Long story


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 琉生に連れて行かれた場所は心霊部の部室だった。
 がらりと扉を開けると、いつもはゲームをしているか寝ているかの華蓮が窓枠に腰を掛けて何かをしていた。琉生と秋生が入ってきたことに気が付いた華蓮は振り返った。

「サボりはよくないな、華蓮」
「出て行けと言いたいのか?」

 琉生の言葉に、華蓮は窓枠から降りてから窓を閉めた。一体何をしていたのか気になった秋生だが、今はそれを聞ける状況でもない。

「いや、お前も座れ」

 琉生はそう言うと、ソファに腰かけた。
 華蓮は怪訝そうな表情を浮かべながら、琉生の向かい側のソファに腰かける。秋生は華蓮の隣に座る。2人が座ったのを確認すると、琉生が口を開いた。


「俺があの時桜生を追いかけたのは、お前の力が桜生に奪われたからだ」

 何の前触れもなく、琉生はあの日の話をし始めた。
 秋生は顔をしかめるが、琉生は喋るのをやめない。

「力を奪われたお前と一緒にいることはできないと、じじいにそう言われたからだ」
「じーちゃんに……?」

 初めて聞く話に、秋生の表情がこわばる。
 一体、何を言っているのだろう。自分の力と、琉生の居場所と何の関係があるのだ。

「俺の力が…お前の体に影響する可能性があったからだ。…少し違うが、今、桜生の力がお前に影響しているような感じだ」

 今、秋生の体に影響している桜生の力。それは寒さとなって、秋生に苦痛を与えている。

「力のあったお前は、俺が近くに居ても自分の力で俺の影響を回避することができた。お前の力がお前の体に膜を張り、俺の力の干渉から守っていたんだ。けど、桜生がお前の力を奪っていったことで膜を張ることが出来なくなり、お前は俺の影響をもろにうけることになった。お前は覚えてないと思うけど…酷く発熱して大変だったんだ」

 しかし、秋生の中に桜生が出て行ってから琉生が出て行くまでに発熱した記憶はない。
 桜生がいなくなってしまったことも、琉生が後を追って出ていったことも鮮明に覚えているのに。それだけ覚えていないのはおかしい。


「じじいが記憶を消したんだ。俺が出て行ったのがお前に影響させないためだって言うと、お前自分のこと責めるだろ?」

 琉生の言う通りだ。
 その話が本当なら、琉生が出て行かなくてはならなかったのは自分のせいだ。自分が琉生を追い出したようなものだ。

「そして…お前の力がまた元に戻るまで、お前には会わないとじじいに約束した」

 力は時を重ねればある程度は元に戻る。だから、それまでは決して家に戻らない。そう約束した琉生は、家を出て桜生を追うことにしたのだと言う。


「でも…じゃあ……葬式の時も…?」
「あの時は…、家の前までは行った」

 琉生の言葉に、秋生は驚愕する。

「お前の力は少し戻ってたが、まだ俺と会って大丈夫な状態じゃなかった」

 だから、琉生は秋生に会うことなくその場を去った。
 葬式に出なかったのではない。秋生がいないせいで出られなかったのだ。


「…っていうのは建前で」

 泣きそうになっている秋生に、琉生は少し困ったように笑った。

「たてまえ…?」
「そう、建前。…俺はきっと、お前のことがなくても桜生を追っていた。じじいの葬式にも出なかった。まだ奥底に意識があった桜生を放っておくことはできなかったし、その途中でお前に会うと家に帰りたくなるからだ。お前は強かったから、きっと一人でも大丈夫だと思ってた。でも、桜生はその時既にもう、華蓮の家族を奪った後で…あのまま一人にしてしまったら、戻れないどころかもっと沢山の人を傷つける。それだけは阻止したかった。だから、俺は独りになったお前よりも、桜生を優先した」


 分かっている。

 自分よりも桜生を優先しなければならないということは、あの時の桜生を見ていればすぐに理解できることだった。
 でも、頭では理解できていても、秋生の心は琉生の思うほど強くはない。


「俺は、強くなんかない……」


 もしも琉生が戻ってきたとき、秋生は一体どんな態度で迎えればいいのか。
 それは、祖父が生きている間も死んでからもずっと考えていた。
 桜生と琉生が一緒に並んで帰ってきたら、例えどんな姿になっていても、桜生が自分のことを忘れてしまっていても、きっと手をあげて喜んでいたと思う。

 では、もしも琉生が一人で帰ってきたら?
自分は琉生にどんな言葉をかけてあげればいいだろう。
 ずっと考えて、それでも答えがでることがないままに、琉生も桜生も帰ってくることがないままに、月日だけが過ぎていった。
 そのうち、きっとその時になればおのずと言葉が出て来るだろうと思っていた。
 ただそれがまさか、あんな罵倒するような言葉になるとは思ってもいなかった。本当はもっと笑って出迎えるはずだったのに。どうしてもそれができなかった。


「たまには連絡だって欲しかったし、葬式にも出て欲しかったけど、それは我慢できることだった。きっと、いつか帰ってきてくれると思っていたから。……帰ってきたら一番に俺のところに来てくれるって思ってたから」


 ずっと待っていた兄が帰ってきて、一番に手を伸ばしたのは自分ではなかった。
 元々自分の元に帰ってくるつもりではなく、それは偶然の再開のようなものだったけれど。それでもまた会えたのだから、せめて一言「ただいま」と言ってほしかった。

「秋生、俺は…桜生を連れて帰るって決めて出た。そうじゃないと、それまでずっと一人にさせていたお前に許してもらえないと思っていたから。でも…お前はそうじゃなかったんだな」

 秋生が顔を上げると、琉生はそう言って優しく笑った。



「ただいま」


 何もかも手遅れだと思っていた。
 全部なくなってしまったのだと、そう思っていた。
 でも、今目の前にいる琉生は。
 何も変わっていない、秋生が大好きな兄のままだ。


「おかえり……っ」


 変わってしまったものもある。もう戻れないこともある。
 でも、まだ変わらないこともあって。
 それは、秋生が望めば、ずっと変わらずにあり続けることができるのかもしれない。



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