Long story


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 この家で唯一の縁側に座って、華蓮は何をするでもなく金木犀を眺めていた。この金木犀が咲くのは夜だけだ。今は満開の花も、太陽が出ている間は蕾ひとつつけず佇んでいる。しかしひとたび日が沈むと、さぁ祭りだと言わんばかりに満開に咲き誇るのだ。

「この金木犀を肴に飲む酒は最高だね」

 いつもは声だけの存在が、酒瓶を片手に満足そうに金木犀を眺めている。だが、その姿はとても酒を飲むような年齢とは思えない。せいぜい小学生がいいところ、下手をすればそれ以下ともとれなくもない。

「呑み過ぎるなよ」

 調子に乗って飲み過ぎて、次の日二日酔いになるのは本人ではなく華蓮だ。自分が飲んだわけでもないのに、二日酔いだけ引き受けなければならないなんて、まっぴらごめんだ。

「綺麗な花にうまい酒に…それから可愛い子。今日は飲み過ぎちゃうかも」

 その視線の先には、縁側と続いている部屋の中で寝息を立てている秋生がいる。

「ふざけるな」

 華蓮は思いきり顔を顰めて、隣に座っている幼い頃の華蓮にそっくりな少年――亞希(あき)を睨みつけた。

「冗談だよ。…でも、あの子は大丈夫なの?すごく寒がってたけど」
「ああ。お前が珍しく役に立ったからな」

 華蓮の力に触れていれば大丈夫というなら、華蓮自身でなくても華蓮の力の籠ったものならば何でもいいということ。だから、布団に自分の力を移しておけばいいということだ。

「それなら、わざわざ布団じゃなくて妖力を仕込んだものを身に着けさせればいいだろ?」
「やっている。この部屋だから簡単にできるが、どこでも大丈夫なようにするには、時間も労力もかかる」

 ここは華蓮の力を最大限に引き出せる場所であり、引きだした力の継続力も長い。しかし、一歩外に出てしまうとそういうわけにはいかないし、まして瘴気の巣と言ってもいい学校などもってのほか。生半可なものでは一瞬で効果がなくなってしまうだろう。

「何に力を移すか決めているのか?」
「いいや」
「そう、じゃあ…」

 亞希が金木犀に手を伸ばすと、一輪の花が降ってきた。そして、亞希の手のひらに乗った瞬間に、金木犀の花は丸い金属に変わった。しかしそれだけでは終わらず、金属が更に変形して亞希の手のひらに収まるかどうかという大きさの輪になった。

「これにお前の力を入れてその子に渡すといい。俺の力を込めておいたから、その子に何かあったらすぐに知らせてくれる」
「お前、随分と秋生に甘いな」

 華蓮は亞希から金属の輪を受け取ると、不思議そうに呟く。
 亞希の好意はありがたいことだが、普段から人間に干渉するタイプではないはずだ。

「お気に入りだから」

 そう言って、酒瓶を傾けてそのまま口につけた。
 それほど酒が好きならば酒が見合う姿になればいいのにと、華蓮はつくづく思った。しかし、きっとそれを言うと亞希は今と同じように「お気に入りだから」と答えるだろう。

「――――で、今日はまた随分と心が乱れているな」
「そんなことはない」
「俺の眼がごまかせると思っているのか?」

 思っていない。自分の感情の中に住んでいる存在に対して、自分の心を騙そうなんて無理難題だ。隠そうとした思いまで、一瞬でバレてしまうに違いない。
 華蓮はため息を吐くと、少し遠くに視線を向けた。

「次にあったら復讐してやるとずっと考えていた」
「そうだな。だから俺と契約をした」
「でも、それまでのスパンが長すぎた」

 もっと早く会っていたら、自分がこれほどまでに悩むことはなかっただろう。
 すぐにでも復讐に手を染めていたはずだ。

「恨みが薄れてしまったの?」
「いや、そうじゃない。……色んな人間と関わりすぎた」

 恨みは消えない。今でも思い出すと怒りで煮えくり返りそうなる。
 すぐにでも消し去ってしまいたくなる。
 でも、その恨みに素直に従えない。

「その子は…消してもいいと言っていただろ?」
「だが…その時秋生は、双子がもう飲み込まれていると思っていた」
「でも、実際はまだ意志が残っていた」

 それが分かった今、秋生はどうしたいのだろう。
 そんなことは、聞かなくても分かっている。

「それに…俺も見た」

 あれは確かにカレンだったが、しかしカレンではなかった。
 自分の両親を奪い、自分の名前を奪った奴とは違う人物だと、分かってしまった。

「さらに、その子を助けたいと命を懸けている親友がいる」
「嫌な言い方をするな。あいつは敵だ」
「それは違うな。お前は李月を敵として認識できてない。本当の桜生を見てしまったお前は、桜生を必死に守ろうとする李月の気持ちが分かるからだ。だから、お前は迷っているのだろう。李月がそこまでして守ろうとしているものを、あの子が戻ってきて欲しいと思っている双子を、自分が消してしまっていいのか」

 亞希はぐいと酒を飲む。
 その言葉は正論だ。華蓮が考えたくないことを、現実の問題として叩きつけてくる。

「わざわざ口にしなくていい」
「もっと言ってあげでもいい。お前はもう、答えだって出しているはずだ」

 その通りだ。答えは出ている。

「それで…どうすればいい?」

 華蓮がもし、カレンを消すことをやめたとして。
 その先にどうすればいいのか。どうしても答えは出ない。

「自分で決心がつかないなら、他人の意見に聞いてみればいい。自分で決めることも大切だけど、時には誰かに頼ることだってあっていい。自分の望む結末が見つからないのなら、誰かが望む結末にかけてみるっていうのも一つの手だと思うけど」
「誰かが望む結末……」

 自分で決められないのなら自分の意志ではなく、他人の意志を尊重する。
 簡単に言うと、そういうことだろう。
 もう少し分かりやすく言えばいいのにと思った反面、そういう考え方もあるのかと華蓮は少し感心した。

「そうだな。どうせなら、より多い人が望む結末にかけてみたいよな」

 そう言って笑う亞希は今の自分よりもずいぶんと小さい自分のはずなのに、今の自分よりもずいぶんと大きく見えた。


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