Long story


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 春人が安心しきっていると、突然背後から突風が襲ってきた。


「うわ!」

 あまりの突風にこけてしまいそうになった春人は、どうにか踏ん張ってそれを回避した。
 背後から、嫌な気配を感じた。



「あら……」

 ふと、世月の視線が春人から離れる。そして、春人の背後を睨むように見つめた。

「これはこれは…、まさか私が最初にお目にかかれるなんて」
「!!」

 世月の視線を先に向かうように振り返った春人は、一瞬で硬直した。
 あっと言う間もなく身の毛がよだつ感覚が体中を襲い、冷や汗が噴き出した。



「――――君が僕の最初の獲物かい?」



 漆黒のセミロングの髪が、秋生そっくりな顔に映える。セーラー服を身にまとっているので、見た目ではまず男とは分からない。
 ニコリと笑う感情のない表情。まるで機械のような声。生気の籠っていない眼。

「初めましてぇえ。僕の名前は鬼神カレン。以後お見知りおきを……相澤春人君?」

「―――――…」

 名を呼ばれ、その眼と眼があった瞬間、春人は意識を吸い取られてしまいそうな感覚に陥った。
 動けない。逃げられない。持って行かれる。


「春君駄目よ。眼を逸らして!」
「ッ…!!」

 自分の目の前に世月が立ちはだかり、生気のない眼と自分の眼がそれた。
 しかし、周りを取り巻く空気が重たく、身体が動かない。

「おかしいなぁ。この瘴気にあてられてどうして僕の手の内に堕ちないのかなぁあ?」

 生気のない眼が、少し歪む。
 そんなことを言われても、春人には何がなんだか分からない。

「春君を、あなたの好きにはさせないわ。…といっても、聞こえていないのでしょうね、その様子じゃあ」

 どうやら、春人を守ってくれているのは世月らしい。

「君が一番手に堕ちやすそうだったからぁあ…最初にここに来たのにぃ、どういうことぉ?」
「……そんなの、俺が知ったことじゃないよ」

 春人がどうにか口を開くと、生気のない眼が少し驚いたように見開いた。

「まさか、喋れるなんてぇええ。…どういうことかなぁ、不思議だなぁあ」

 カレンはそう言うと、まるで地面をはいずるようにずるずると気色の悪い音を立てて春人に近寄ってきた。カレンの周りに漂っている黒い物が、その気色の悪い音を立てているのだと春人は認識したが、春人は動くことが出来ない。

「春君、時間を稼いで!」

 世月はそう言うと、春人のポケットに手を伸ばした。
 時間を稼げと言われても、一体何をどうしたらいいのか春人には分からない。身動きもできないし、かろうじて喋るのが限界だ。

「近寄るな……」

 どうすることもできずにとりあえずそう言ってみると、カレンは一度立ち止まってケラケラと笑い声を上げた。

「馬鹿だなぁ。そんなこと言われたら、余計に近寄りたくなるに決まっているじゃないかぁ」

 カレンは再びずるずると音を立てて一歩、また一歩と春人に近寄ってくる。春人は身動きが出来ず、近寄ってくるたびに冷や汗の噴き出す量が増していくのを感じていた。

「早く、早く…!」

 世月は春人のポケットから手を離すと、あたふたとしながら春人の周りのぐるぐる回る。

「何で呼び寄せてるんですか!」
「違うわよ!」

 春人が怒ったようにいうと、世月も怒ったように返答する。
 その様子を見たカレンが、再び立ち止まって怪訝そうな表情を浮かべた。


「君……何か憑けているのォ?」
「さぁ、何の話でしょう?」
「ムカツクなぁ…僕に見えないもの?そんなものがあるわけないよねぇ?そうだよねぇぇぇ?」

 カレンの周りの黒い物が一気に倍くらいになり、それから一気にずずずと距離を詰めてきた。

「っ…!」

 春人は反射的に視線が合わないように目を背けた。
 すぐそこまで来ているカレンと次に目を合わせてしまったら、きっと春人は持って行かれる。直感的にそう思った。

「ムカツクからぁ、直接食べちゃおうかなぁあ」

 ゆるゆると伸びてくる手にも、まるで巻きつくように黒い物が漂っている。
 万事休す。春人は反射的に目を閉じようとしたが、それすらもできなかった。



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