Long story


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 学校が終わって急いで買い物に行って、速攻で帰ってきた睡蓮が家に入ると、朝出た時と打って変わって随分と賑やかな状態になっていた。というか、よく見る光景になっていた――と言った方が正しいかもしれない。
 病人のはずの華蓮は深月とゲームをしているし、世月は勝手に紅茶を飲んでいるし、侑は皿洗いをしている。最後に至っては毎度御馴染み罰ゲームに違いない。ほとんどいつもと変わりない光景の中で、少し変わっていることといえば、華蓮の隣に秋生が寝ているということくらいだ。
 この中で唯一秋生だけがまともに見えた。華蓮は体調不良のくせに大人しくしていないし、他の3人は病人がいるところに遊びにくるなどとは言語道断だ。まるでまともではない。

「深月先輩、いい加減代わってくださいよ」
「いやお前は寝てろよ。テンションあがりすぎてぶっ倒れたばっかだろ」

 前言撤回である。どいつもこいつも、馬鹿ばっかりだ。

「ただいま」

 盛り上がりすぎて全く睡蓮に気づいていない様子の連中に向かって半ば苛立って声を出すと、全員が一斉に睡蓮の方に視線を向けた。

「おー睡蓮、おかえり」
「おかえりじゃないんだけど。何病人たぶらかしてゲームなんかしてるの」
「いや、やるって言ったの夏だから」

 そう言って深月は華蓮に視線を向ける。
 言われたからといってやる方もやる方だが、そもそも持ちかける方が悪い。

「華蓮馬鹿なの?」
「殴れなくなった変わりにゲームでぶちのめすくらいさせろ」
「は?意味わかんないんだけど」

 睡蓮はダイニングの上に買ってきた食材を置きながら吐き捨てる。

「そんなに怒らないであげて。侑のせいでかーくん沸騰寸前だったんだから」
「……何、shoehornの新曲の話?」
「あら、知ってたの?」
「昼休みに職員室に行った子が、そこのテレビでたまたまインタビューの放送見てたらしくて、学校中に広まってた」

 小学生の間でもその人気は凄まじいものだ。普段は侑以外あまりテレビには出ないから、一度全員がテレビに出れば次の日はその話でもちきりだし、CDが発売されるとしばらくの間、給食の準備時間の曲は延々とその新曲が流される。ファンにはいいかもしれないが、そうでない者にとっては迷惑でしかない――といっても、睡蓮意外にファンではない者がいるのかも疑問なくらいの人気だが。
 きっと自分がそのギターの弟だと知ったら、学校中が大パニックになるに違いない。

「あら、そんなに人気なの。…睡蓮は、学校でヘッド様に似てるとか言われないの?」
「友達からはあまり言われないけど、先生たちからは言われる。基礎パーツがヘッド様に似てるなって。まぁ、思い込みでしょってごまかしてるけど」

 だから、華蓮が参加日などに来ることはない。
 大人は敏感だし、ただでさえ若干疑われているから、学校に行くような顔を隠したスタイルでもバレる可能性があるからだ。

「苦労しているのね」
「慣れたけどね」

 見慣れた人物たちがテレビなどでもてはやされることに最初はとまどったが、華蓮たちが人気になっていくことは素直に嬉しかった。それに、自慢できないとしても自分はこの人たちと凄く親しい心の中で思うだけで優越感に浸れるものだ。


「あー、疲れた」

 世月と話していると、皿洗いを終わらせた侑がダイニングの椅子に腰かけた。肩が凝ったのか、ぐるぐると首を回している。

「お疲れ様。また負けたの?」
「今日は人生ゲーム。僕だけ破たんして借金地獄だよ」

 本来の侑からは想像できないような結末だ。きっと今現在でも、一生遊んで暮らせるだけの金を稼いでいるだろうに。

「私はお金持ちのご令嬢と結婚して、大富豪コース待ったなしよ」

 この姿だと忘れがちだが、世月は男だ。秋生に対しては「ご令嬢」と言っていたが、実際は御曹司。素顔を知っている睡蓮には、その情景を想像することは簡単だった。

「すごいリアル」
「やーね。現実でそんなのごめんだわ」

 本当に嫌そうな顔でそう言う世月は、紅茶をすする姿も様になっている。

「世月もゾッコンな子がいるからねー」
「え、そうなの?」
「そうなの。春君って言うんだけど、これが超可愛くってもう。骨抜きよ」

 世月の表情が途端にほころび、うふふと笑う。華蓮もここまで素直だったらいいのにと、睡蓮はつくづく思った。

「付き合ってるの?」
「それがね。その子がライト様のファンなもんだから、素顔が出せなくて尻込みしてるんだよ」
「失礼ね、別に尻込みなんかしていないわ」

 侑は面白そうに笑うが、それに対して世月が顔を顰める。

「うわー、またそのパターン?」
「また?」

 世月と侑の声が揃った。
 声だけでなく、怪訝そうな表情までそっくりだ。

「華蓮も絶対そうだよ。秋兄が自分のこと好きだって分かってるくせに、尻込みしてる」
「かーくんが秋君のこと好きだって、言ったの?」
「まぁ直接うんって言ったわけじゃないけど」

 とはいえ、その後色々と話して結果的には直接言ったようなものだが。

「どんな風に?」
「怒られそうだから言わない」

 多分、今の時点で喋ったことがバレたら怒られると思うが。幸い、今華蓮はゲームに夢中でこちらの話は気にも留めていない。

「変なところでかーくんに忠実なのよねぇ、睡蓮は」
「ちょっと待って。それ以前に、何で僕たちのことは呼び捨てなのに、秋生君だけお兄さん扱いなの?」
「前から秋兄が華蓮のお嫁に来てくれて、お兄さんになってくれたらいいなぁって思ってたからね」
「前から?」

 侑と世月は、今日は随分と息が合っている。
 まるで打ち合わせでもしたかのように、またしても表情まで同じだ。

「ああ、侑たちは知らないよね。僕、前から秋兄のこと知ってたんだよ。偶然悪霊から助けてもらったことがあったんだけど。その時ご飯食べさせてもらったのが凄く美味しくて、料理教えてもらうようになったの」

「あ――お前の師匠って、秋生のことだったのか!」
「うわ、深月!…いきなり出てこないでよ」

 華蓮とゲームをしていたはずの深月が背後から顔を出してきた。いつからゲームをやめていたのだろう。もしかしてまずい話を華蓮に聞かれたかと思ったが、幸いにも今度は秋生とゲームをしていた。
 病人同士ならゲームなんかせずに寝ていろと睡蓮は思ったが、聞かれていなかったのならばこの際大目に見るべきだ。

「そうか。だから俺ん家の近く通ってたのか」
「深月、秋兄の家知ってるの?」
「ああ。前に1回送っていたことがあるからな」
「そうなんだ」

 つまり、あの時は結構危ない状況にあったということか。とはいえ、もうバレてしまっているのだからどうでもいいが。

「あのハンバーグ、秋生が作ってたのか……。見る目が変わるな」
「ハンバーグ?何それ?」
「この前深月が食材運ぶのを手伝ってくれたから、そのお礼に秋兄からもらったハンバーグ分けてあげたの。聞いてない?」
「聞いてない」

 侑の目が険しくなり、深月を睨むように見る。修羅場の予感だ。

「言ったら言ったで機嫌悪くするだろ」
「当たり前でしょ。僕が仕事してる間に一人で美味しいもの食べるなんて」

 そこか。自分以外の人の料理を食べて喜んでることに関してじゃないのか。
 全く紛らわしいことこの上ない。

「痴話喧嘩なら帰ってからにしてよね」
「わざわざ言わなくても、家では3分に1回は喧嘩してるわよ」
「何で付き合ってるの」

 確か、理由があってわざと険悪そうに見せていると聞いたような気がするが。
 それが家でも3分に1回喧嘩をしているとは、ほぼずっと喧嘩しているということではないか。もう険悪そうに見せているのではなく、実際に険悪と言う以外の何物でもない。そんなに気が合わないのなら、付き合わなければいいのに。

「喧嘩するほど仲がいいってことよ」
「限度があるでしょ」

 毎日喧嘩しているなら、仲がいい暇などないではないか。

「そんなこと言ってるけど、仮になっちゃんと秋生君が付き合ったとして、僕たちみたいに顔合わせたら喧嘩するようになったらどうするの?」

 自覚しているなら直せばいいのに、と睡蓮は侑の質問内容を考えるより先にそう思った。

「喧嘩するようには見えないけど」
「この2人だって、仲が良かったころもあったわ。今では見る影もないけれど……夫婦ってそういうものなのよ、きっと」

 そんな夫婦は嫌だ。
 睡蓮には両親がいないので夫婦とうものを知らないが、喧嘩ばかりしている親ならいない方がいいような気がしてならない。

「でも僕、秋兄が華蓮相手に喧嘩できるとは思わないんだけど。秋兄のことだから、華蓮がちょっとバットチラつかせたら自分が悪くないって思っても謝るよね」
「う…まぁ確かに、それはそうね」
「でもほら、付き合ってみたら変わるかもしれないだろ。お互いに」

 尻込みをした世月に向かってほら見たことかという視線を送っていたら、深月がフォローに回ってきた。
 だが、あの2人が付き合って変わると言われても、一体どう変わるというのか。

「華蓮が秋兄に甘々になるとか?」
「ないない」
「仮にもしそうなったとしたら、それはそれで喧嘩にはならないだろうしね」

 今度は世月と深月が声を揃え、侑が苦笑いで付け加えた。
 それも即答だ。

「じゃあ秋兄が超強気になるとか」
「ないない」
「あの子に睨まれても可愛いだけだよ」

 また即答だ。
 だが確かに、秋生に睨まれても絶対に怖くない。睡蓮ですらそう風に思うのだから、華蓮なんて相手にならないに違いない。

「やっぱり喧嘩しないじゃん」

 華蓮と秋生が付き合ったとしても、深月と侑みたいにうっとうしいことはない。
 人気バンド3人組も納得の答えなのだから、例外はないだろう。

「でも…それはそれでどうなの?」
「睡蓮の言う通りなら、まるでご主人様とペットだよね」
「いや、どっちかってーと舎弟じゃね?」
「何それやだー。もっとこう、おしどり夫婦してほしい」

 ただ、現時点でペット及び舎弟っぽいのが何とも言えない。

「そんなこと」
「天地がひっくり返っても」
「有り得ない」

「あっそう…」

 そこまで綺麗に揃えて、おまけに今まで以上に真顔で言わなくてもいいのにと思った。しかし、睡蓮はそれを否定できなかった。
 きっと、今後も睡蓮の周りにおしどり夫婦と言う言葉が似合うカップルは現れないだろう。こういうのを類が友を呼ぶというに違いないと、睡蓮は溜息を吐きながら思うのであった。



「先輩あれ倒せないんですけど!届かない!」
「そこのビルに乗ってからいっぱいまで飛んで撃ってみろ」
「ビルに乗って……あっ、倒せた!っしゃあ!」

 叫ぶような声が耳に聞こえて視線を向けると、秋生がガッツポーズを決めていた。
 華蓮の顔はネッグウォーマーで伺えないが、それをしているということは未だに体調はすぐれないということだ。秋生に至っては誰がどうみても発熱していますと言う顔だ。大人しくしていれば早く治るだろうに、睡蓮にはそうまでしてゲームをする意味が分からなかった。

「あいつ…!俺があれの倒し方聞いても教えてくんなかったくせに!!」
「ていうか、なっちゃんが誰かにアドバイスしてるのなんて初めて見た」
「それも何の躊躇もなかったわよね、今」

 深月が憤慨している隣で、侑と世月が驚いたような表情を浮かべていた。
 言われてみれば、睡蓮ですらゲームに関して華蓮からアドバイスをもらったことはない。それがどんなゲームであれ、いくらアドバイスをお願いしても「自分でどうにかしろ」と冷たくあしらわれるばっかりだ。
 それなのに、秋生にはまるで当たり前のようにさらっと教えるなんて。それもトランプとか麻雀とか将棋とかそういった類のものではなく、華蓮がゲームというカテゴリの中で最も愛している電子機器系のゲーム(テレビゲームやPSPなどの類を睡蓮流に表現したらこうなる)でだ。

「これは…おしどり夫婦あるかも!!」

 睡蓮はガタリと立ちあがってガッツポーズをとった。
 隣から「いやそれは…」とか、「どうかなぁ」とか、「無理、絶対無理」とか心無い声が聞こえたような気がしたが、そんなことは無視だ。
 微かに抱いたこの希望を捨てはしないと、睡蓮は我が家の神様である鬼神様に誓った。


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