Long story


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 新聞部。
 華蓮と秋生がいつも身を置いている応接室とは違って、綺麗なプレートが壁に埋め込まれている。いくら強く扉を開いても、札が落ちるかもしれないという心配はないのだ。

 バタンッ。

 だからと言って、勢いよく開けてもいいということではないのだが。
 確かに札が落ちる心配はないかもしれないが、扉が壊れる可能性が出そうなものだ。

「深月はいるか」

 自分の名も名乗らず、許可も取らず、華蓮はツカツカと新聞部の部室の中に足を踏み入れた。
 間もなく、秋生も到着する。華蓮は入っても扉を閉めなかったため、秋生は後から「失礼します」と小さく呟いて足を踏み入れると、扉を閉めた。

「ざんねーん。いないでーす」

 華蓮の態度に驚くこともなく、相澤春人(あいざわはると)は部室の奥から顔を出した。
 鮮やかなオレンジ色の髪の毛は、秋生が将来禿るぞと何度忠告しても戻ることはない。一体朝の検問をどう潜っているのかは知らないが、春人が呼び止められているところを、秋生は見たことがなかった。

「呼べ、今すぐ」
「と、言うと思って、既にメッセ送りましたー」

 察しがいい。
 新聞部にはそうそう客は来ないし、来るとしてもあんな荒っぽい扉の開け方をする人間なんて華蓮くらいしかいないからだろう。また、華蓮が春人に用事があるということはまずない。そして、華蓮は深月がいない場合、決まって春人に呼び出させるのだ。
 となると、これは察しがいいというか。馴れというやつだろう。

「秋もいらっさーい。来るなら言ってくれたら、ノート持ってきたのに」
「そっか…その手があったか。急に来ることになって急に来たから。そんな頭なかった…」
「ま、俺はいつでもウェルカムだから、秋が暇な時に言ってくれれば」
「いつもサンキュー」

 持つべきものは友である。
 心霊研究部というだけで嫌悪される秋生に、何の隔たりもなく話しかけてくれるだけでもありがたいのに。秋生が出られない授業のノートを週1回、昼食を奢るという条件で見せてくれるなんとも心広い友人だ。そういう訳もあって、丸っきり頭が上がらない相手でもあるのだが。



「深月はまだか」

 そんなことはどうでもいい。と言わんばかりに不機嫌そうに華蓮は呟く。

「来てまだ5分も経ってないのに…。大体、呼び出すことに対して申し訳ないとか思わないんすか」
「今更何を言ってる」

 華蓮はそう言い放つと、部室に設置されている椅子に勝手に腰掛け、勝手に机に頬杖をついている。
 まぁ確かに、今更だ。今まで散々急に呼び出しておいて、今更申し訳なるくらいなら最初からするな、というやつだ。

「ま、みつ兄も来たくなかったら来ないし。そんな気にすることもないっしょ」

 そうかもしれないが。そうかもしれないが常識の問題なのだ。
 いや、そもそも金色の頭でバット片手に堂々と校内を歩いている奴に常識を問う方が無理なのかもしれない。秋生は思い直して、溜息を吐いた。

「ただいま」

 ガチャ、と扉が開く。扉というのは、本来こうして開くものなのだ。
 扉の向こうから、冬野深月が顔を出した。肩に掛かるか掛からないかくらいまで伸びた茶髪が、揺れる。華蓮とはまた違うタイプの美形だ。

「お帰りみつ兄〜」
「春人、留守番ごくろう。夏と秋生も、よく来たな」

 笑顔も素敵である。
 華蓮も見習えばいいのに、と思う秋生であったが、華蓮のさわやかな笑顔を想像して、考えを改めた。気持ち悪いことこの上ない。

「お邪魔してます」
「おう、大いに邪魔してけ。ま、邪魔になるようなことは何もしてないけどな」

 というか、本当に何もしていない。
 壁の棚には新聞がずらっと並んでいるのだが、2つくっつけて置かれている長机は至って綺麗である。余計なもの――というか、ほとんど何も置かれていない。春人の前に、パソコンとマグカップが置かれているくらいだ。新聞部というのだから、新聞を作っているのだろうが、個々にはまるでそんな痕跡がない。一体どこで作業しているのか疑問である。

「むしろお前らが俺たちの邪魔をしている」

 そう切り出して、華蓮は応接室で話題に上がったアンケートを机に叩きつけた。バンッという音が響く。
 一々乱暴にしないと気が済まないのかと思うが、今口出しすると睨まれそうなので、秋生は何も言わなかった。

「あー、それか。面白そうだろ」
「馬鹿言え。霊っていうのは、人の噂を聞きつけて集まることもあるんだ。もっと悪くなれば、人が作り出した噂から作り出される奴もいる」
「それ最早、妖怪の域じゃねぇか」
「そうだ。この土地は簡単に妖怪を作れるような土地なんだ。弁えろ」
「妖怪なんて出来るんすか!」

 華蓮が凄い形相で睨んできた。余計な口を挟むなと全力で訴えているのがわかる。いや、これはもう訴えるというよりも脅していると言った方が正しい。秋生は自分の言葉に後悔しながら、華蓮から視線を逸らした。

「それはそれで面白いと思うけどなー」

 春人はちっとも面白そうな表情をしていない。言葉に気持ちがこもっていないというのは、正にこのことである。

「面白がるな。誰がその始末をすると思ってるんだ」
「え、俺たち妖怪の相手もしなきゃいけないんすか!」
「いい加減黙ってろ」

 等々直接言われてしまった。
 そんなことを言われても、気になるものはしょうがないだろう。実際問題、妖怪の相手をするのかしないのかというのは、大事な問題だ。秋生にだって問う義務はあると思うのだが。

「でも、実際のところどうなんだ?しなきゃいけないのか、妖怪の相手」
「だろうな。実際の違いはどうあれ、学校側は幽霊と妖怪の区別などつけない」

 秋生には睨みを利かせてくるくせに、どうして深月ならば答えるのだ。少し癪に触るが、聞きたかった答えは聞けたのでそれ以上何も言わない。何か言えば、再度黙れといわれるのが関の山だ。

「てかさー、幽霊と妖怪の違いって何でしょうか!」

 春人が挙手をして声を出す。先ほどと違い、今回は言葉に興味の心がこめられているようだ。

「幽霊は、人の魂がこの世に未練を残して現れたもの。妖怪は、物や動物が化けたもの。ほら、姑獲鳥とか、陰摩羅鬼とかはちゃんと生きていて、実体があるんだよ。だから、妖怪がこの世に未練をもって死んだら妖怪の幽霊になるってことだな」
「うぶめ…?おんも…なんて?」

 春人は幽霊と妖怪の違いより、唐突に出された聞きなれない単語の方に思考を持っていかれたようだった。秋生も同じだ。

「どうして姑獲鳥と陰摩羅鬼なんだ。鬼太郎とか、砂かけ婆とか、一反木綿とかいるだろ」
「それなら分かる!」

 秋生も同感だ。それなら分かる。まさか、華蓮から助け船が出るなんて思いもよらなかったが。

「水木しげるが分かって京極夏彦が分からんとは何事だ!」
「は?…え、誰って!?」
「いや、俺も知らないから!」

 春人はきょとんとした顔で秋生に視線をよこすが、秋生にも分からない。
 というか、深月はこんな人だったか。

「深月に妖怪の話を振るからだ」
「いやいや、そもそもみつ兄が妖怪って言い出したんだってば」

 どうして妖怪の話になったのか、秋生はもはや覚えていなかったが、自分は悪くないと春人は主張している。確かに、言われてみれば最初に妖怪を口に出したのは深月だったかもしれない。

「どうでもいい。とにかく、話を…」
「どうでもよかない」

 深月には悪いが、すこぶるどうでもいい。
話を戻そうとした春人は深月に睨まれてビクッと肩を鳴らしつつ顔が引きつっており、華蓮は既に視線が窓の外に移されている。

「春人はともかく、秋生まで妖怪を知らないとは、あまつさえ京極夏彦を知らないとは何事だ!お前、それでもゴーストバスターか!」
「いや、俺そもそもゴーストバスターじゃないっす」

 いつからゴーストバスター認定されていたのか分からないが、秋生には幽霊を狩ることはできない。それは華蓮の役目だ。

「ゴーストバスター助手ってとこだねー」
「まぁ、そんな感じだな」
「助手なら尚更勉強するべきだろ、知っておくべきだろ、知識で華蓮を助けるべきだろ!春人を見ろ!豊富な知識でいつも記事制作の手助けをしてくれている!」

 知識じゃなくて、他の所で色々と役に立っている(と、秋生は思っている)。大きなお世話だ。

「俺、知識で助けたことあったっけ〜?」
「本人、こう言ってますけど」
「ちょっと春人黙ってて」
「はーい」

 今更黙ってももう遅い。そもそも、この様子からどう見ても春人が知識豊富だとは思えない。口から出まかせもいいところだ。

「とにかく、助手が京極夏彦を知らないなど…」
「とにかく、金輪際余計なアンケートだの記事だの書いたら、潰しにかかるからな」

 深月の言葉を遮りながら言い放つと、華蓮は立ち上がってアンケートを丸めるとゴミ箱に向けて放った。見事に入ってしまうところが、憎たらしい。

「おいおい、ただでさえ生徒会に目付けられてるのに、やめてくれよ」

 深月はそう言いながら苦笑いを浮かべた。

「まぁ、学校としては幽霊の噂なんて消してしまいたいところなのに、こんなアンケートなんてされたら溜まったものではないだろう。しかし、それならばさっさと潰せばいいものを。生徒会は何をもたもたしている」
「酷い言いぐさだな。まぁ、俺は生徒会の圧力なんかに屈しませんけど」
「あまり余計なことをしていると、問答無用で俺が潰す」
「それは卑怯だろ。生徒会より、お前の方がよっぽど怖いわ」

 確かに、この種のことに関しては生徒会よりも華蓮の方が権限は強い。学校に悪影響になるから潰してくれと言えば、翌日かその日のうちに新聞部はなくなってしまうだろう。深月はそれを知っているため、心底困った表情を浮かべた。

「ならばこれ以上余計なことはするな」

 華蓮はそういうと、さっさと帰路についた。用件が終わればこの場に長居する必要はない。確かにそうだが、行動が早いというか、もう少しゆっくりして話をしようとか、そういうことはないのだろうかと秋生は思う。少なくとも、普段華蓮以外の人(加奈子は死んでいるので除外だ)と話す機会がない秋生は、春人や深月と話す時間は新鮮で、用事はなくても長居したいと思ってしまう。

「アンケート結果、集計したら確認するか?」
「…そうだな。大体想像はつくが」
「じゃあ、集計出来たら連絡する」

 潰すとまで言われた相手に対して、そこまでするものだろうか。深月はもう少し華蓮に対してキツく当たってもいいのではないかと秋生は思った。というより、自分が出来ない分、そうしてほしい。深月ならば出来るはずだ。

「分かった」
「先輩が戻るなら、俺も…」
「お前が来るとあのチビが五月蠅いから、しばらく戻ってくるな。何か出たら電話しろ」

 そう言い放つと、華蓮は秋生の返事も待たず新聞部の部室を出てしまった。そして、何の躊躇もなく扉をバタンと閉めた。


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