Long story


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 世月の神がかり的な話術のおかげで深月は殴られることなく済んだ。華蓮は好きにしろと言ったが、事態を重く見た侑と深月は自主的に手伝いに行った。一番騒がしかった2人がいなくなったリビングは一段と静かになり、事態は最高の結末を迎えたわけだが。睡蓮にはひとつ疑問が残った。

「どうして華蓮、バージョンHだったの?」

 よりによってどうして気性の荒い方に覚醒していたのか。いつもの華蓮ならば、もう少し冷静だっただろうし、あそこまでキレていなかっただろう。

「バージョンH?」

 睡蓮が世月に問うと、世月から返答来る前に春人と秋生が声をそろえて首を傾げた。それを見て新たに疑問が浮かぶ。たしか、秋生たちに華蓮の素顔は内緒にしているのではなかったか。

「バージョンHっていうのは、バージョンヘッドって意味よ」

 世月の説明に、秋生と春人が「ああ」と納得する。この様子からして、完全に華蓮がヘッドだということを知っているように見えるが。

「かーくんがそのバージョンHだったのは、新曲の歌詞に曲を当てているから」
「ああ、そうなんだ」

 第一の疑問が解消される。
 曲をあてるならば、覚醒していなければ無理だろう。どうせ今回も意味不明な歌詞なのだろうから、普通の心理じゃ曲なんて浮かばないに決まっている。

「華蓮、隠してたんじゃなかったっけ?」

 第一の疑問が解決したところで、第二の疑問をぶつける。

「この前の学校ライブでばれちゃったのよ。それが、侑がのけ者にされたっていう事件」

 またしても返答してくれたのは世月だ。ついでに、あまり気にしていなかった侑のふてくされ理由まで判明した。

「なるほど、解決した。師匠、手伝うことある?」

 すべての疑問が解消された睡蓮は、頭を切り替えて秋生の手伝いをすることにした。とはいえ、卵を溶いているということはもうほとんど完成しているということだろうが。

「じゃあ、そこのチキンライス皿に盛ってくれないか」
「はーい」

 食器棚を開けて、秋生は随分と食器が増えたなと思った。元々、2人暮らしには大きすぎた食器棚は隙間だらけだったが、今はそのほとんどがいい活躍をしている。いつの間にか増えている食器たちは、ほとんどが深月や侑、世月が持参したものだ。個々がそれぞれで持参しているため、全体的に統一性がないのが少し気になるが、それでも食器が増えていくのを睡蓮は少し嬉しく感じていた。


「ねぇ秋、俺あれがいいな」
「あれ?」
「真ん中割ったらふわってなるやつ」

 春人の説明は明確ではなかったが、睡蓮でも言いたいことはわかった。テレビ番組に出て来るレストランとかでよくやっているやつだ。

「ああ、分かった」

 テレビとかで見た限りでは、何だか難しそうだったような風に記憶していたのだが。言われてさらっと了承してしまうところが凄いと睡蓮は思った。

「私、薄焼き卵派なんだけど」
「じゃあ、世月先輩はそうします」
「あら、ありがとう」

 卵の焼き方をいちいち変えるなんて面倒臭いだろうに、それを面倒とも思わなそうなところも、またすごい。さすが師匠だと、また一段と尊敬した。

「睡蓮は?」
「春君と一緒がいい」
「了解」
「……ってなると、他の3人にも聴取した方がよくない?」

 春人の言うことはもっともだ。
 作ってからあっちがいいこっちがいいあっちが足りないなんてことになっても面倒だし、あの3人は全員自分の主張を曲げそうにない。仮にこの2種類を秋生の分と合わせて4人分2つずつ用意したとして、3人ともが同じ種類を要望したときがやっかいだ。まず100%の確率で華蓮は要望通りの種類を手に入れるだろう。今の状況で深月と侑は華蓮には逆らえないはずだ。問題はその後で、これまた100%の確率で深月と侑が喧嘩をするであろうということだ。そうなると、面倒臭い。だから、安易に2つずつ作るよりは、春人の言うように聴取をした方が面倒事は確実に回避できるが。


「この状況で誰が行くの?」

 それが問題なのだ。華蓮の部屋がどういう状況になっているのか見当もつかないが、出来ることなら釘を刺しに行きたくはない。

「ここは公平に3人でじゃんけんね」

 3人というのは、睡蓮と世月と春人だ。こんな運に身を任せるようなことはしたくないが、これが一番手っ取り早く決まる方法だということに間違いはない。何より、否定して他に選択肢を言えと言われても思いつかない。
 春人は少し嫌そうな顔をしたが、睡蓮と同じようにこれ以外の選択肢を見いだせなかったのだろう。素直に手を出してきた。

「いくわよ。じゃんけんぽん」

 世月の掛け声で、3人が一斉に手を出す。
 ちょき、ちょき、ぱー。
 こういうのは長引きそうなものだが、一発で決まった。


「あああ!!」


 表情を歪めて悲鳴を上げたのは春人だ。

「いってらっしゃい、春君」

 普段から溺愛しているような様子なのに、いざと言うときは容赦ないない。

「……華蓮の部屋、2階に上がってすぐ右の部屋だよ」
「分かった」

 春人は深い溜息を吐くと、重い腰を上げてリビングを出て行った。
 初めて来た家でこんな大役を任される(押し付けられる)なんて、気の毒だなと思った。

「春君、じゃんけん弱いのよねぇ」

 分かっていてやっていたのか。どこまでも恐ろしい。

「世月って、崖から子ども落とすタイプだよね」
「はは、しそう」

 ふと思ったことを口にすると、秋生が笑いながら賛同してきた。
 やっぱり、睡蓮の勘は外れていない。

「失礼ね。そんなことしないわよ」
「するって。ちなみに深月は目に見えて溺愛するタイプで、華蓮は絶対にツンデレ」
「子どもにツンデレってどんなだよ」

 苦笑いを浮かべながら秋生が言う。
 深月が溺愛については、誰も否定しない。

「お前可愛くないな、とか言いながら毎日欠かさず遊ぶとか」
「それ、小さいころの睡蓮への態度まんまじゃない」
「…確かにそうかも」

 そう言われれば、華蓮は睡蓮が小さい頃「お前は可愛げがない」と言いながらもなんだかんだ一緒に遊んでくれていた。それに思えば今でも宿題が分からないと主張すると「自分でどうにかしろ」と言いながら結果的に教えてくれる。それをツンデレだと考えたことはなかったが、確かに立派なツンデレだ。

「とはいえ、私たちに子どもが出来ることは多分ないわね」

 世月はそう言うと、もう冷めてしまっているのではないかと思われる紅茶をすすった。確かに、それはその通りだ。今この家にいる人たちはほぼ少子化政策に真っ向から立ち向かっている。

「まぁでも、私は今が幸せだからそれで十分だけど」

 そう言って世月はにこりと笑った。
 本当に幸せそうな笑顔だったので、睡蓮は少なからず驚いた。世月はよく笑うが、今のような笑顔を見たのは初めてかもしれない。
 一体何が世月にこんな笑顔を与えているのか、睡蓮には見当もつかなかった。



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