Long story


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 今日はいつもより風が強く吹いているような気がした。
 世月は何の躊躇もなく屋上の策を超えていく。それを見た時、春人はやっぱりこの人は幽霊なのだと実感した。

「世月さんは……成仏できない理由があるんですか?」

 この世に留まっているということは、何か理由があるからだと秋生は言っていた。
 思い残しとか、恨みとか。悲しみとか。何かしら理由があるのだと。

「この世に未練なんてないのよ。ただ、私はみんなが死ぬまで成仏なんてしてあげないわ。先に生まれ変わるなんて冗談じゃない。生まれ変わるなら、またみんなの一緒の世界がいいもの」
「誰にも見つけてもらえないのに…?みんなが死ぬまで…あと何十年あるか分からないのに」

 それまでずっと、一人で待っているというのか。
 誰にも気づかれずに、それでも隣にいるというのか。

「あら、私は寂しくなんかないわよ。皆が楽しそうなのを見ているだけで私は楽しいもの」

 嘘を言っているようには見えなかった。

「双月と春君がここで何を話しているかも、ぜ――んぶ知ってるんですからね」
「え…っ!!」

 春人の表情がかぁっと赤くなる。それを見て、世月はクスクス笑った。

「冗談よ。私だってそれくらい配慮するわ。いい雰囲気になったら出て行っているから、安心して」
「そ、そういう問題じゃないです…!」
「ふふふ、可愛いわね。双月が惚れるのも分かるわ」

 そう言って寄ってきた世月は、春人の頬をつついた。
 普通、幽霊に触れられてもすり抜けるというが、春人にはしっかりとその感覚が伝わった。

「私、あなたにお礼を言いたかったの」
「お礼…?」
「そう。あなたのおかげで、双月は救われたわ」
「そんなこと……」

 自分は何もしていない。
 今日だって双月は泣いていたし、春人はそれをどうすることもできなかった。

「あなた、私の言っていることが信じられないって言うの?」
「え、いや…そういうわけじゃ……」

 睨まれて、春人は思わず後退りをしてしまう。しかし、世月はぐっとその距離を詰めてくる。

「だったら信じなさい。…誰かの力になるのに、無理に何かをする必要はないのよ」
「え……?」
「双月にとって、あなたはいるだけでいい存在よ。泣きたい時も笑いたい時も、傍にいてくれるだけでいい。双月にとってあなたはそんな存在なの。だから、何もできないなんて思う必要ないわ」
「…そ…っか……」

 春人にとっても、それは同じだった。
 双月に何かしてほしいと思ったことは一度もない。ただ一緒にいるだけで嬉しいし、安心する。

「そもそも、双月が悪いのよ。春君にこんな思いさせて。生きていたら蹴飛ばしてやるところだわ」
「そんな…」

 もし世月が生きていたら、双月はどんな扱いを受けていたのだろうか。
 春人は苦笑いを浮かべる。

「春君も、もっと強気に出ていいのよ。あんなの、尻に敷くくらいが丁度いいのだから」
「いやでも…俺は、今のままで……」
「私はよくないわ。あなたが双月を制してくれなと、あの子最近、本当に私に似てきた。このままでは、世月と双月との区別がつかなくなってしまう」

 それは確かに、時々思う。
 双月は世月の格好をしているときは本当に強気で、何でもできて――しまうのだが。一体どっちの双月が本当の双月なのだろうと、時々疑問に思うくらい変わるのだ。

「まぁ…私の姿の時はかーくんの横暴にも多少の効果があるみたいだから…、何とも言えないけれど」

 確かに、華蓮は双月の時には深月と同じ程度にしか扱っていないが、世月の格好をしている双月には少し態度が控えめな気がする。同時に、双月も世月の格好をしている時にだけ華蓮に強気だ。深月の言っていたように、大鳥世月という女性は本人でなくてもその見た目だけで十分影響を与えられる凄い女性ということだ。

「ちょっと話が脱線したわね」

 そう言って、世月はくるりと回る。癖なのだろうか。

「春君は無理に何もしなくてもいいのよ。双月にしてもあなたの友人にしても、あなたに何かをしてほしいと望んでいるわけではないわ。だから…離れないであげてね」

 深月は怖いと言っていたけれど。世月の笑顔は、本当に安心する笑顔だった。
 今日の朝、世月であった双月が向けてくれたあの笑顔を同じで、春人は泣きそうになってしまった。



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