Long story
世の中は思っていた以上に狭い。
まるで誰かが作っているパズルの中の世界で、段々とピースをはめられているような感覚だ。次々に露見してくる繋がりは、あまりに近すぎるもののように思えた。
そう、偶然だと思っていた出会いが必然だったのではないかと思えるほどに。
「家族との生活だけでは満足できなくなった桜生は、またお前のところに奪いに来る。最初に奪ったお前に執着しているのかもしれない」
琉生は冷ややかな目でそう言うと、華蓮を指さした。
「今度こそ、本当に全部もっていかれるぞ」
冷たい目が華蓮を射抜く。
その目を真っ直ぐに見返しながら、華蓮はぐっと拳を握った。
「俺は、同じ失敗はしない」
その視線は、次第に見返すから睨み付けるに変わっていく。
「絶対に」
桜生が、華蓮にどれほどの苦痛を与えたのか。話を聞いただけでは分からない。それは本人にしか分からないことだ。華蓮が琉生に向けているその眼が、怒りを宿しているのか憎しみを宿しているのか、それも本人にしか分からない。
ただ明らかなのは。
華蓮の口調ははっきりしていて、その言葉からは決意のようなものがにじみ出ていたことだ。少しだけ、華蓮自身に言い聞かせているようにも聞こえた。
「……お前、少しはマシになったな」
凍ってしまいそうなくらい冷たかった瞳が、一瞬で体温を取り戻した。
そしてまるで子供を扱うように、華蓮の頭を掻きまわした。
「はぁ!?やめろ!」
華蓮は睨みつけながら琉生の手を払うが、琉生はにやにやと笑いながらひとしきり頭を掻きまわすまでその行動をやめなかった。
「お前らもでっかくなったな」
華蓮の次に琉生が向いたのは深月たちだ。今度は深月の頭をわしづかみにする。
「そりゃ5年も6年も経ちゃでかくもなるだろ」
深月は顔をしかめるが、顔の割にいやそうではない。華蓮のように静止することもない。
「久々にあったら僕があまりに美形になってるからびっくりしたでしょ」
「お前はテレビに出まくってるから知ってた」
「ああ、確かにそうだね。僕超有名人だし」
少しも謙遜しないところが、なんとも侑らしい。
「俺としては、お前が一番疑問なんだけど。何に目覚めたんだよ」
「大人の事情よ、察しなさい。老けただけで何にも成長してないのね」
「性格まで世月かよ。あと、俺は老けてねぇ」
深月たちと一通り話すと、琉生はようやく秋生の方に向き直る。
「秋生!」
今更笑顔で近寄って来られても遅い。苛立ちが増すだけだ。
秋生は返さない。
「無視されてんじゃん」
「育て方間違ったかな。……いっつもこんななの?」
「そんなことねぇよ。なぁ、秋生」
「もちろんです」
「何で深月には答えるんだよ!」
そんなこと、自分の胸に手を当てて聞いてみればいい。
「つーかお前、引っ越してるなら連絡くらい寄越せよな。じじいの家行っても蛻の殻だったから、心配したんだぞ」
その言葉に、秋生の怒りが沸点を超過するのを感じた。
ぷつんと、頭の中で何かが切れた。
「はぁあ?電話したって1回も出たことなかったくせに!バッカじゃねぇの!二度と俺に話し掛けんな!!」
言ってやりたいことは沢山あったが、これが精いっぱいだった。一言いうたびに怒りがこみあげてきて、そのうち良狐に頼んで琉生を燃やしてしまいそうだった。
捨て台詞を吐いた秋生は、その場にいるのも嫌になって部室を飛び出した。
「おい、秋生!」
琉生が呼ぶ声が聞こえたが、構わず走った。
旧校舎を出て、普通の校舎に入ったあたりで減速して、ようやく自分には行く場所がないということに気づいて立ち止まる。
学校の中での自分の行動範囲は心霊部か教室か新聞部の三択しかない。心霊部はたった今飛び出してきたばっかりだし、教室に戻ってもしょうがないし、新聞部は鍵が開いていないことが明らかだ。
「秋生」
どうしたものかと悩んでいると、名前を呼ばれて思わず振り返る。
「せ…んぱい……」
後を追ってきたのが華蓮だったことが意外で、秋生は素直に驚いた表情を浮かべた。
「いきなり飛び出して、行く宛でもあるのか」
「いいえ…。でも…あのままいたら、兄貴のこと燃やしてました」
秋生が先ほどの心情を素直に言うと、華蓮はクスクスと笑いだした。
「だから、燃やさずに出てきたわけか」
華蓮はそう言って近寄ってくると、秋生の頭をぽんぽん叩いた。
どうして、そうやって、自分が凹んでいるときにばかり優しくするのだろう。
「……兄貴は、桜生のことしか考えてないんです。桜生がいなくなって、兄貴はすぐに飛び出していった。何かあったらここに連絡しろって言ってくれた連絡先はいつ電話しても留守電で。俺よりも…桜生、ばっかりで……」
喋っていくうちに、段々と言葉が詰まってきた。華蓮の姿がかすんで見える。
泣きそうだと感じた瞬間、秋生はぐっと唇を噛んだ。
「泣きたいなら泣け。言いたいことも言っておけ」
そう言って、華蓮の手が伸びてきた。ふわりと、それはついこの間、熱を出した時に感じた体温だ。いくら歯を食いしばっても、唇を噛みしめても、涙が流れるのを止めることができなくなった。悲しみが暴走する。
「そのうち、じーちゃんも死んじゃって……。留守電に知らせたのに、兄貴は葬式にもこなかったし、帰っても…こなかった。俺は、ずっと待ってたのに。帰ってこなかったくせに…今更……出てきて……連絡しろなんて…!」
好き勝手もそこまでいくと、いっそすがすがしくなりそうなものだが。でも、秋生はどうしてもそう割り切ることができなかった。
「あんな大きい家に一人なんて、耐えられるわけないのに…大体、俺には力のコントロールの仕方なんて教えてくれたこともないのに、先輩には色々教えてるし!それも、多分期間的にじいちゃんが死んだくらいだし!」
「……悪かった」
「いや、先輩が悪いわけじゃないです。それにさっきだって、先輩とか深月先輩とか侑先輩とか世月先輩とか巡ってから最後だし!…やっぱり俺のことなんてどうでもいいんだ兄貴は!」
悲しみよりも、怒りの方がのし上がってきた。
秋生は怒りにまかせて勢いよく顔を上げると、思いのほか近くに華蓮の顔があって心臓が跳ねた。
「せ、先輩近い!」
「何を今さら」
確かに、この状態で散々愚痴をまき散らしておいて何を今さらだ。
この体温に安心しすぎて、つい感情が暴走してしまった。
「どうりで寒くなくなったわけだ…。まるでカイロ」
「ああ?」
「す、すいません」
秋生はとっさに謝る。
離れなければと思ったが、秋生の思いとは裏腹に体は離れようとはしてくれない――いや、この体は忠実に秋生の思いをくみ取っている。
離れたくない。
「先輩って、分身とか作れないんですか?」
「は?」
「いいえ、すいません。何でもないです」
秋生が今考えたことを言うと、確実に怒られる。でなければ呆れられる。
「何だ、言え」
「こうしてると寒くないから、よく寝れそうだなって」
ここ最近、寝ていても寒さで夜中に何ども起きるというのが定番になっていた。引かれそうなので誰にも言っていないが、この時期に暖房をつけているくらいだ。
どれだけ布団をかぶっても治まらなかった寒さを、この体温は一瞬でなくしてしまう。離れたくない。
「本当にカイロにしようとするな」
「ほら怒った。だから何でもないって言ったのに…」
「別に怒ってない。だが、もうカイロは終わりだ」
「あ……」
寒い。それに、やっぱり怒ってる。
離れていく体温を名残惜しく感じながら、秋生は素直に喋ったことを後悔した。
「ちなみに分身は作れないからな」
「……ですよね」
仮に作れたとしても、そんなことお願いは出来ない。
「まぁでも、分身だったとしても、先輩が近くにいたら爆発しちゃうし……」
「またそれか」
「また?…あっ!そうだ…先輩、結局あれは夢ですか現実ですかどっちですか!」
すっかり忘れていた。忘れたまま一週間近く過ぎていた。
秋生が見たあの夢は、夢でなくて現実だったのだろうか。しかし、もし現実だとするなら、あのとき秋生ははっきりと華蓮が好きだと断言していた。それを本人に聞かれているということは大問題だ。
それに、もし夢でなかったのなら。
秋生が華蓮のことを好きなのと同じように、華蓮も秋生のことが好きだということになる。まわりくどい言い方だったが、確かに華蓮はそう言った。そして、そんなこと有り得ないと秋生が言ったら、華蓮は夢だから有り得るかもしれないと言ったのだ。そして、夢とも限らないと。
夢でなくても、有り得るのだろうか。
「お前はどっちかいいんだ?」
「そりゃ、現実の方がいいに…って、また!…そうやってはぐらかしてると、いいように勘違いしますよ!!」
「勝手にしろ」
秋生がいくら怒っても、華蓮は全く動じない。一体いつになれば、真実が分かるのだろう。
「勘違いじゃないからな」
「え……っ?」
秋生が項垂れていると、華蓮が間を置いてそう付け加えた。そして、くるりと向きを変えて歩き始める。
「先輩、それって…えっ!?」
その言葉の意味がどういう意味か。いくら馬鹿で間抜けな秋生でも、それくらいは理解できる。しかし、それを受け止めるのには時間がかかった。それこそまるで夢のようで、現実とは思えなかったからだ。
秋生は混乱した頭のまま、華蓮を追いかける。
「それから」
ふと、華蓮が立ち止まり振り返った。
それに合わせて、秋生も立ち止まる。
「寒くなったらうちに来い。お前の心臓が爆発しないことは、この前証明されているからな」
それだけ言うと、華蓮はまた歩き出した。
「――――やばい」
今度こそ本当に、心臓が爆発してしまう。
秋生は、これまでで一番鼓動が早くなっているのを感じた。
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mokuji
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