Long story


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 不用意に体を揺さぶられるような感覚に、華蓮は目を覚ました。

「主、人があがってくるよ」

 耳ではなく頭の中に直接響き渡る声は、玄関の呼び鈴の声だ。耳を澄ますと、呼び鈴を伝っていくつかの足音が階段を上ってくる音が聞こえた。

「いつものメンバー」

 そう言われて、華蓮はため息を吐いた。

「何しに来たんだ…」
「入れる?」
「ああ」

 追い返すとそれはそれで後が面倒臭い。それに、今日はどうしても侑に一言言ってやらないと気が済まない。
 華蓮は重い瞼を開けて面倒くさいながら体を起こそうとしたが、思うように体は起き上がってはくれなかった。その原因は、隣にいた秋生が華蓮の腕をがっしりと掴んでいたからであった。
 それを見た瞬間、華蓮は急激に起きるのが嫌になった。そして今この状況で訪ねてきたいつものメンバーを疎ましく思い、このまま追い返してしまおうかおとも思った。もし仮に今日のshoehornの新曲の件がなければ、確実にそうしていただろう。


「……秋生、起きろ」

 華蓮は自分の体を半分だけ起こして秋生の体を揺らす。
 せっかく寝ているのを起こすのも忍びないが、このままいるわけにもいかない。

「んー……」

 少し反応したかと思うと、秋生は先ほどよりも強く華蓮の腕を掴んだ。
 もういっそこのままでもいいかと一瞬思うが、今からくるメンバーにこんなところを見られるなんて、場面を想像しただけでぞっとする。

「秋生」

 もう一度揺らすと、秋生の目がうっすらと開いた。

「えーっと…」

 秋生はぽかんとした表情で華蓮を見ている。どうやら寝ぼけているようだが、今はそれに付き合っている暇はない。

「今からうるさいのが来るから、寝るなら昨日寝た部屋に行け」
「あ、そっか。俺、寝たのか…。大丈夫です、起きます……」

 状況を把握したらしい秋生はそう言いつつ、寝返りを打った。全く起きる気配がない。
 しかし、今寝返りを打ったことで華蓮を掴んでいた腕が緩んだ。華蓮はその隙を逃さず秋生から腕を抜き取ると、秋生が落ちないように気を遣いながら倒していたソファを手早く元に戻した。
 すっかり忘れていたが、起きて動いたことで自分は体調がよくないということを痛感した。頭が割れるように痛い。


「夏ー、勝手に入るからなーっ」

 ソファを戻してすぐ玄関の方から深月の声がした。既に勝手に入っているのに言うことではない。
 華蓮はソファの空いたスペースに座り直しながら溜息を吐き、起きると言いながら深月の叫び声にも反応しない秋生の額に手を当てた。

「起きないわけだ…」

 寝る前よりも、秋生の体温が随分と上がっているように感じた。
 これなら本当に追い返しておけばよかったと思ったが、既に入ってきているのでもう遅く、華蓮が再び溜息を吐いたのとほぼ同時にリビングの扉が開いた。

「お見舞いにきてあげましたよーっと」
「静かにしろ」
「第一声がそれ…ああ、秋生が寝てるのか」

 入ってくるなり文句を言った深月はダイニングの椅子に座った。

「わー、秋生君の寝顔かーわいー」
「写真とってもいいかしら?」

 深月に言った言葉が聞こえていたのか、侑と世月は小声でリビングに入ってきた。
 そのままソファまでやってくると寝ている秋生の顔を覗いてから、華蓮に視線を向けてにやりと笑った。実に腹立たしい。

「熱が上がってきてるから起こすなよ」
「そこは否定しようよ」
「連れないわねぇ」

 侑と世月はつまらなそうな表情を浮かべて、深月と同じようにダイニングの椅子に腰かけた。
 そう簡単にのせられるほど華蓮は馬鹿ではない。


「何しに来たんだ」

 からかいに来ただけなら全力で追い返す。

「からかいに来た――わー待て待て!冗談だって!どっから出してきたんだそのバット!」

 突如どこからともなく出てきたバットを振り上げられ、深月の表情が焦りの表情に変わる。しかし、秋生が寝ていることだけは忘れていないようで声は小声だ。

「どっちにしてもお前は殴らないと気が済まない」
「何でだよ!」
「あー。もしかしてなっちゃん、僕の生放送インタビュー見たの?」
「生放送インタビュー?何だそれ!」

 どうやら侑は状況を察したようだが、深月は朝のインタビューのことを知らないらしい。

「7月に新曲出すの。それでー、ついでにアルバムも出そうかなーって」
「はぁ!?お前馬鹿なんじゃねぇの!?」
「だってー、勢いで言っちゃったんだもーん」
「もーん、じぇねぇよ!」

 深月は侑に怒りをぶつけるが、当の本人はあっけらかんとしている。

「まぁ、侑の好き勝手でとばっちりくらうのはいつも深月だから、懲りないわよね」

 世月は棚からティーポッドを出してくると、冷蔵庫から勝手にキッチンでお湯を沸かし始めた。いつものことではあるが、本当に好き勝手しているのはお前だと突っ込みたくなる自由ぶりだ。

「お前は冷静に分析してんな!ていうか、夏も俺じゃなくてコイツを殴れよ!」
「バンドのリーダーの顔に傷がついていたら問題だろ。お前ならどうとでもなるが、侑はそのままだからな」
「そのさ、まず殴るのが顔前提ってのがどうなんだよ!他にも色々あるだろ!」
「殴った気がしないだろ」
「もうどいつもこいつも超好き勝手!!」

 深月はそう言うと、諦めたのか「さぁこい」と頭を庇う姿勢を取った。
 その潔さを買って、バッドは勘弁してやってもいいかもしれない。


「ん…んー……せんぱい?」

 さぁ殴るぞ、と言うときに間の抜けた声が室内に響いた。そのせいで華蓮の手も止まり、深月が頭を庇っていた手も緩む。

「秋生…起きたのか」

 正確には起こしたかと言うべきかもしれない。お見舞いと称して邪魔をしに来た連中が小声だったのは入って来てからほんの30秒程度だけだった。
 華蓮はバットをしまうと、秋生の方に行く。

「あ、先輩……びっくりした。……いなくなっちゃったのかと…」

 自分の家から華蓮がいなくなるわけはないのに、秋生は何がそれほど不安だったのか。華蓮を見つけた時の表情はどこか安堵したようで、ほっと溜息を吐いた。

「お前、起きても大丈夫なのか」

 本人は寝ぼけて気付いていないかもしれないが、かなり発熱している顔だ。

「大丈夫です…」

 先ほどはそう言って寝返りを打ってまた寝たが、今度は体を起き上がらせた。眠気を覚ますためか目をこすっているしぐさがまるで小動物だ。


「ああー、何あれ超可愛い。写メる」
「かーくん、超邪魔」

 背後から侑と世月が携帯を構えている様子を連想させる会話をしている。
 誰がそう簡単に撮らせるか。もちろん、華蓮が邪魔をしているのはわざとだ。

「あれ……増えてる」

 ぼうっとした表情で、秋生が深月たちのいる方に視線を向ける。

「よう秋生。ごめんな、うるさくして」
「…深月先輩……いえ、寒くなって起きてだけですから、大丈夫です」

 秋生はそう言って一度欠伸をした。
 それで目を覚ましたのか。意外に敏感だと華蓮は感心半ば、どうしてそんなに寒がるのか疑問にも思う。華蓮にはない風邪の症状だろうか。

「ていうか、この時期にそれ被ってて寒いって、大丈夫?」

 侑が指摘するのも無理はない。秋生が起きて尚くるまっているのは6月にはもう暑い毛布だ。そんなもの寝た時にはなかったような気がするが、姿のない誰かが気を利かせたのだろう。

「…侑先輩だ。……今日テレビで見たのに現実で見るって変な感じだな……」

 まだ完全に覚醒していないのか、熱のせいなのか。ぼうっとした様子で侑の質問とは見当はずれなことを言っている。

「ダメだ、この子人の話聞いてない」
「秋君面白い!100点!…ということで、私からご褒美をあげるわ」
「?」

 世月はクスクスと笑うと、秋生に近付いてあるものを差し出した。
 それはチケットのような紙切れ―――ではなく、紛れもなくチケットだった。

「来週の放課後、shoehornが文化祭の模擬ライブを行うの」
「えっ!」

 秋生は驚きの表情を浮かべるが、それよりも隣にいた華蓮の方が目を見開いていた。
 そんな話は聞いていない。

「文化祭のライブは無料で入れるだけ入れる予定だけれど、このライブは50人限定。まぁチケットは無料だけれど、明日の朝の開門から先着50名にゲリラで配布予定よ」
「…え…で……これは……」
「そのチケットの2番。席順はチケットの配布番号順。…さて、どういう意味でしょう?」
「―――――最前列で…shoehornが見れる!?」

 先ほどまでぼうっとしていた秋生の顔が、一瞬で覚醒した。

「ご名答。1番は春君にあげているから、一緒に見に行くといいわ」
「い、いいんですか…?」
「大鳥グループのご令嬢にかかれば、このくらい造作もないことよ」

 少し不安そうだった秋生の表情は、世月の一言でパッと明るくなった。

「あ―――ありがとうございます!!…ってあれ、世月先輩来てたんすね!あ、深月先輩と侑先輩もいる!」

 秋生はソファの上に立ち上がると、一気に上り詰めたテンションで声を上げた。
 先ほどまでのことは全て寝ぼけて発言していたということか。それはそれで凄い。

「いやお前寝ぼけすぎだろ」

 深月がとっさに突っ込む。多分、秋生以外は全員同じ気持ちに違いない。

「春人に連絡しないと!!世月先輩、本当にありがとうございます!!」
「そこまで喜んでもらえると、嬉しいわ」

 秋生と世月がわいわいと騒いでいる間に、華蓮は足早に侑の元へと行っていた。その表情はこれぞまさに鬼のようというやつだ。

「どういうことだ」
「世月の言った通りのことだよ。今日はこの話をしに来たんだ」

 相変わらず、あっけからんとした様子で侑は答える。

「まさか、秋生があれだけ喜んでるのに、出ないってわけにはいかねぇよなぁ」

 深月は世月が沸かしていたお湯で勝手に紅茶を作って飲んでいたが、今の言葉に華蓮が殴りかかってくると予想したのか防御態勢に入った。両腕で頭を庇ったところで、大した防御にはならないとは分かっているだろうが、気持ちの問題なのかもしれない。

「でも、まさか新曲の話を知ってるとは。2ついっぺんに言うとキレちゃいそうだから、ライブが終わったから言おうと思ってたのに」
「どっちにしてもキレてるけどな。お前のせいで俺はきっとこの後殴られるんだろうけどな!」

 深月は防御態勢を保ったまま、侑を睨み付ける。不憫で仕方がないが、しかし華蓮はこの怒りを誰かにぶつけなければ収まりそうもない。
そんな状況の中、侑は全く悪びれる様子もなくニコリと笑顔を浮かべた。

「こうでもしないと、なっちゃんリーハーサルにも参加しないでしょう?つまり、自業自得だよ」

 そう言われると、侑の言っていることは多からず正しいわけで。その理論を展開されると、深月を殴るのもお門違いになってしまう。華蓮はやり場のない怒りをどこに処理していいかもわからず、深く溜息を吐いた。


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