Long story


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 倒れそうになった秋生の体は、床に着く前に華蓮によって支えられた。

「げっ、先輩…!」

 華蓮の顔を見て、遠のきかけた意識が一気に覚醒する。
 しまった、と思ってももう遅い。

「何してる」

 この状況では、何をどうはぐらかすこともできない。


「あー…えっと。寝れなくなったので、明日の朝食の支度でもするかなーって思って出て来たら、ギターの音が聞こえまして。聞いてたら眠くなってきたので…そのまま寝てしまおうかと」
「馬鹿か貴様は」
「はい、すいませんでした」


 久々に聞いたなと思いながら、秋生は素直に謝って華蓮に引き上げられながら立ち上がった。秋生を立ち上がらせて華蓮が手を放す。

「うわ、さむっ」

 華蓮が手を放した瞬間に襲ってきた寒気に、秋生は思わず声を出して身を縮めた。

「お前…そんな状態でこんなところで寝ようとしてたのか」
「寝る気はなかったんですよ。でも、先輩のギター聞いてたら寝られそうになったから、これは寝るしかないと思って。さすが先輩」

 秋生がそう言うと、華蓮は心底呆れたように溜息を吐いた。

「せめて入ってこい。また風邪引くと面倒だろうが」
「邪魔になるかと……」
「お前が邪魔になるなら、深月と侑なんてゴミ以外の何物でもない」

 実に酷い言い草だ。

「そういえば、その2人は…?」
「人の部屋で寝やがったから、40度設定で暖房かけて出てきた」
「ああ…そうですか」

 秋生は思った。
 睡蓮の言う華蓮のバージョンHは、気性も荒くなる上に性格も格段に悪くなるようだ。
 そして驚いた。
 暖房が40度に設定できるという事実に。


「で、入るのか入らないのか。どうするんだ」
「入ります」

 邪魔でないというならば、入らない手はない。 
 どうせこのまま部屋に戻っても寝られないだろうことは明らかなのだから。
 リビングは基本的に寝る前と同じであったが、テレビの前に置いてあるのがゲームではなくギターという点では、新しい光景だった。机の上には何枚も紙が散らかっている。

「キッチン使ってもいいですか?」
「そのつもりできたんだろ」
「主がいるなら一応許可をと…」
「許可なんかいるか。勝手に使え」

 と、華蓮から吐き捨てられたので秋生はキッチンに入った。そして秋生は苦笑いを浮かべることになる。
 明日の朝食云々の前に、まず今日の夕飯の片づけをしなければならないようだ。そういえば、食べたあとゲームをしたり騒いだりしていたらすっかり忘れていた。

「多いなぁ…」

 秋生は呟いて、まずは皿洗いを始めた。夕食の時に侑が一部を歌っていた、食洗機の歌が頭をよぎる。あの歌の続きは、一体どんな感じなのだろうか。いや、歌の続きというならば、どんな曲なのかということも含めて“愛執”の方が気になる。
 そんなことを思いながら華蓮の方を見ると、華蓮は曲作りに飽きたのか秋生がいるからなのか、ギターには触れておらずテレビを付けてチャンネルを回していた。


「……先輩」
「何だ」

 華蓮はテレビに視線を向けたまま返事をする。面白い番組がなかったのか、そのまま電源を消してしまった。

「食洗機の歌が聞きたいです」
「はぁ?」
「すいません冗談です」

 愛執と聞きたいと言ったら、全力で却下されそうだったので食洗機の方にしたのだが、どっちにしても失敗だった。
 すごく嫌そうに振り返った華蓮を見て、秋生は慌てて撤回した。しかし、華蓮の顰め面は戻らない。

「何でよりによって食洗機なんだ」
「皿洗いしてたら侑先輩が歌ってたのを思い出して、続きが気になって。…気になったってことなら本当は愛執の方が気になったんですけど」

 ついつい余計なことまで言ってしまったと思いながら、秋生は苦笑いを浮かべながら洗い途中の皿を見せた。
 すると、華蓮は顰め面を解いて呆れたように溜息を吐いた。それから、ギターを手に取って散らばっている紙を漁る。


「食洗機は勘弁しろ」

 そう言って華蓮はギターを構えると、ギターを奏で始めた。
 流れてきた曲は秋生の聞いたことのないメロディーだった。侑の歌っていた様子からして、食洗機のメロディーとは違う。それどころか、基本的にテンションの高かったこれまでのshoehornの曲とは打って変わって、静かな出だしだ。
 秋生はそれだけでそのメロディーにくぎ付けになっていたが、メロディーに乗せて華蓮が口を開いた瞬間、釘づけを通り越して完全に引き込まれた。
 華蓮の歌声は普段喋っている声とそれほど変わりないように聞こえたが、まるで澄んだ水のように透き通っていて、秋生の体を通り抜けていくように感じた。
 歌詞は、夕食の時に侑が棒読みしていたものだった。
 愛した相手を呪い、その周りを呪い、この世にいるものすべてを呪縛しようする。そしてその続きは、本当はこんな形で愛を示したくなかったと嘆く女の本心。それでも、自分の感情を抑えられずに、呪縛に溺れていってしまう。
 歌のはずなのに、まるで映像でも見ているかのように女の悲痛の悲しみが頭に思い浮かぶ。
 完全にその世界に引き込まれ、まるで自分が呪っている女になってしまったような感覚に陥っていく。そして、その感情に飲み込まれそうになった。



「――――っ」


 華蓮のギターと、それから歌が止まった。その瞬間、秋生はすうっと現実に戻ってきた。しかし、感化された感情はそう簡単に消えない。


「何でそうなる」

 華蓮が表情を歪めながら、ギターを置いて秋生に視線を寄越す。

「だって…っ!歌の中に引っ張り込まれて…!」

 感化されるような声で歌うから。
 完全に歌の中の女に同調してしまった秋生は、自分の意志とは関係なく涙をこぼしてしまっていた。

「感化されすぎだろ」
「感化させる先輩が悪いです……」

 もう皿洗いどころではなくなってしまった秋生は、皿洗いを中断して手を洗う。


「秋生」

 そのままダイニングの椅子に座ろうとした秋生だったが、華蓮に呼ばれてソファの方まで移動する。そのまま華蓮の隣に座ると、華蓮の腕が伸びてきた。

「ああ、感情の爆発に加えて心臓が…!」

 華蓮に抱きこまれた秋生は、泣きながら慌てる。しかし、慌てながらも少しだけ期待していたなんて、絶対に言えない。

「今度こそ爆発するのか」
「待ち望まないでください…!」

 秋生は怒ったように言うが、華蓮は面白そうに笑った。
 最近、華蓮は時々笑うようになった。しかし何度見ても、その表情は慣れない。


「先輩…」

 ふと、思いだした。
 あの日――華蓮の素顔がヘッド様だったと分かった日。その寸前に春人と話していたことを。
 春人は言った。華蓮の気持ちが知りたければ、言うしかないと。
 春人は言った。そうすれば、華蓮は逃げられないと。


「何だ」
「いえ、何でもないです」


 そう簡単に言えたら苦労はしない。世の中そんなにうまくいかない。


「何が言いたかったのか知らないが、切り出せないなら最初から言うな」

 全くもってその通りだ。
 この分だと、一生勇気なんて出ない気がする。
 春人は自分で言ったのだろうか。




「…好きです……」



 それから、付き合って下さいと。
 文章で表すと短く簡単な言葉だが、とても口に出せそうにはない。
 と、秋生は事の状況に気づいていない。


「は?」
「え?」


 沈黙。


「え――……ええっ!!まさか口に出てた!?」



 自分を見下ろす華蓮の不思議そうな表情を見て、秋生はようやく気付いた。
心の中で言ってみた言葉の一部が、本当に口に出ていたことに。


「お前…」
「ち、違うんです!今のは、違うんです!!」


 心底呆れたような華蓮に対して、秋生は慌てて訂正する。
 さすがの秋生も、この状況で顔が近くて爆破装置がどうとかと言っている場合ではない。それ以外のことで頭が爆発してしまいそうだ。


「違うのか?」
「あっ…ち、違うって言うのはそうじゃなくて…違うんです、違わないんです!先輩のことは好きです!!好きなんですけどそうじゃなくて……って、俺なにまた余計なことを!?とっ…、とにかく!落ち着いてください!」
「お前が落ち着け」


 そうだ。落着け。大丈夫だ。
 好きということだけなら、この間も言ってしまっているではないか。
 その続きを言わなかっただけましだ。
 こうなったら、もうなるようにしかならないのだから。

 秋生は深呼吸をするように、深い溜息を吐いた。



「落ち着いたのか」
「はい…多分」

 どうにか心を落ち着けた秋生は、目だけで華蓮を見上げる。
 今はっきりと、秋生は思いを口にした(してしまった)のに、華蓮はまるで聞いていなかったかのような態度だ。それが、一体何を意味するのか秋生には分からない。分からないから、延々と考え続けてしまう。

「…全部先輩のせいです」
「何でだよ」
「先輩が何考えてるか分からいから、俺まで混乱するんですよ」
「何考えるか分かったら、考えなくなるのか?」


 そう問われて、秋生は考える。もし華蓮が分かりやすい人物だったらどうだっただろうと。


「いえ、やっぱり考えると思います」
「お前ふざけるなよ」

 華蓮の顔が険しくなった。

「わーごめんなさい!でもこのままじゃ俺本当にストーカーになっちゃいますよ!」

 華蓮のことばかり考えて、にっちもさっちもいかなくなって。そのうち後でも付け出すんじゃないかと、自分でも心配なのか今も変わっていない。

「あ…もしかして俺がさっきの歌に感化されたのはその素質があるから…!?もしかして、あれは俺の未来…!?」

 秋生はあながち間違っていないかもしれなと思い、さぁっと青ざめた。
 しかし華蓮はというと、そんな秋生を見ながらクスクスと笑いだした。


「ストーカーはともかく、呪われるのは流石に断る」
「俺だってしたくありませんよ…!」

 秋生が必死なのに対して、華蓮はようやく笑うのを止めて秋生を見下ろした。
 改まって顔を合わせると、また心臓の爆破装置が作動しそうになる。



「そんなことしなくても、俺はお前以外興味ない」


 鼓動が跳ねる。それは今まで、一番分かりやすい言葉だった。
 直球ではなかったが、秋生にも十分に理解できる言葉だった。


 今――――…。

 今しかない。



「先輩…」



 言葉にしては曖昧な華蓮の気持ちを掴むのは、今この時しかない。
 これが最後のチャンスだと思った秋生は、微かに震えながら口を開いた。

 華蓮と視線がぶつかった。



「俺は…、先輩のこと好きでいてもいいですか?」


 若干震えた声は、小さすぎて華蓮に届いていないかもしれないと一瞬不安になった。
 しかしその心配は無用だったようで、秋生の言葉に反応した華蓮が頷いた。

「ああ」

 短く答えるだけの華蓮の返事に、秋生は俯く。
 その答えは決して悪い答えではないのに、秋生を不安にさせた。
 でも、ここでやめるわけにはいかない。

 まだ先がある。



「先輩も同じかなって、自惚れてもいいですか?」



 声はまだ震えている。不安が震えとなって表れているのだ。


「自惚れじゃない」


 その言葉が、秋生の不安を一気に吹き飛ばした。
 一度俯かれた顔が、再び華蓮を捕える。



「じゃあ、じゃあ…っ、俺は、先輩の恋人になれますか…?」



 今、自分がどんな顔をしているのか、想像したくもない。きっと酷い顔をしているだろうから。
 でも、華蓮の顔は想像しなくても、目に見えているから。
その笑顔は、秋生の心臓を爆発に追い込むと同時に、安心もさせてくれる。



「当たり前だろ」


 そう言って、華蓮の顔が近づいてくる。
 いつかの夢と同じだ。でも、今は夢じゃない。
 今度こそ本当に心臓が爆発する。でも、秋生はそれでもいいかもと思った。



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