Long story


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 この話はいったんお預け。
 世月は確かにそう言ったが、その「いったん」は実に短かった。
 食事を始めてすぐ、また誰が“愛執”を歌うかについての話し合いが始まったからだ。

「お前が歌えばいいだろ。どうせギャップがあっていいとか言われるに決まってる」
「そりゃ、僕が歌って悪くはないよ?僕の歌声は全人類を震撼させるほど美しいからね」

 侑の凄まじいナルシスト発言に、秋生と春人が苦笑いを浮かべていた。睡蓮は大分慣れているので、いつものことくらいにか思わない。

「ならいいだろ」
「よくない。僕は全人類を震撼させられるけど、これをなっちゃんが歌ったら全生物を震撼させられるって確信してるから」
「いちいちスケールがでかいんだよお前」

 よくぞ言ってくれた深月よ、と誰もが思ったに違いない。

「そこは今どうでもいいでしょ。とにかく、普段のふざけた歌なら、なっちゃんより僕の方が歌のうまさはともかく相性の良さで上回ってるからいいんだよ。でもさ、今回は違うでしょ。基本的歌唱力もなっちゃんの勝ち、その上この歌と僕は相性が最悪で、なっちゃんは相性抜群。自分より明らかに上がいるのに、自分が適わないって分かってて歌うなんてばからしいじゃん」

 言いたいことはよく分かる。侑にはプライドなんかないのかと思っていたが、そうではなかったらしい。

「それなら深月か双月にでも歌わせとけ」
「私が愛執って、色々まずいでしょ」
「キチガイのファンが目覚めそうだよね」

 侑の言っていることは失礼極まりないが、世月もそれを意図しての発言だったようで、否定しない。歌でキチガイが目覚めるって、一体どういうファン層なのだろう。

「俺の場合、歌詞に対して声があってないっていうか、あれは女声で歌うと迫力にかけるんだよな」

 shoehornの時には女装している深月は、それに応じて声も女声に変わる。一体どこからあんな声が出ているのかと不思議になるがそれは世月も一緒だから、意外にやろうと思えばだれでも出来ることなのかもしれない。

「そもそも、どんなドラマでどんな歌詞なのよ」
「それ言っていいの?見ない?」
「いいわよ。知っても見るから…って私の判断だけじゃいけないわね」

 と、世月は秋生と春人、それから睡蓮に流れるように視線を向けた。

「世月先輩と一緒で、知っても見ますから大丈夫です」
「ていうか、逆に来月まで気になってやきもきしそうです」
「2人に同感です」

 春人と秋生が敬語だったので、流れで睡蓮まで敬語で返してしまった。自分で言っておきながら、違和感がした。

「じゃあ話すけど。…ドラマの内容としては、ありきたりな感じだよ。主人公の女がある男に惚れるんだけどその男は遊び人で何人も女を抱えてる。女はそれでもいいといって男と関係を持つけど、段々と独占欲が強くなっていく。でも、男は自分一人に愛を注いでくれない。そこで、女は男を自分だけのものにするために心中するんだけど、結果的に女だけ死んで、男は生き残る。それで終わりかと思いきや、死んだ女が霊となってその男にとり憑くの。それから、とり憑いた女が男に近付く女たちを片っ端から呪い殺していくって話」


「ぜっ…全然ありきたりじゃない」
「こわい」

 秋生と春人が口々に呟く言葉に、睡蓮は全面的に賛成だった。
 あの華蓮のマジ切れにも動じなかった世月ですら、顔がひきつっている。

「それに“食洗機が設置できなとは何事か”はないわね」
「でしょ。ていうか明らかに僕の専門外でしょ。だからなっちゃんにお頼みしたの」
「歌詞はね、大体今のドラマの主人公の女の感情を歌ったかんじ。まるで自分のことのようにすらすら書いていたね」
「嫉妬で自殺した霊なんていくつも見てきたからな。そいつらの愚痴を深月が厨二病っぽく改変したものを適当に歌詞にしただけだ」

 厨二病っぽくって。
 まさか華蓮からそんな言葉が出て来るとは思ってもみなかった。

「ああなるほど、リアルなわけだ。なっちゃんも苦労してるね」

 それもそうだが、睡蓮としてはそんな霊がいくつもいることの方が驚きだ。

「で、実際はどんな歌詞なの?」
「この愛を受け入れようと受け入れまいと関係ない。既に互いの鎖は絡まってしまっているのだから。たとえこの身が亡ぼうとも、この呪縛からは永遠に逃さない。生も死も輪廻も越えて永遠に縛り続ける。…っていう感じ」

 侑は思い出しながら言葉を連ねた。曲には乗せず、ただ歌詞を読んだだけだったが、この歌詞にどんな曲が当てられたとしても、歌をshoehornが歌っているところはとても想像できなかった。

「歌詞だけで曲の重たさが分かるわね」
「でしょ。僕はこんなのより、食洗機が設置できなとかなめんなよ!オートロックなんてつける前にやることがあるだろう!食洗機――!とか歌ってる方が好き」

 こんどはちゃんと歌になっていた。
 確かに食洗機の歌の方が格段に侑らしい。しかし、先ほどの歌詞の後によくこの歌を歌えるものだと感心する。

「食洗機よりもオートロックの方が大事なんじゃあ…」
「こいつの歌は大体ずれてる」

 秋生の言葉を指摘したのは華蓮だ。
 そのほとんどが侑の感性から出来上がっている歌の歌詞は、本人以外が聞くと「ちょっと違うんじゃ…」と思うようなところが山ほどある。言い出したら多分、すべての歌詞が突っ込みどころだらけのはずだ。

「ていうか、日常生活を露呈しすぎなんだよな。まだ曲当ててないけど“僕だけ除け者”ってのもある」

 これまたタイムリー感満載の曲名だ。

「あれは…酷かった。というか、没だろ」
「何それ、どんな歌詞だったのよ」

 華蓮に苦笑いを浮かべさせる歌詞とはどんなものか、睡蓮も気になる。

「姿を隠した右の君は春の君に恋こがれ、僕たちはそっと背中から応援していたのに。その正体を明かした姿を、僕だけ知らない。他の皆は知っているのに、僕だけ知らない。その行く末はどうなったのか。それもきっと僕だけ見届けられない。そう、僕はのけものさ」

 侑がリズムに乗りながら歌う。秋生が噴出して、春人がむせ返った。

「っ…侑先輩、酷い……!」
「ごほっ、ごほっ…!」

 秋生は笑いを堪えるのが必死のようだが、春人は気が気じゃない様子だ。

「ちょっと何考えてるの」
「僕だけ除け者した罰だよ」

 侑が世月に向かって舌を出す。それに対して、世月は思いきり顔を顰めた。

「それはかーくんも一緒でしょうに」
「なっちゃんバージョンも考えようと思ったよ。でも、僕まだ死になくないし」
「その判断は妥当だと思う」

 深月が頷いて、世月の顔が更に険しくなった。

「私だったらいいってもんじゃないでしょ。春君まで祭り上げて、出したら許さないわよ」
「そんなに言うなら、しょうがないからカラオケの内輪ネタくらいで勘弁してあげる」
「当たり前よ」

 カラオケの内輪ネタならいいのか。
 睡蓮は指摘したかったが、本人がそれでいいと言っているのだからいいのだろう。春人の心情はどうか分からないが。

「ちなみに、ゆくゆくは行く末バージョンも作る予定だから、その時は今度こそ僕も呼んでよね」

 反省してないどころか、全く懲りていない発言だ。
ブラック社長の横暴もここまで来るといっそ潔いように感じてしまう。

「おあいにく様。もう付き合っているから、終結済みだわ」

 その言葉に、今度は華蓮以外の全員が噴出した。春人に至ってはようやく落ち着きそうなところでの追撃にさらに激しく咽てしまっている。

「やだ、汚いわねぇ」
「お前が時と場所を考えて発言しないからだろ」

 世月の言葉に華蓮は冷静に返しているが、他はそれどころではない。
 というか、この状況で淡々とオムライスが食べられる華蓮の神経を異常と呼ばすになんというだろう。

「どうせいつかはバレることだから、聞かれる前に言った方が楽でしょ。ってことを、私はこの前痛感したのよ」
「確かに、それは一理あるな」
「でしょ。私は今のタイミングがベストだと思うけど。みんないるし、そういう感じの話だったし。咽てる春君も可愛いし」

 カオスだ。
 睡蓮はこの状況で冷静に会話をしている2人が、別次元の生き物に見えて仕方がなかった。愛に囚われた幽霊なんかよりも、こちらの方がよほど怖い。

「世月先輩の、ばか!!」
「怒ってる春君も可愛いわ」
「も―――!!」

 全く悪びれる様子のない世月と、それに対して項垂れる春人。
 完全に世月の一人勝ちのような状態に、誰もが春人を気の毒に思うのだった。



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