Long story
春人とカレンの間に勢いよく何かが落ちてきたのは、春人が目を閉じようとした次の瞬間だ。
ガンッという音が耳に響いた。
「助かった…!!」
背後で世月が叫ぶのを聞いて、春人は恐る恐る視線を上げた。
目の前には、随分と使い古されたバットが地面にめり込んでいた。
「そいつから離れろ」
その声を発しながら屋上の入り口にいる人物を目にした春人は、世月と同じく「助かった」と思った。
「ふふふふふふふ…来たねぇ、来たねぇ…!!」
カレンは嬉しそうにそう言うと、くるりと向きを変えて華蓮に向かってずずずず、と距離を詰めていく。
標的から外れたからだろうか、春人はふっと体の重たさが消えるのを感じた。しかし、自分の力で立っていることもできずに、そのまま地面に倒れ込みそうになる。
「春人…!」
駆け寄ってきた秋生が春人を受け止め、地面へのダイブは免れた。
「…秋……来て、大丈夫なの?」
確か、カレンに近付いているから常に寒くて仕方がないと話していた。
それならば、こんなに近くにいたら凍えてしまいそうなほど寒いのではないだろうか。
「馬鹿!人の心配してる場合か!」
心配しているのに怒られてしまった。
春人は些か不満に思うが、秋生の今にも泣きそうな顔を見てしまうと、文句を言うにも言えなかった。
「お前ぇぇえ……」
一度華蓮に視線を向けたカレンが、再びこちらを向いてくる。
標的からは外れたのではないかと思ったが、カレンが見ているのは春人ではなく秋生だった。
「最高じゃないかああああ!!」
秋生を見て苛立った声をあげたかと思うと、カレンは甲高い笑い声を響き渡らせた。まるでノイズのように耳に響き、頭が痛くなってくる。
「僕の一番欲しいものと、一番消したいものが一緒にいるなんてぇええ…!」
そう言ってカレンは華蓮と秋生を交互に見た。
それから、機械のような顔でニタァと笑う。自分が見られているわけでもないのに、悪寒を感じた。
「華蓮――。僕はねぇ、君が欲しくて欲しくてたまらなかったんだぁ。今度こそ奪うよぉ、全部、全部全部全部!!」
まるで故障した人形のように、首を左右に揺らしながらカレンが笑う。
とても人間の体を使っているようには思えない動きだった。
「でもねぇ、そいつが邪魔なんだぁあ」
そう言って、また秋生の方に視線を向ける。
「コイツがいるからぁ、僕はいつまでも自由になれない…。お前ぇえ、邪魔なんだよぉぉお」
ずるずると黒い物が秋生に向かって伸びてきた。
しかし、半分もいかないところで再びバッドが落ちてきた。先ほどの同じようにガンッと地面にのめり込み、黒い物の行き先を遮る。
「離れろと言っただろ」
突風が屋上を駆け抜ける。先ほど感じた、気持ちの悪いそれではなく、どこか熱気の籠った突風だった。
それと同時に、華蓮から赤黒い物が漂いだした。それはカレンのようにずるずると音を立てることはなかったが、その代わりに華蓮が一歩ずつカレンに近付くたびに、ミシッと音を立てた。
「…君を手にするには少し早いようだねぇえ……」
そう言うと、カレンはずっと音を立てて空中に浮いた。
こういう状況に慣れていない春人は、まるでSFアニメを見ているようだと呑気に考えてしまっていた。
「逃がすか…!」
先ほど黒い物を止めたバッドが、突然浮き上がったかと思うと瞬時に華蓮の方に移動する。華蓮は素早くそれを手に取るとそのままカレンの方に突き進み、向かってバッドを振り下ろした。
「させない」
聞きなれない声がしたと思った瞬間、ガギンッと、金属同士がぶつかる音が響き渡る。
春人はあまりに現実離れしているその光景を目撃しながら、今日はよく物が降ってくる日だなんて考えている自分が少し怖くなった。
華蓮の振り下ろしたバットは、地面に突き刺さった刀に当たっていた。そのせいで、カレンは全く傷つくことなく宙に浮いている。
「また会いに来るよぉお…華蓮……」
そう言って、カレンは黒い物に飲み込まれるようにして消えてしまった。
そしてそれが消えた瞬間、屋上に漂っていた重たい空気もきれいになくなった。同時に、華蓮の周りを漂っていた赤黒いものも消えている。
「誰だ――――…」
しかし、華蓮はまるで今にも人を殺してしまいそうな殺気の籠った眼で、上空を見上げた。
また、降ってくる。今度は人だ。
金色の髪に、全身白いジャージ。まるで真逆の華蓮のようなその姿に春人は一瞬訳が分からなくなる。隣にいた秋生も同じのようで、驚いたような表情を浮かべていた。
しかし、その顔が垣間見えた瞬間、今度は2人で顔を見合わせて目を見開いた。
「みつ兄……?」
「深月先輩……?」
春人と秋生の声がほぼ同時に呟かれた。しかし、他の誰もまるでその声が聞こえていなかったようで、反応はない。
全身の印象はほぼ全く華蓮。しかし、顔はほぼまったく深月。カレンと入れ違うようにすとんと降りてきたその人物は、日本刀を抜くと睨み付けるような視線を華蓮に向けた。
「李月……」
ネッグウォーマーの間からでも分かる。今にも射殺しそうだった華蓮の視線が、驚きのそれに代わっていた。
李月(いつき)と呼ばれたその人物は、華蓮を睨みつけたまま動かない。
華蓮もしばらく黙っていたが、再び怒りが戻ってきたのか、睨み返すような視線を向けて手にしていたバットを振り下ろした。
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mokuji
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