Long story


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「ただいま戻りました」

 そうこうしているうちに、リビングの扉が開いて春人が顔を覗かせた。
 最悪の場合いくつか傷でも作って戻ってくるかと思われたが、春人は出て行ったときのままの状態で、見たところ精神的なダメージもなさそうだ。


「め―――し―――」
「ご―は―ん―――」


 春人の背後から、まるでゾンビのような声を出しながら入ってきた深月と侑は、そのまま絨毯になだれ込んだ。さっき出て行ったばっかりなのに、この短時間で一体何があったのだろうか。

「もう音を上げて帰ってきたの?」

 生気を吸い取られたように倒れ込んでいる2人に対して、世月は手厳しい。確かに、出て行ってから1時間も経っていないが。

「夏川さんはすごいブラック企業で働いてるなって、僕は思いました」
「その企業の社長が君なんですよ、紅さん」
「よく御存じですね、冬野さん。でも僕はこれからもこの横暴を続ける予定です」
「いや、悔い改めろよ」

 まるで漫才だ。2人の絵面が酷過ぎて全然笑えないけれど。



「みつ兄は、世月先輩と一緒。後はふわってやつで」

 全く面白くない漫才を繰り広げる2人を横目で見て苦笑いを浮かべてから、春人はそう言って元々座っていた椅子に再び腰を下ろした。


「邪魔だ退け」
「ぐえっ」

 春人が腰を下ろすとほぼ同時にリビングに入ってきた華蓮は、退けと言いながらその猶予を与える前に深月を思いきり踏んづけてソファに腰かけた。わが兄ながら酷い。もう少し優しくしてあげればいいのにと思う。


「少しは進んだの?」
「僕と深月が1曲作ってー、なっちゃんが4曲」

 うつ伏せで寝転んだ状態の侑が腕を上げて指で4を示した。

「あら、意外と進んでいるじゃない」

 確かに、思いのほか進んでいて驚いた。しかし。

「…数に凄い差があるけど」

 睡蓮が言おうとしたことを、春人が代弁してくれた。

「いや、小一時間で4曲作る方が異常だから。僕たち普通」
「普段から侑がいかに夏に過酷な締め切りを迫っているかが分かるスピード技」

 確かに侑はいつも突然で、酷い時など30分後には持って行かないと怒られるといって歌詞を渡しに来るときもあった。華蓮はいつもキレ気味になりながら、それでも時間内で完成させて渡している。

「ちなみにできた曲名は?」
「んーとね。“食洗機が設置できないとは何事だ”と、“今日雨だって言ったじゃん”でしょ、“権力者って大体自己中だから大目に見て”と、“あたりめ食べたいけど意外と高い”と“二度と作曲なんてしたくない”に“愛執”」

 そのほとんどが侑の実体験をもとに作られたことが想像できた。“二度と作曲なんてしたくない”とか今作りました感が半端ではない。そして全体的に厨二病っぽいのはいつもの事だ。
 ただ、まるでどこかのライトノベルのタイトルよう曲名が連なる中、最後の一曲だけ雰囲気ががらっと変わった。


「…えらく場違いなのが混ざっているわね」
「ああ、“愛執”ね。これはアルバムとは別の、シングルで出すドラマの主題歌」
「ドラマの主題歌…?」
「ああ、言ってなかったっけ。来月から始まるホラーサスペンスだよ」
「へぇ、そうなの」

 侑も侑だし、それに対しての世月も世月だ。
 いかに侑が普段から適当かということと、他のメンバーがそれに慣れてしまっているかが一目瞭然の会話だ。

「あすがにホラーサスペンスに僕のセンスはまずいと思って、真面目に考えた結果がこれ」
「何が真面目にだ。作詞も作曲も全部夏にやらせたくせに。お前はそれっぽい曲名を適当に辞書から引っ張ってきただけだろ」
「ごめんなさーい」

 あまり悪いと思っているようには思えない。さすがブラック横暴社長だ。

「これがヒットしちゃったら作詞まで全部かーくん任せになっちゃうんじゃないの」
「侑の意味不明な歌詞が本来の持ち味だから全部夏ってことはないだろ」
「でもー、ヒットしたら他にもドラマとかCMとかオファーくるかもしれないし、そうなるとまたなっちゃんの出番ってことになるけどねー」

 侑にはプライドはないのだろうか。まるでそれが当たり前とでもいうようだ。

「そして悲しきかな。流石にまじめに作っただけあって、ヒット間違いなしの模様」
「いい曲なの?」
「俺は結構好き」
「僕もかなり気に入ってる。ただなっちゃんはそうでもないんだよね」
「何となく違和感がある。納得いかない」

 二人が太鼓判を押すくらいだから、これはヒット間違いなしだ。そもそも、今までにヒットしなかった曲なんてないのだが。
 とはいえ、華蓮が曲のことで悩んでいる姿は珍しい。珍しく真面目な曲を作ったからだろうか。

「まぁ、曲の良し悪しはなっちゃんが自分でどうにかするとして。問題は誰が歌うかなんだよねー」
「あら、侑か深月じゃないの?」
「それがさ、普段ふざけた曲ばっかり歌ってるから、僕が歌ってもいまいち心に響いてこないんだよね」
「それなら深月でも私でも駄目じゃない」

 shoehornの曲は侑と深月と双月がローテーションしながら歌っており(学校でのパフォーマンスを除き、ライブなどでは基本的に深月が歌う場合が多い)、それぞれもちうたがあるのだが。残念なことに誰が歌っている歌もふざけた歌しかない。

「でしょ。だからー、なっちゃんに歌ってほしいんだけど」

 そう言って、侑が華蓮に視線を送るが。

「断る」

 やはり即答だ。

「これを機になっちゃんを真面目な曲要員で売り出すのもありだと思うんだけど」
「迷う余地もなく却下だ」
「ですよねー」

 侑は起き上がりながら、苦笑いを浮かべた。
 これまでも頑なに歌うのを拒んできた華蓮が、よりによってドラマの主題歌なんて歌うわけがないことは聞くまでもないことだろう。

「…そういえば、僕も華蓮が歌ってるのって聞いたことない」
「あらそれは意外ね。カラオケ行くと歌うのよ」
「これで下手ならともかく、引くほどうまいのがまた腹立たしいところなんだよね」
「宝の持ち腐れもいいとこ。歌えばいいのに」

 ここは上手そうに見えて下手、というパターンを予想したし期待した睡蓮だったが。
 つくづくこの男に欠点はないのかと思ってしまう。

「ただでさえ嫌々やってんのに、曲まで作って挙句何で歌まで歌わなきゃいけねぇんだよ」

 というのが華蓮の言い分らしい。口調の荒さから、まだバージョンHのようだ。

「って言われたら、僕たちに返す言葉はないんですよねー」
「てことで秋生ー、何とか言ってやって!」

 またこんなところで振られる秋生は実に気の毒だ。先ほどから気の毒な役回りしかない。
 一同が秋生に視線を向けると、オムライスの乗った皿をダイニングに置いていた秋生が顔を上げる。


「オムライス出来ましたけど、どうします?」

 まるで見当違いの言葉に、一同ぽかん状態。
 どうやら秋生は全面的に華蓮の味方のようだ。

「ちょっと話聞いてた?食うけど…!」

 深月が一応突っ込みはしたが、それよりも空腹の方が先にあったらしく、すぐに立ち上がってダイニングに移動を始めた。

「この話はいったんお預けね」

 というわけで、晩御飯の時間だ。
 全員が食卓に着くと、2人では広いダイニングも随分と狭く感じる。でも、広くてさみしいよりも、狭くて楽しい方がいい。きっと、この家の大きすぎる食器棚もダイニングテーブルも全部、この時のためのものだったのだろうなと思いながら、睡蓮は手を合わせた。




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