Long story
高層マンションの一角。一番高い階の一番奥の部屋。以前に自殺があったこの部屋は、幽霊が出るという噂のおかげで、高層マンションとしては格安の値段で売られていた。幽霊なんてものは適当に追い出せばいい。居場所がなくなれば他に居場所を探して違う部屋に行く可能性もあるが、そんなことは知ったことではないそうだ。そんなこんなで、訳あり物件ながら他の部屋と違うところは値段の安さだけとなったこの部屋に、李月は桜生と共にいる。
琉生は手にした合鍵でオートロックを開け、エレベーターで最上階まで上り、そして2人のいる部屋に向かう。一番上の一番端に向かうのは実に面倒臭いのは李月も一緒だろうが、背に腹は代えられないのだろう。
「おーい、生きてるか」
部屋の入り口の鍵を開けて中に入ると、玄関から血が滴った痕跡が残っていた。この分だと廊下にも落ちていたはずだが、李月が処理したのだろうか。こんなのが発覚して警察や救急車に来られても面倒だろうし、多分そうなのだろう。
「当たり前だろ」
部屋の奥から声がして、そちらの方に移動する。
琉生の姿が見えると、ソファに横たわっていた李月が体を起こした。
「あーあ。お前、血みどろじゃねぇか」
「わざと当たってやったんだ」
「お前もか」
華蓮と同じような言い方で張り合う李月にうんざりしながら、琉生はため息を吐いた。
「桜生…お前も大変だな。こんなのに付きまとわれて」
李月の隣に浮かんでいる桜生に話しかけると、桜生は少し赤くなって笑った。
照れるところではないし、喜ぶところでもない。
「全く、兄弟揃ってどうしてもっとまともな奴を相手にしてくんねぇかなぁ…。お兄ちゃんは心配で早死にしそうだよ」
そんなことを言うと、困ったような表情で寄ってくる桜生は秋生より格段に素直で可愛い。とはいえ、ツンデレな秋生も十二分に可愛いことに変わりはないのだが。
「そういえば…桜生の双子。あれは一体何だ?」
「何って、秋生は人間だよ」
まぁ、知らない間に狐の神使なんか憑依させちゃっていたが。これまた兄の心配を増幅させるようなことをしてくれるものだ。
「馬鹿だな貴様は。そういう話をしているんじゃない」
「じゃあどういう話をしてるんだよ」
大体、仮にも師匠に向かって馬鹿、貴様呼ばわりとは何事だ。
華蓮といい李月といい、全く礼儀というものがなってなさすぎる。
「その秋生ってやつ、尋常じゃなかった。俺と華蓮の間に一瞬で入ってきて、気付いた時には吹き飛ばされた」
「自分たちで止めたんじゃないのかよ…」
やはりどこも成長してない。背が高くなっても顔がいくら綺麗になっても能力が上がっても肝心の性格がちっとも成長していないじゃあ何の意味もない。琉生は頭を抱えながら溜息を吐いた。
「あれは…僕が力を貸したの……」
「桜生が…?」
「僕が一時的に秋生に憑依して、力を分けたんだよ。……2人に争ってほしくなかったから」
桜生は辛そうな表情を浮かべて少し俯いた。
「どうしてそんな危険なことを…あいつはカレンを――桜生の体を消そうとした奴だ」
「でも、僕は……」
桜生が一層辛そうな顔をした。琉生はそんな桜生を見ていられなくなって、これ以上話を掘り下げたくなくなった。
「ありがとう」
「え……?」
唐突に呟いた李月が少しだけ笑みを浮かべると、桜生は少し驚いた表情を見せた。
「あのままだと…俺は……あいつを殺していたかもしれない」
そう言って李月は桜生に手を伸ばした。その手が桜生に触れることはない。
しかし桜生は李月の手を取るようにして、笑みを浮かべた。
「そういえば」
あからさまに辛そうな顔をされるのも嫌だが、だからといって目の前で見せつけられたいわけでもない。琉生はこの状況を打破すべく口を開いた。
「華蓮から伝言あるけど、聞くか?」
「断る」
華蓮というワードが出てきた瞬間に嫌悪感を滲ませた李月は即答だった。
琉生から華蓮がそれほど大きな怪我ではなかったことを聞かされて心底安心していたばかりなのに。どうしてそろいも揃って素直ではないのか。琉生は呆れながら溜息を吐きつつ、問答無用で伝言を言うことにした。
「なら勝手に話す。昔から人の話を聞かない。だから貴様は馬鹿なんだ…だと」
琉生が華蓮からの伝言を聞いて、李月はこれでもかと言うほど表情を歪めた。
やはり伝えるべきではなかっただろうか。でも、聞くと言ったとは李月だ。
「馬鹿は貴様だろうが」
「いや、言ったの俺じゃないから」
「分かっている」
だったら琉生の方を向いて吐き捨てるなと言いたい。
本当に、誰がどこで育て方を間違ったのだろうか。
「大体―――ッ!!」
李月が何か言いかけたところで、突然発電したように李月からバチバチと火花が散った。桜生を守るために張っている結界がカレンによって破壊されそうになっている。それは李月の体に直接ダメージとして蓄積されていく。破壊されるのを防ごうと李月はさらに力を注ぐ。しかしそれは同時に、李月のダメージの蓄積をも増幅させる。
もう限界だ。このままでは、結界が壊れる以前に李月の方がもたない。
「いつくん…!」
「大丈夫だから、そんな顔をするな…」
そう李月が言っても、桜生の表情は晴れない。きっと分かっているのだろう。大丈夫ではないということが。だからこそ、それほどまでに辛い顔をするのだろう。桜生が辛い顔をすれば、李月もまた辛そうな顔をする。その繰り返し、終わりの見えない負のスパイラルだ。
そんな2人を見ていられなくなった琉生は、きちんと手当をするようにだけ李月に言って、マンションを後にした。
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mokuji
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