生をからかって遊んでいるのだ。そしてそれが分かっていても、秋生の頭にその対策は浮かんでこなかった。
「ところで、目的地までは遠いんですか?」
考えても対策が浮かんでこなかった秋生は、考えることを諦めて話題を変えることにした。
侑の話によると李月の住んでいる場所はかなりの高級マンションらしかったが、この辺りにそれほど高級なマンションはない。そもそも決して都会とは言い難いこの地域にとそれほどな高級マンションが立ったところで需要はないだろう。
「電車で二駅だ」
「…遠いっすね」
電車で二駅と聞くと、それほど遠くないのではないかと思う所。
しかし先ほども述べた通り、この辺りは決して都会とは言い難い場所なのだ。それはつまり、電車に乗るまでの道のりが長いということを示している。
ただどれだけの長さかということは、秋生はあまり遠出をしたことがないのでいまいち把握していない。
「島を出るまでが30分として…上手く電車に乗って、大体1時間か」
華蓮の言った通り、秋生たちが住んでいる地域は島である。とはいえ、本土に渡るために船を使わないといけないなどということはなく、本土と島を繋ぐ立派な橋が架かっている。電車は通っていないがバスは走っているし、そのバスの終電は島を出て一番近い電車の駅となっている。
しかし、華蓮の家の場所は島の中でも奥の方に位置しているために、島を出るまでに時間がかかるのだ。
「行きながらやばげな奴に出会ったりとか…」
「無視」
「まじすか。じゃあ、駅前とかにゲーム売ってるとことかあっても…」
「寄る。どうせ遅刻は関係ないしな」
「だったらヤバイ奴も倒しましょうよ!」
何度も言うが、田舎である島の中に最新のゲームを売っている場所などはない。最低限生活できる程度の店と、それから大鳥財閥が君臨しているだけだ。だからといって栄えていないというわけではなく、大鳥財閥の力もあってか観光地としてはそれなりに有名であったりもするのだが。
「それはいつでもできるだろ」
「ゲームだってネットで買えるじゃないですか」
「バスが来た」
バス停に着くや否や、まるで華蓮たちが来るタイミングに合わせていたかのようにバスがやってきた。しかし秋生はその事実に驚くよりも、華蓮が丸で何事もなかったかのように秋生の指摘を完全スルーしたことの方が驚いた。どうやら珍しく、華蓮の方が返す言葉がなかったようだ。
バスに乗り島を出て何とも都合よく電車に乗ることが出来(ここまでスムーズにいくと誰かが仕組んでいるのではないかと秋生は少しだけ疑った)、予定よりもかなり早く目的地に到着することができた。
島から出たのは久々だが、さすがに電車も通っていない田舎とはわけが違う。電車に乗った駅はまだそうでもなかったが、電車から降りて現在。たった二駅進んだだけなのに、建物の高さから人口密度から激変しすぎではないかと秋生は驚きを隠せなかった。
「すごいとこに住んでますね…」
「ああ。セキュリティーも万全だ」
完全オートロックなうえに、正面の入り口にも駐車場の入り口にも裏口にも警備員が立っている。
「入れてくれないですよね、多分」
「多分じゃなくて、確実だ」
桜生と会った日の華蓮と李月の争いを見た限り、李月が華蓮の訪問を素直に受け入れるとは思えなかったが、それは華蓮も同じ意見のようだ。
「どうするんですか?」
もしかして、いつ出て来るかも分からないのにこのまま待つのだろうか。まるで刑事ドラマの張り込みみたいだ――なんてのんきなことを考えている場合ではない。
「無理矢理入ればいい」
そう言うと華蓮は正面玄関の前から移動する。どこに行くのかと思いながら付いて行くと、華蓮が立ち止まったのはマンションの窓側だ。
華蓮は立ち止まると、上を見上げる。秋生もつられて上を見上げると、上に行くにつれて霊がうじゃうじゃと集まっているのが見えた。そういえば、侑が霊の被害がどうとか言っていたのを思い出す。高級マンションらしからぬ状態だ。
「…やばいっすね」
元々追い出された霊が他のものを色々と呼び寄せているようだ。その霊たちがもっとも集まっている場所は、最上階の角部屋。
どうしてか、その部屋はまるで雲がかかっているかのようにかすんで見えた。
「行くぞ」
そう言うと、華蓮はポケットから羽根を取り出した。侑から受け取っていた羽根だ。
「行くって…?」
「飛ぶ」
華蓮は短くそう言うと羽根を口加え、それから秋生の肩を抱いた。
「えっ!?」
秋生の驚きを無視して、華蓮はそのまま地面から足を離した。同時に、肩をしっかりと抱かれた秋生も宙に旅立つことは不可避だ。
「えっ…ええええええ!!?」
「うるさい黙れ」
華蓮がそう言った時には、目の前には目的の部屋の窓が広がっていた。カーテンが閉まっていて、中の様子は覗けない。なんて冷静に分析している場合ではない。
「ちょっ…せんぱ……死ぬ……!!」
状況としては、現在マンション十数階の窓の雨よけを華蓮が掴んでいて、手を離せば下に真っ逆さま。秋生は華蓮に必死にしがみついている状態だ。
「ちゃんと掴んでいないと、死ぬな」
華蓮はそう言うと、秋生の肩を抱いていた手を離して代わりにバッドを握った。そしてもう片方の手は雨よけを掴んだまま思いきり体を外に投げ出した。それは同時に、秋生の体も投げ出されるということだ。それはつまり、ここで手を離したら秋生だけ真っ逆さま。
「うわあああ!!」
「だから黙れ」
この状況で冷静に動いている(やっていることはとても冷静だとは思えないが)華蓮が異常なのだ。
そんなことが頭をよぎった瞬間激しい爆発音のようなものが耳に響き渡った。
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mokuji
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