Long story


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 琉生と和解することができからも、しばらく秋生の涙は止まらなかった。どうして自分はこんなにも感情が上下に揺れやすいのだろうと思いながら、秋生は必死に涙をふく。きっと後で目が腫れてしまうだろうが、それよりも今涙を止める方が先決なのだ。

「お前、泣き虫なのは相変わらずだな」

 少し呆れたように言う琉生に、秋生は睨むような視線を送った。

「うるさい、黙れ」
「あー、そんな口きくようになって。前はもっと可愛かったのに、何がお前をこんなにしてしまったのか」

 その原因が自分だということに早く気付くべきだ。
 秋生はつくづくそう思ったが、その言葉には答えずに涙を拭いた。

「大体、何でよりによってこんな奴と一緒にいるわけ?桜生のことが関係なかったとしても、こいつはないだろ」

 こいつ――というのは、秋生の隣にいる華蓮のことだ。
 一体琉生は華蓮のことをどう思っているのか、華蓮に視線を向けながら心底顔を顰めた。

「そんなことを言いたいがためだけに俺をここに残したのか」
「そんなことじゃないから。とっても大事だから。世の中沢山の男がいるのに、こんな魔性の悪みたいなやつにたぶらかされてるかと思うと、俺はやりきれないよ」

 そこを指摘するならば、そもそも自分も相手も男だということ指摘すべきじゃないのか。
 その点、秋生としては不思議でならないが、本人がまるで気にも留めていないようなので敢えて指摘はしない。

「別にたぶらかされてないし…」
「いいや、たぶらかされてるね。だめだぞ秋生、顔がいいからって変なバンドのファンになったりなんかしちゃ」

 それはもう手遅れだ。

「変なバンドって言うな。言っとくけど、先輩と会う前よりファンですから残念でした!」

 秋生が子どもみたいに舌を出すと、琉生はこの世の終わりというような表情を浮かべた。

「お前マジでなんてことしてくれたんだ!俺の可愛い秋生をよくも…!」
「その可愛い秋生を放っているからそういうことになるんだろ」

 華蓮は吐き捨てながら、面倒臭そうに腕を組んでいる。
 琉生の言葉を復唱しただけなのに華蓮に「可愛い」とつけられるとドキッとしてしまう秋生は、自分は大概末期だと少し頭を抱えた。そもそも、可愛いと言われて喜ぶ時点で間違っているのではということには気づいていない。

「それを言われますとぐうの音も出ませんけど」

 琉生がどうしてそこまで華蓮を嫌がるのか分からない。
 しかし、琉生がどれほど嫌がろうと、既に秋生にとって華蓮はなくてはならない存在だ。



「まぁとにかく。一緒にいるならまだしもお前、秋生に手出したら本気で叩き潰しに行くからな」

 琉生が顔をしかめてそう言うと、華蓮がどこか勝ち誇ったように笑った。

「それを言うには、出て来るのが少し遅かったな」

 華蓮の言葉に、琉生の顔色が変わる。


「お前…!今すぐ叩き潰してやる!!」
「そんな筋合いはない」


 ガタリと立ち上がった琉生に向かって、華蓮は余裕の表情で見上げている。
 本当に師弟関係があるのか疑わしいことこの上ない会話だ。



「あの…ちょっと…――――――!!?」


 2人の会話に割って入ろうと声を出した瞬間、これまでに感じたこの内容な悪寒が体中を駆け抜ける。まるで一瞬で全身を凍らせられたような感覚に、秋生は思わずうずくまった。


「秋生…?」

「さ…寒い…寒い……っ」


 ガタガタと全身が震える。まるで全裸で雪の中に埋められたような、耐えがたい苦痛が体中を覆っている。


「秋生」


 華蓮が腕を引き、うずくまり動けない秋生を強制的に自分の中に抱き込める。
 すっと、寒さが引いた。


「どういうことだ?あいつの気配はまだ感じな……まさか、ここの瘴気が…」


 琉生は何かに気付いたかのように、部室の窓をガラリと開けた。
 その瞬間、ぶわっと突風が吹き込んできた。突風なのになまぬるく、どこか気持ちが悪い風だった。




「華蓮」

 そう呼ばれて、華蓮が顔を上げる。

「よく考えておけよ。どうするかはお前次第だから、お前がどうしようと俺は止めないけどな」


 そう言って琉生は足早に部室を出て行った。
 しんっと静まり返った室内に、琉生が開けっ放していった窓から風が流れてくる。


「秋生」
「……はい」

 呼ばれた声がいつになく低く、秋生は恐る恐る顔を上げた。
 華蓮の視線は開け放たれた窓の方を向いている。


「お前は、戻ってきて欲しいか?」


 それが、桜生のことを言っていることはすぐに理解できた。


「俺は……、またいつか、兄貴と桜生と一緒に暮らせる日がくるって思って…それで、これまで寂しいのも我慢してきたから」


 祖父も死んで、本当に一人になってしまった。
 一人で住むには敷地も思い出も大きいすぎた家を出て、一人暮らしを始めて。寂しさを紛らわせるために料理ばっかりして。それでも、寂しさは紛れることなく、いつも秋生の心の片隅にたたずんでいた。


「でも、今は…違います。俺はもう寂しくないから……」


 華蓮がいて、春人がいて、他のみんながいて。
 秋生の寂しさは、少しずつ薄れて行った。決してなくなることはないけれど、でも、もう前みたいに一人で泣くことはない。


「先輩が桜生を消すことで救われるなら、俺は戻って来なくても平気です」


 今、秋生にとって一番大事なものは、失いたくないものは琉生でも桜生でもない。
 桜生がまだ戻って来られる可能性があるなら、本当はその可能性を信じてみたい。けれど、華蓮がそれを許さないなら、秋生は華蓮の意志を尊重すると決めていた。守るのは過去の思い出よりも、今の、これからの未来だと思っているから。


「そうか…」


 その華蓮が一体に何を思ってそう呟いたのか、秋生には分からなかった。
 ただ、秋生の思いが通じていればいいと、そう思った。



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