Long story


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 華蓮は煮え切らない思いを秘めたまま、起きてしまった秋生の元へ移動する。
 秋生は相変わらず驚きの表情を浮かべており、同時に完全に覚醒してしまっていた。

「先輩…いま、桜生が……?」
「俺に頼みがあると言ってきた」

 桜生のことを隠す気はない。これはむしろ、ちょうどいい機会だ。
 華蓮はそう思いながら秋生の前にしゃがんだ。

「頼み…?」
「自分の体を殺してくれ、だと」
「え…」

 秋生の表情が曇る。それから、少し泣きそうな顔になった。
 さきほどの桜生と同じように、体が小刻みに震えている。

「そんなことわざわざ言いに来なくても、俺はあいつを殺したいほど恨んでいることくらい分かっているだろうに」

 そう言うと、秋生が一瞬辛そうな表情を浮かべて俯いた。

「そう…ですね……」

 体だけではない、声まで震えている。
 きっともうすぐ泣くだろう。そう思った華蓮は、俯いている秋生を抱きしめた。

「!」

 秋生が華蓮の体の中でびくりと跳ねた。顔を見なくても戸惑っているのが分かる。
 また心臓がどうとか爆発がどうとか言い出す前に、華蓮は口を開いた。

「お前はどうしたい?」

 先ほど、桜生にも聞いた言葉だ。

「え…?」
「この前、お前はあいつを消してもいいと言った。でも、あいつとは別にお前の双子の意識がまだ生きている。それが分かった今、お前の考えは変わったか?」

 華蓮の腕の中で顔を上げた秋生が、何かに耐えるように唇を噛んだ。

「俺は……先輩が、それで……」
「俺の話じゃない。おまえがどうしたいか聞いてる」

 さすがに双子と言うべきか。言うことなすことそっくりだ。
 ただ、華蓮は桜生を相手にする話には慣れていないが、秋生なら話は別だ。

「正直に言ってみろ」

 華蓮がそう口にしながら抱きしめる力を強めると、秋生は再び俯いて静かに口を開けた。


「……俺は…」

 腕の中の体の震えが増した。
 顔は見えないから確認はできないが、多分泣いているだろう。

「今日、桜生を…見て。……見た目は変わってたけど、昔と同じで…俺の知ってる桜生で……。だから俺…まだ、桜生はいるんだって。いなくなってないんだって…思ったから」

 言葉を選んでいるのか、それとも単に言葉が上手く出てこないのか。
 秋生は言葉を途切れがちになりながら、しかししっかりと自分意見を口にしていく。


「俺は………桜生に、戻ってきて欲しいです」


 途切れがちだったと言葉も、そこだけはそうではなかった。
 桜生のことを聞いた中で、一番はっきりと、力強い口調だった。


「そうか」

 本来華蓮が望んでいるはずの答えではないはずなのに、華蓮は秋生のその答えに満足していた。それは、華蓮がどういう答えを出すべきかという、その答えを示しているに等しかった。

「お前がそう言うなら、きっとそれが答えだ」
「え…?」

 再び顔を上げた秋生が、驚いたような表情を浮かべる。
 華蓮の思っていた通り泣いていたようで、頬には涙が伝っていた。

「誰かの望む結末を望むのも選択のひとつだ」
「誰かの望む結末…?」
「ああ。だから、俺はお前の望む結末に賭けることにした」

 それは、華蓮にとってもっとも優先すべきなのが秋生だからだ。
 秋生はそんな華蓮を不安げな表情で見上げていた。

「先輩は……それで…いいんですか?それは…先輩から沢山奪った相手を…助けるってことなのに」

 たとえそれが乗っ取られたものだとしても。
 桜生が華蓮の恨みの矛先であることに変わりはない。

「恨みは消えない。俺はどんな理由があったとしても、絶対に許すことはできない」

 秋生の不安の表情が濃くなる。そんな秋生に、華蓮は笑いかけた。

「…それでも、俺は秋生の望むことを望みたい」

 本当は随分前から分かっていたのかもしれない。
 恨んでも得るものなどなくて、憎んでも自分が苦しいだけで。例え復讐を果たしたとしても、そこには失ったものしか残らないと。
 最初は、それを生きる糧にすることで、自分の中の自我を守っていた。しかし、多くの人と関わることで生きる糧が必要ではなくなっていっていたのだ。
 それでも、ずっと割り切れずにいた。
 自分の前に出てこない限りは、自分からもいかないとは思えても。もし自分の前に出てきたときに復讐を果たさないという選択は、それまでの自分を否定しているように思えた。ずっとそれだけを考えて生きていたから。それを捨て去ると自分には何も残らないのではないかと思っていた。
 けれど、そうではないと分かったから。
 復讐を果たせば自分は満足するかもしれない。でも、復讐をしなくても、自分の納得できる結末があるのなら。
 華蓮は、そちらの結末を望みたいと思った。
 秋生はそう言った華蓮をしばらくじっと見上げていた。

「ありがとうございます……」

 と思ったらまた俯いて小さく呟き、そして華蓮にぎゅっと抱き付いて来た。
 秋生のその言葉を聞いて、華蓮は自分の判断に後悔することはないだろうと確信した。

「…ほら、寝るぞ。明日は早い」
「早い……?」
「ああ、学校に行く前に寄る場所ができたからな」
「?」

 できることなら、より多くの人が望む結末が良い。
 華蓮は秋生の望むことを望みたいと思った。その結果が結末になるとしても、後悔はしない。けれど不安がないと言われれば嘘になる。
 だから亞希の言うように、華蓮の選んだ望みが多くの人が望むことであるといいと思う。
 もしそうであるならば、きっと華蓮は真っ直ぐに前を見ることが出来るだろう。


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