Long story


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 まさか、この年で鬼ごっこをする羽目になるとは。
 誰が言ったのか必死の状況だったので覚えてないが、走りながら確かに誰かがそう言った。
 いつだっただろうか。鬼ごっこがオリンピックの種目になるかもしれないとテレビ番組が放送していた。日本人ならば誰もが知っている鬼ごっこ。子どもの頃は鬼ごっこと、かくれんぼさえ知っておけば朝から晩まで余裕で遊びとおせた。
 いつの間にかしなくなっていたが、あの頃の鬼から逃げるスリルとか、追いかける側の時に戦略を考たりとか、それなりに楽しかったことを記憶している。
 そう、鬼ごっことは遊びで、あくまで楽しむことが目的なのだ。


「やばい、死ぬかと思った…!」


 息を切らしながら双月が地面に膝を吐いた。

「お前、俺なんかスカートだぞ。超走りにくいし!」

 深月はそのスカートという格好で床に胡坐をかいている。もう少し自分の見た目を意識した方がいいと思うが、そうできない気持ちも分からなくはない。

「何が鬼ごっこだ…狩りの間違いだろ」

 というか、そもそも隠れてしまっては鬼ごっこではなくかくれんぼであるが、今やそんなことはどうでもいい。
 華蓮も床に座り込みながら、大きなため息を吐いた。


「大体、深月がそんな派手な格好してるからバレるんだろ」
「どこが派手なんだよ。普通の私服だろうが」
「この学校のどこにゴスロリ着てる奴がいるんだよ!馬鹿か!」
「馬鹿はお前だろうが!つうか、お前のキチガイオーラに引き寄せられてきてる確率の方が高いっつうの!」
「はぁ!?誰がキチガイよ。失礼なこと言わないでよね!」
「双月の格好で世月の声出すんじゃねぇ気持ち悪ぃ!」
「お前だってその顔で深月の声で喋ってんじゃねぇよ!」

 ただでさえ酸欠気味になるくらい走ったのに、よくその状態で喧嘩ができるものだと尊敬しそうになる。
 しかし、今はその喧嘩は耳障りでしかないわけで、2人が苛立っているのと同じように華蓮も苛立ってくる。

「うるせぇな。別にどっちのせいでもいいだろ」
「よくねぇよ!」
「つうか、そもそも夏が面倒臭いからこの格好で行くっつったのが悪いだからな」

 今度は怒りの矛先が華蓮に向いてきた。
 いつもの華蓮なら軽くあしらうところだが、今日はいつもの華蓮ではない上に、この現状でとても苛立っている。

「行くと楽かもなっつったら、お前らが勝手に乗ってきたんだろうが。人に責任なすりつけんな」

 華蓮は半ばキレ気味に吐き捨てる。
 その言葉は正論で、2人はそれに反論んすることができなかったようで口を噤んだ。


「…とにかく、もうこうなったらライブが始まるまでここにいるしかないな」

 一度口を噤んだおかげで冷静さを取り戻してきたようで、双月がそう言ってため息を吐いた。

「こっから出たらまたダッシュだな」
「くそ面倒臭ぇ」

 考えただけで嫌になるが、走らずに狩りの獲物になる方がゾッとする。
 もういっそこのまま何もせずに帰ってしまいたい。それは出来ないと分かっているけれど。

「お前、帰るとか言い出すなよ」
「…言わねぇよ」

 深月が完全に自分の気持ちを見透かしていたので、華蓮は少し驚いて返答まで間が空いた。

「とか言いつつ、今までも何回も帰ってるから信用ならねぇんだよお前は」
「大丈夫でしょ。秋君があれだけ楽しみにしてたのを無視はできないものねぇ?」
「うるせぇ黙れ」

 双月を睨み付けるが、実のところその通りだ。
 目の前で騒ぎ過ぎてぶっ倒れるほど喜んでいた姿を見てしまった後では、逃げることもできない。

「だから世月の声で喋るなって」
「学校だとつい癖で。…俺は双月、俺は双月、俺は双月」

 双月は苦笑いを浮かべつつ、何やら呪文のようなことを言い始めた。
 それはそれで気持ち悪いが、華蓮は空気を読んで指摘しないでおいた。

「…でも、新聞部の鍵が開いててよかった。心霊部まで走るとなると体力が持ってたかどうか」

 よし。と気合を入れ直したのか何かの暗示をかけたのか、呪文を掛け終わったらしい双月がそう切り出した。

「確かに。…あれ、でも何で開いてたんだ?…今授業中だし、誰もいないはずなのに」

 深月がそう言って首を傾げる。

「掛け忘れたんじゃないのか」
「俺も春人もそんなへましねぇよ」

 華蓮の言葉に、深月は少し怒ったように返した。
 確かに、深月も春人もそこまで馬鹿だとは思っていない。しかし、現に鍵は開いていたのだ。

「じゃあどうして開いてるんだよ。幽霊があけたか、先約がいるかくらいか可能性はな…い………」

 双月の言葉が途中から歯切れが悪くなって、そして顔が一気に青ざめていく。


「せ…先約が………」


 深月の顔も青ざめる。同じように、華蓮の顔も青ざめていた。

 3人はほぼ同時に気付いた。
 この部室に入ってから、一度も部室の中に人がいないことを確認していないことに。
 鍵が開いていたということは確認していないこの部室に先約がいるということを確定させているに等しいことに。
 仮に先約がいるとすれば、その可能性があるのはこの部室の鍵を開けられることができる人物だけだということに。

 気づいてしまった。

 この部室の鍵を持っているのは、深月を除いてただ1人だということに。
 更に、その1人が授業をサボってここに来ているということは、高確率でもう1人いるだろうということに。

 3人は気づいてしまった。
 3人は青ざめながらほぼ同時に立ち上がる。そして、まるでスロー再生でもされているかのように、ゆっくりと部室の中央に向かって振り返った。



「………」




 春人と秋生が完全にフリーズした状態で自分たちに視線を向けて座っているのを見た3人は、まるでシミュレーションでもしていたかのように一斉に意識が遠のいた。
 思考回路はショート寸前だが、今すぐ会いたいどころか、今すぐ逃げ出したい。




「……よし、落ち着こう」


 この状況で、一番被害がないであろう深月が最初に冷静さを取り戻した。


「とりえず、2人がフリーズしている間に夏の力で記憶を消してしまおう」
「――出来るか!」

 出来たらとっくにやっている。この状況で全くあきれ返る発言だ。
 しかし、深月の馬鹿な発言のおかげで、華蓮も現実に戻ってきた。

「じゃあ大鳥グループの裏の力で…」
「――大鳥家をなんだと思ってるんだお前は」

 同じく深月の馬鹿な発言で、双月も現実に戻ってくる。
 認めたくはないが、あっぱれだと言わざるを得ない。

「さて、もう決心はついたかお前ら」
「…さすがに言い訳きかないしな」
「…なるようになるしかないだろ」
「後で文句言うなよ」


 深月はそう言うと、棚に置いてある段ボールからメガホンを出してきた。そしてそのメガホンを口に当てると、秋生と春人の方に向かってスイッチを入れた。


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