Long story
止めなければ。
状況を理解できない中でも、頭のなかでその思いがこだまする。しかし、身体はこの圧倒されるような空気に押しつぶされそうで、全く動くことができない。
――僕が力を貸すから…。
頭の中に声が響き渡り、すうっと体の中に何かが入ってくるのを感じた。
それはいつしか霊を憑依させた時のような違和感ではなく、もともと持っていたものが戻ってきたような感覚に近かった。
――お願い。2人を止めて…!
「……ッ!!!」
体の中に溢れてくるそれは、かつて秋生が奪われた力。
ずっと動かなかった体が浮いてしまうのではないかというくらいに軽くなった。
――早くしないと手遅れになってしまうよ…秋生。
もう随分と聞いていなかった声が、秋生に話しかける。その声は…秋生の記憶の中のそれと、何も変わっていなかった。
それは、秋生に力を与えてくれた人物のものだ。
「そんなことにはさせない……桜生」
秋生は目を見開くと、瞬時に華蓮と李月のいる方に視線を向けた。すると、さきほどまでまるで見えなかった2人の動きが、まるでスローモーションのように見て取れる。
秋生は2人の動きを目でとらえると、再び刀とバットを振り上げた2人に向かって足を踏み出した。
「秋生…!?」
背後から春人の声が聞こえた時には、既に華蓮と李月の間に割り込んでいた。
瞬間、華蓮と李月の動きが止まる。
「!!?」
もう少しで秋生に触れるというぎりぎりとのところで、日本刀とバッドが止まっていた。華蓮と李月が驚いた表情で秋生を見下ろしている。
秋生は構わず両手を肩の位置まで上げると――その手に力を込める。
「ッ!?」
華蓮と李月が同時に逆方向に吹き飛んでいく。普通なら倒れてしまうところ、運動神経のいい2人は飛ばされながら体勢を立て直し、膝で地面を擦りながら自らの動きを止めた。
――ありがとう…。
「ううん……」
ふっと、身体の中から何かが抜けてくのを感じた。同時に体中に溢れていた力もなくなっていく。秋生がその流れに身を任せて見ていると、上空にふわりと浮かぶ姿があった。
カレンと全く同じ容姿。しかし、その眼は生気を帯びていないものではない。どこか悲しそうに笑うその表情は機械ではなく、紛れもなく人間のもの。そして、聞こえた声は感情を灯していた。
「帰ろ…?僕はこんなことは望んでないよ…」
桜生はそう言って、李月に手を伸ばした。
「だが……いや、分かった。帰ろう、桜生……」
一瞬何か言いかけたが、李月は桜生の言葉に従うように差し出された手に自らの手を伸ばした。
そして、まるで光に包まれるようにして、2人はそこから姿を消してしまった。
「――――先輩!!」
2人がいなくなったことを確認した秋生は、すぐさま華蓮の方へと駆け寄る。
華蓮は驚愕の表情を浮かべていたが、その声にはっとしたように反応して秋生の方に視線を移した。
「ごめんなさい!怪我してるのに吹き飛ばしちゃって…!」
「秋生、今のは……」
「本当の桜生が、俺に力を貸してくれました……。2人を止めてと…。…すいませんでした。でも俺、先輩に死んでほしくなくて……」
華蓮はきっと、自分を止めたことを怒るだろうと思った。それも、華蓮が憎んでも憎み切れない相手に力を借りて争いを止めるなんて、言語道断だと。
しかし華蓮は秋生を怒る言葉を掛けることはなかった。その代わり、秋生の腕を掴んで自分の方に引き寄せた。
「お前が謝ることじゃない」
「でも…桜生を…」
「あれは…違った。俺の消したかった方を逃がしたのはお前じゃない……」
そう言うと、華蓮は怪我をしていない方の片腕だけで秋生を抱きしめた。
「せ、先輩…っ?」
「お前が止めてくれなかったら、俺はあいつを……」
あいつというのは、桜生のことか。それとも李月という人物のことか。
秋生の肩口に顔を埋める華蓮を見て、秋生はどうしていいか分からないまま動けずにいる。
「……ありがとう」
そう呟いた華蓮が、秋生には震えているように見えた。実際にはそんなことはなかったのだけれど、秋生にはそう見えた。
秋生はその言葉にどう返していいか分からなかったので、何も返さずに華蓮を抱きしめ返した。
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mokuji
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