Long story


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 再び何をするでもなく金木犀を眺めている華蓮の隣で、相変わらず亞希は酒をあおっていた。亞希の足元にはもう4本も一升瓶が転がっている。

「お前、いい加減にしとけよ」
「今日は呑みたい気ぶ…ん?………珍しい、客だ」

 さきほどから何度制しても止まらなかった飲みっぷりが止まる。そして、ずっと手を離さなかった酒瓶を縁側の淵に置く。

「客……?」

 華蓮が顔を顰めた瞬間、亞希はすっとその場から姿を消した。

「勝手に入ってごめんなさい…」

 亞希が姿を消してすぐ、亞希のいた場所に別の人物が申し訳なさそうな表情を浮かべて姿を現した。

「…何で……お前が…?」

 一瞬カレンかと思って身構えたが、その雰囲気があまりに違うことからすぐに思い当たる人物があった。しかし、その人物だったとしても、ここに居るにはあまりに異様だった。

「お願いがあって来ました……」

 桜生はそう言うと、酒瓶の隣にゆっくりと座った。亞希よりもよほど酒瓶が似合わない。
 そして何より、桜生が華蓮に頼みをしにくることが状況に合わない。

「お願い?俺がお前のことをどう思っているか分かっているのか?」

 つい十数時間前に、華蓮は桜生を消そうとしたというのに。
 その華蓮の前に一人でのこのこ現れるなんて、馬鹿も通り越してしまっている。

「分かってる…だから、頼みに来たんです」

 桜生の顔は真剣だった。しかしそれよりも、悲しそうだった。


「僕を…僕の体を殺してください」


 そう言って、深く頭を下げる。まるで縋るように、深く、深く。
 秋生と同じくらいの大きさの体が、小さく震えている。

「……どうして?」

 華蓮が問うと、桜生はゆっくりと顔を上げた。

「このままでは、いつくんが死んでしまう。僕は…誰かを犠牲にしてまで意志を保っていたくはないんです。だから…早く僕を殺してください」

 泣きそうな顔で、お願いしますと頭を下げる。

「僕は早く死ぬべきなんです。このままじゃいつくんは死んでしまうし、秋生にまで迷惑をかける。そうなる前に、誰かが僕の体を殺さなきゃいけない。みんなそう思ってる。僕は消えた方がいいと思ってる。そしてそれを実行するならば……あなたしかいない。僕は、あなたから沢山奪った。だから……」

 華蓮に頼みに来たということらしかった。
 確かに筋は通っている。しかし、華蓮は桜生の頼みに頷かない。

「確かに秋生は俺に言った。俺がお前を消したいというのなら、お前を消していいと。だが、それはお前の意志がまだ残っていると知らなかったからだ。あいつは今またきっと悩んでいるはずだ。お前の意志が残っているのに、体を消してもいいのかと。それに、李月はどうなる?お前のために命を懸けているあいつは、俺がお前の体を消したら絶対に俺を許さないだろう。俺があいつに殺されるなんてことはないが、それでも、あいつは一生俺への恨みに囚われる。俺がそうだったように。それでも、お前は俺に自分を殺せと言うのか?」

 華蓮が一気に言うと、桜生は途中から辛そうな表情を見せて、最後には泣きそうな顔になっていた。
 しかし、ぐっと拳を握るとどこか決心したように華蓮を見つめる。

「秋生はきっと…、僕を殺してもいいと言うはずです。いつくんも…いつか分かってくれる時が来る」

 それは、桜生がそうあって欲しいと願っていることだろうか。本当に心から、そう思っているのだろうか。
 華蓮にはそうは思わなかった。

「お前はそれでいいのか?」
「え……?」
「秋生が納得して李月がいつか分かってくれるから殺して欲しいではなくて、お前はどうしたいんだ。本当に、死にたいと思っているのか?」

 桜生の言っていることは、全部自分の意志ではない。
 さきほど亞希は、決められないことがあったら他人の意見を尊重するのもいいかもしれないといったが、桜生は全てのことを他人の意見に任せようとしている。それも、本人が口にした意見ではなく、憶測だ。

「それは……」

 桜生は困ったような顔を浮かべた。しかし、再びぐっと拳を握ると同時にその表情も消える。

「僕は、死ぬべきです」

 桜生は真剣な表情で、まっすぐと華蓮を見つめてそう言った。
 だから、「そうすべき」とか「した方がいい」と言う問題ではない。
 華蓮がそう反論しようとした瞬間、背後から物音がした。


「先輩……?」

 秋生の声だ。華蓮が振り向くと、眼をこすりながら体を半分起き上がらせている。
 どうやら、桜生との言い争いで華蓮の声が若干大きくなっていたらしい。

「桜生……っ!?」

 秋生は華蓮に続けて、桜生の姿を発見してしまったようだ。
 驚きの表情を浮かべている。


「……どうか、僕を殺してください」


 桜生はそう言うと、一瞬秋生に目配せしてからふっと消えて行く。
 後に残ったのは煮え切らない華蓮の思いと、そこら中に転がっている酒瓶だけだった。


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