Long story


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 リビングに入ると、味噌の香りが鼻をついた。味噌汁に間違いないが、少し匂いがキツいような気がする。そんなことを思いながらキッチンに視線を向けると、睡蓮と春人が並んで立っていた。しかし、それ以外に人影はない。遅刻すると言って起こしに来た割に、他の皆はまだ起きていないということだろうか。

「あっ秋!おはよ!はやくこっち来て手伝って!」
「お、おはよう。何?」

 春人に呼ばれた秋生は急いでキッチンに向かう。やはり作っていたのは味噌汁のようだ。

「秋兄〜、僕またやらかしたー!」
「はぁ?」

 泣きそうな睡蓮が秋生にすがりついてきた。見たところ何もおかしいところはない気がするが、一体何をしたというのだ。


「まぁ、一口どうぞ」

 そう言って春人が小皿に入った味噌汁を差し出した。秋生はそれを受け取ると、口に含んだ。


「から…!!」


 味噌の味が濃い。どうりで匂いがキツイわけだ。

「これどっぼんしちゃったらしいよ」

 春人がそう言って見せて来たのは、味噌が入っているプラスチック容器だ。横のラベルに400グラムと記されている。

「どっぼん……」

 それを見た秋生があんぐりと口を開けていると、追い打ちをかけるように春人が「それも新品」と付け加えた。

「僕は秋兄がいなきゃ何にもできないポンコツなんだ…!」
「お、落ち着きなよ……」
「ううー…っ」

 到頭睡蓮が春人に抱き付いて泣きだしてしまった。春人は困ったような表情を浮かべたが、睡蓮を突き放すことなく頭を撫でた。

「大丈夫だよ。味噌汁以外は全部ちゃんとできたんだから…」

 春人の言う通りだ。焼き魚も卵焼きも、申し分ないくらい綺麗に焼けている。

「でもっ…千切りも間違えるし、砂糖と塩も間違えるし……!」
「そんなの、間違えてなんぼだよ。そのうち間違えないようになるんだから、間違えてる間は間違えまくっとけばいいんだよ」

 春人は兄弟が多いと言っていたから、このようなことに慣れているのかもしれない。喋っていることは滅茶苦茶な気がするが、その声のかけ方に優しさというか、どこか安心させるものがある。

「だからそんなに気にしなくても大丈夫だって……」

 春人がそう言って頭をなでると、睡蓮はゆっくりと顔を上げた。

「本当?…僕、料理…上手くなるかな……」
「秋生に教わってるんだから、上手くならないわけがないよ」
「そうだね…。そうだよね…!」

 そう言って笑う睡蓮は、もう泣いてはいなかった。
 多分、秋生には睡蓮を泣き止ませることはできなかっただろう。その光景を見ていると、心がきゅっと痛む。

「…秋生もぎゅってしてほしいの?」

 そんな秋生の心情を悟ってか、春人がそう言って手を伸ばしてきた。

「ちょっと…、羨ましかっただけだよ」
「羨ましい…?」

 軽くあしらわれると思っていたのだろう。秋生の返答が意外だったのか、春人が首を傾げた。睡蓮も、不思議そうな顔をしている。

「春人は沢山兄弟がいるって言ってたから、そういうの慣れてるんだろうなって」

 羨ましくて、そして少しだけ嫉妬した。

「秋にもいるでしょ、兄弟」


「あんなの、いないようなもんだよ…」


 秋生の兄弟の記憶は、もう薄れてしまいそうなくらい遠い記憶になってしまった。毎日一緒に遊んだ記憶も、いたずらをして怒られた記憶も、兄にかまってもらいたくて喧嘩をした記憶も、まるで幻だったのではないだろうかと思えてくるくらいに。

「でも、お兄さんは戻ってきたでしょ?…もう一人の子も、もうじき戻ってくる」
「どっちももう、俺の知ってる兄弟じゃない」

 琉生は秋生のことなどどうでもいいような態度であったし、桜生に至っては秋生のことなど覚えていないだろう。物理的に戻ってきたところで、もう前のように戻れるわけじゃない。

「兄弟は兄弟だよ。秋生がどう思おうと、それは変わらない」

 春人は射抜くような視線で秋生を見つめた。



「それでも……、もう手遅れだよ」



 桜生は悪霊に取り込まれてしまった。もう戻ることがないだろうとその姿を目の当たりにした秋生には分かっている。それでも琉生は桜生を追って出ていき、そして戻ってきたのも桜生であった悪霊が来るからだ。あの悪霊はきっと、華蓮が消してしまうだろう。そして桜生がいなくなれば、琉生がここにいる理由もなくなる。

 何もかも手遅れだ。もう何も戻らない。


「…ほら、味噌汁もとに戻すぞ」
「あ…うん」


 秋生がそう言うと、睡蓮は春人から離れて味噌汁の鍋に向かった。春人は顔を顰めて、キッチンから離れていった。
 リビングには相変わらず人はいない。一緒にきたはずの華蓮の姿もなかった。そして、今キッチンから離れて行った春人もまた、リビングから姿を消した。



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