Long story
ガタンッ。
どこかで大きい物音がして、今まさに秋生に触れそうだった華蓮は動きを止めた。
「あっちぃいいいい!!!」
「死ぬ…!!死んじゃう……!!」
2階から1階まで、声が響き渡った。多分、家中に――いや、家の外にまで響いていたに違いない。
どうやら、深月と侑が暑さに耐えられずに目を覚ましたらしい。
起きるのは勝手だが、タイミングが最悪だ。
「……あいつら」
体がわなわなと震える。
華蓮は頭に血を上らせながら、勢いよく立ち上がった。
「あ…」
微かに聞こえた声に視線を落すと、立ち上がったことで華蓮の体から離れた秋生が、きゅっと身を縮めていた。その小動物のような仕草に、華蓮の怒りが一気に沸点を下回った。
華蓮が秋生を見下ろしたことに気が付いた秋生は、苦笑いを浮かべる。
「だ…、大丈夫です。どうぞ、懲らしめに行ってください」
そう言いながら、秋生の体は小刻みに震えている。
それを見ていると、深月と侑のために秋生をここに放っていくことが馬鹿らしくてしょうがなく思えた。
「もういい」
華蓮はソファに座り直すと、再び秋生に手を伸ばす。
秋生は華蓮が近寄るとビクッと体をこわばらせたが、そのまま抱きしめると一間あけてから体を寄せてきた。
「冷房にできないんだけどこれ!!」
「あいつリモコンどこにやったんだ!!」
一度冷めた怒りが、再び沸点に上りそうになる。
「コンセント抜けばいいのに……」
華蓮の腕の中で秋生が少し呆れたように呟く。
先ほど会話してから数分と経っていないのに、声が随分と眠そうだ。
「眠いのか?」
「大丈夫です…」
と言いつつ、声は今にも寝てしまいそうだった。
もしかしたら気が抜けて一気に眠気が襲ってきたのかもしれない。
「上が静かになったら、部屋に連れいくから寝とけ」
「自分で…行きます……」
秋生はそう言ったかと思うと、次の瞬間から寝息を立て始めた。おやすみ3秒とは正にこのことだ。
「うるせえな!今何時だと思ってんだよ!」
バタンという音とともに、双月の声が響き渡る。気持ちは分かるが、人のことを言えた声量ではない。
「双月先輩もうるさいですぅ…」
「え、ごめんなさい」
春人の声が増えた。
他の連中のように叫んでいるわけでもないのに聞こえるということは、この家の防音設備も大概だ。
「だって華蓮が!あいつ暖房に設定してやがったんだぞ!」
深月が叫び声を上げる。
名前で呼ばれたことに華蓮は一瞬苛立ちを覚えるが、気が動転しているので無意識なのだろう。ここは無罪放免とはいかなにしても大目に見よう。
「どうせお前らが勝手に寝てたんだろ!」
そうだ、正にその通りだ。双月はその辺のことをよく理解している。
「だからってこれは酷くない!?きっとこれ、凄い温度に設定してるよ!!」
「大げさな…うわ、暑!!廊下まで暑いんだけど!」
それこそ大げさだろう。いくら40度に設定したといっても、そこまでではない。と思うが、設定したことなどないので実際のところは分からない。
「もー…何ぃ?さっきから誰が大声出してるの?」
ガチャリと扉の開く音がした。ついに睡蓮まで起きてしまったようだ。
「うぇ暑い…何これ、どうなってんの?」
「お前の兄貴がとんでもねぇことしてくれてんの!」
睡蓮に対して深月が再び叫ぶ。兄弟だからといって、弟に八つ当たりするとは何事だ。
秋生がいなければ、先ほどの名前の件も踏まえて今ごろ思いきり殴られているところだ。
「華蓮…?ってか、ここ華蓮の部屋じゃん。華蓮は?」
「そうだ!当の本人はどこにいるの?」
さて、華蓮の存在を探し始めたということは、きっともう少しでここに降りてくるだろう。
「撤収するか」
ギターと楽譜は放っておいてもいいだろう。明日起きてギターに傷がついていたら問答無用で侑か深月に弁償させればいい。
華蓮は寝てしまっている秋生を抱えると、足早にリビングを後にした。
[ 3/4 ]
prev |
next |
mokuji
[
しおりを挟む]