Long story


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 華蓮の家に着いて、ほぼ何も話が進まないままに数時間が過ぎた。
 ソファに座っているのは秋生と華蓮、それから睡蓮だ。睡蓮の治療は荒療治で、華蓮は何度か苦痛に表情を歪めていたが声を出すことはなった。秋生はそれを横目で見ながらさすがだと思った。
 ダイニングテーブルの椅子に座っているのはその他、琉生と深月、双月に春人、そして誰が呼んだのか分からないがいつの間にか侑もいた。何でも、今日も雑誌の取材で学校にいなかったらしい侑は、また一人だけ仲間外れにされたとかなり不機嫌になっていて、そんな侑をなだめているのは深月と双月だ。さきほどから自分たちも終わってから到着したのだと必死に説明しているが、侑の機嫌は全く直る気配をみせていなかった。そんな様子を苦笑いで見ている春人は、何だか落ち着きがなくしきりまるで何かを応用に視線を泳がせていた。
 そんなことはまるでどうでもいいようにコーヒーを飲んでいるのは琉生だ。許可も取らずにどこからかコーヒーメーカーを取り出してきて淹れていた。この家はつくづく好き勝手に使われているなと痛感する。

「…さて、ひと段落したし、本題に入るか」

 ひと段落というか、ただ単に自分の一服が終わっただけだろう。
 秋生は突っ込みたかったが、せっかく始まろうとしている話に初端から腰を折りたくなかったので黙っていた。

「それよりまず、秋生君と春人君にいっきーのこと教えてあげたら?それとも、僕のこと仲間外れにしてその話も済んじゃったの?」

 皆が華蓮の家に移動してからしばらくして到着した侑は、何やらご機嫌斜めのご様子だった。どうしてかというのは今しがた自分で口にしていた通りだが、深月や双月が何度自分たちも事後到着だったと説明してもその機嫌が直ることはないままに今に至る。

「いつまでも拗ねてんなよお前も。まぁでも、確かに侑の言う通りだな。アイツの話は、俺がするよりお前らがした方がいいだろ」

 そう言って琉生が視線を向けた先にいるのは、深月と双月だ。
 視線を向けられた2人は一度顔を見合わせてから、ほぼ同時に息を吐いた。多分、2人の中でテレパシーの交信でもしていたのだろう。

「まぁ、名前からして大体想像はついてると思うけど」

 テレパシーの交信後まもなく、そう言って切り出したのは双月だった。

「俺と深月、今日お前らがあった李月、それから世月。俺たちは四つ子の兄弟だ」

 たった今「大体想像は付いていると思うが」と前置きをしたが、秋生も春人もそんなこと想像したこともなかった。そのため、秋生も春人も双月から発せられた説明を聞いた途端にぽかんと口を開け、その驚きを間抜け面で表現して見せた。
 しかし、双月はその反応をあえて気にしない様子で続ける。

「四つ子だから上も下もないんだけど、順番的には李月、俺、深月、世月の順番で兄弟ってことになってる。まぁ――今はもう、2人しかいない…はずだったんだけど」

 そう言って双月は苦笑いを浮かべた。
 それがバトンタッチの合図だったかのように、次は深月が口を開く。

「李月と世月は小さいころから霊感が強くて、普通はできないようなこともできていたし、よく変なのに取り憑かれたりもしてた。それに対して俺と双月は多少見える程度。李月や世月みたいに何かできるわけでもなければ、とり憑かれることもなかった。ちなみに別に隠してたわけじゃないんだけど、加奈子ちゃんも最近一緒にいる猫も俺はときどき見える」

 開いた口がふさがらないとはこのことだ。
 深月がときどき見えるという言葉に対して、双月はほぼ見えるということだった。

「まぁそれが前置きで。…夏が二度目にカレンに毒されて…睡蓮が来て、それからしばらくしてからだ。俺が風邪をこじらせて、なかなか熱が下がらなかったもんだから入院することになったんだ。そして、その見舞いに来ていた李月と世月が事故に遭った。2人で横断歩道を渡っている時に信号無視のダンプカーに轢かれて…李月は体がめちゃめちゃになったが世月にのしかかるようにして倒れたことからどうにか命は繋ぎ止め、世月は李月が庇ったおかげで外傷はほとんどなかったが、頭を強く打って……脳死状態になった」

 脳死という言葉はテレビなどで何度か聞いたことがある。
 そうなってしまうと二度と元には戻らないと言われているが、心臓は動いていて、体毛も伸びるらしい。それを本当に死と呼ぶのかどうかは、未だに結論が出ていない問題だ。
 秋生は、テレビか道徳の問題でしか聞かないだろうと思っていた言葉が、まさかこんなに身近から発せられたことに驚いた。

「そのとき俺は風邪に加えて喘息まで併発していたもんだから、病院で隔離状態。それで――…双月が全ての重荷を背負うことになった」

 重荷。一体それは、どういうことだろうか。
 聞かなくても、答えは双月自身が口を開いて呟いた。

「両親は俺に聞いてきた。今、世月の臓器を李月に移植すれば、李月は助かる。でも…それは同時に世月が死ぬということだ。移植をせずに世月を生かすというのならば、きっと李月は助からないだろう。だが、もしかしたら世月はいつか目が覚めるかもしれない。どっちにするか、一番近くにいるお前が決めろと……両親はその決定権を俺にゆだねた」

 どうして双月たちの両親がその選択を双月にゆだねたのか、それは本人たちに聞いてみないと分からないことだが。いくら兄弟だからといって、小学生にその選択を迫るのはあまりにむごいことのように秋生は感じた。
 そしてその答えは、既に聞かずとも分かっている。

「俺は……李月を助けることを選んだ。いつ目覚めるのか、本当に目覚めるのか分からない世月よりも、移植をすれば絶対に助かる李月を生かすと。でも……李月はそれを望まなかった。目を覚まして最初に見舞いに行ったときに言われたよ。俺を殺してくれればよかったのに、って」

 それが双月にとってどれほど辛い言葉だったか、秋生には想像もつかない。
 双月が辛そうな表情を浮かべたので、深月が交代する。

「李月は生き残ったけど、問題が発生した。それは、世月の臓器を移植したことによって李月の霊感がそれまでと比べものにならないくらいに増幅したことだ。あれはもう、霊感なんてレベルのもんじゃなくなってた。大鳥家とこの家って意外に近いからな。既に夏に力の使い方を教えていた琉生が李月の力に気づいて、李月も一緒に無理矢理引っ張って行った。うちの家と夏の家はそれなりに縁があって、俺も双月もそれ以前から夏とは友達だったからそれを拒みはしなかったし、両親もお手上げ状態だったから李月はあっさり引き渡されたんだ」

 そうして、師弟関係が出来上がったらしい。
 やはり、李月が華蓮とそっくりな格好していたのは、一緒に学んだ影響からだったのだろう。

「ただ、李月がいなくなった頃から、母親がおかしくなった。双月のことを時々世月って呼ぶようになって、そのうち世月としか呼ばなくなってしまった。そしたらこいつ、ある日から突然世月の服を着て、ヅラまで被って、まるで世月みたいに振る舞い出した」
「俺が世月になればみんな幸せなんだよ。現に、俺が世月になってから母さんの情緒不安定は落ち着いただろ?父さんだって止めなかった。だから、俺は普段は大鳥世月なんだ。学校も世月として登録されてるし、こうして双月でいるのは、家にいないときと…バンドしてる時だけ。まぁ、最近じゃあ家にいないときも世月でいる方が多いけど」

 別に好きで女装してるわけじゃないんだぞ、と双月はいたずらに笑う。
 その笑みがどこか無理をしているように見えて、痛々しかった。

「ただ、李月は双月が世月をやっていることを今も知らないけどな。双月が打ち明ける前に…、李月がうちに帰ってこないままに……消えたからだ」

 そう言うと、深月は華蓮に視線を移した。
 その視線に気が付いた華蓮が、少し面倒臭そうに口を開ける。

「あいつは時々、声が聞こえると言っていた。その声は、自分に助けを求めていると。それは誰だと聞いてもあいつは決して答えずに、そしてある日突然、その声を助けに行くと言って飛び出した。…そしてそれから今日まで、あいつは俺たちの前から姿を消していた」

 李月が飛び出してまで助けようとした声の主。
 それから何年も家に帰らないくらい、執着している人物。


「それが、桜生だ」

 皆分かっていたことだが、あらためて断言された琉生の言葉に、一同が息を飲んだ。

「あいつはここを飛び出して行った後カレンに会って、その中にいる桜生からこう頼まれたらしい。……僕を殺して、と」

 まるで自分のことように、桜生の気持ちが流れ込んでくるような気がした。
 自分の意志も持てず、自分の体が勝手に多くの人を傷つけていく。望んでいないのに、自分の手はどんどん穢れていって、そうするたびに自分の意識は消えそうになっていく。そんな中で、自分に気づいた存在に告げた言葉は……救済ではなく、消滅。

「でも李月はそれを拒否し、桜生を助けることを約束した」

 琉生はそう言って、頭を抱えるようにため息を吐いた。

「そしてあいつは桜生を守るために妖怪と契約を交わした。お前がカレンを消すために感情を捧げたように、あいつは桜生を守るために命を捧げた。それだけ李月の決意は本気だってことだ」

 契約――という言葉に秋生は聞き覚えがあった。

 もうずいぶん前のことのように思えるが、あれは夢の中で話した少年が口にしていた言葉だ。
 華蓮もその少年と契約を交わしたと言っていた。ならば――あの少年は、妖怪だということだろうか。

「とはいえ、そのおかげで李月は桜生の精神をカレンから引きはがすことに成功した。だから今、桜生の精神は李月の力の中で守られてる。だが、それも時間の問題だ。カレンはどんどん力をつけていっている。だから、李月の力でも桜生を繋ぎとめておくのが難しくなってきてるんだ。多分、限界は近い」

 桜生。秋生の前に出てきた桜生は紛れもなく秋生の知っている桜生だった。
 自分が成長したように桜生も成長していたけれど、何も変わっていない。昔のままの、優しい心を持った桜生。
 まだ…いなくなってはいなかった。
 でも…このままではもうじきいなくなる。

「あいつは必死だった。そんな中、ついにカレンがお前のところに向かって…多分、相当焦ったと思う。カレンがお前に会えば、お前はカレンを消しに行くだろう。もし、お前がカレンを消してしまったら…桜生の戻る肉体がなくなる」

 肉体がなくなる。
 それは、桜生の死を意味する。

「だから俺を刺したと?」
「いや…まぁ、それはやり過ぎだと思うけど。…あいつはあいつで必死なんだよ。桜生を守ることがあいつの今の生きる糧だから」

 琉生はそう言うと、まるで遠い所でもみるように視線を宙に向けた。
 しばらく沈黙が続くかと思われたが、琉生が息を吐いてすぐに華蓮が立ち上がった。

「あいつに言っておけ」
「なんて?」
「昔から人の話を聞かない。だから貴様は馬鹿なんだ」

 華蓮は吐き捨てるようにそう言うと、足早にリビングを出て行った。
 ぱたんと閉じた扉の音を最後に、今度こそ室内に沈黙が流れた。


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