Long story


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 華蓮の家は大鳥高校のすぐ裏手に位置していた。
 お寺らしい長い長い階段を登るが、その間にみた妖怪や幽霊の数の尋常じゃないこと。まるで人外の生き物の巣のような場所だ。
 階段を登りきった先にある寺を通り過ぎると、寺には似つかわしくない洋風な門が現れ――その先に経っていたのは、なんとも立派な一戸建て。

「でかい」
「昔は大勢が住んでいたからな」

 今は華蓮と睡蓮の2人しか住んでいないそうだが、どうして2人だけになってしまったのか、それを聞く勇気は秋生にはない。
 そして、ここも先ほどの階段と同じく人外生物の尋常じゃないこと。せっかくの綺麗な家が、覆い尽くされてしまっている。

「主、おかえり」

 頭の中に声が響いた。そこら辺の霊が話しかけてきたのかと思ったらそうではなく、話しかけてきたのは玄関にぽつんと座っている狸の置物だった。

「喋った……」
「呼び鈴だ。睡蓮を呼んでくれ」
「任せて」

 華蓮が「呼び鈴」と言った狸の置物は、華蓮の言葉に返すと同時に玄関の扉を開いた。
 多分、何かの霊か妖怪が(多分狸だと思うけれど)とり憑いているのだろうが、実に有能な呼び鈴だ。



「何なのかれ……え!?何、どうしたの!?」

面倒臭さそうな声を出しながら出てきた睡蓮は、華蓮の状況を見てから声も表情も一変させて近寄ってきた。

「しっ、師匠!?あっしまった…って、そんな場合じゃない!ちょ…華蓮!何したの!?」

 近寄ってきた睡蓮は華蓮が抱えているのが秋生だと認識すると、たちまち慌てふためきだした。

「説明は後だ。とりあえず荷物。重い」
「えっ…うわっ、重!何が入ってんのこれ!」

 華蓮は睡蓮に荷物を預けると、秋生を運んだまま廊下を進んでいった。背後から睡蓮の声が聞こえたが、華蓮は完全に無視している。
廊下にはいくつも扉があったが、華蓮が開けたのは一番突き当りの扉だ。その先はリビングで、秋生はそこにあったソファに寝かされた。新聞部のソファ(生徒会室から拝借した)よりも、心霊部のソファよりも、上等なソファだということが分かる寝心地だった。


「秋兄…あっこれもダメだ!…秋兄、どうしたの?大丈夫なの?」

 これもだめだ、と言いながらまた更にその後に同じ過ちを続けてしまっている辺り、どうやら相当混乱しているようだ。とはいえ、今さら訂正したところで後の祭りであろうが。

「事情は本人に聞け。喋れないから紙にでも書かせろ」
「えっ、華蓮は?」
「外の奴らをどうにかしてくる」
「外?…うわ!何これ!どっから連れてきたの!」

 華蓮の言葉を聞いて、窓のカーテンを開けて外を見た睡蓮が後ずさりをする。
 ソファから少し顔を上げて窓を見てみた秋生は、窓一面覆い尽くされた霊や妖怪たちを目にして気を失いかけた。

「秋生の中の狐の妖気に吸い寄せられてきたんだ」

 華蓮の家やその周辺にまとわりついているものが自分のせいだと聞いて、秋生は心底驚いた。
 だが、言われると心当たりがないわけでもない。以前にも、風邪を引いた時に良狐の力を制御できずに霊を集めてしまったことがある。どうやら、風邪の具合も酷いために制御できなくなっている度合いも酷いということらしい。

「あの神使様…そうか……それで」
「よく知ってるな、睡蓮。色々と覚悟しておけよ」
「げっ!」

 また墓穴を掘っている。これはもう、どう策を練っても隠すのは不可能だ。
 華蓮は睡蓮が青ざめるのをしっかり見届けてからリビングを出て行った。睡蓮の横で、秋生も青ざめていた。

「秋兄…、どうしてこうなっちゃったの…?」

 華蓮の指示通り、睡蓮が紙とペンを持ってきたので、秋生は事の端末を一から手書きで説明することとなった。
 字を書くのもなかなか辛いが、喋るよりは大分マシだった。費やす時間も労力も全然違う。

「ほら、昨日僕の言った通りだ!あの時ちゃんと僕の言うこと聞いとけばよかったんだよ」

 言われてみれば、確かにそうだ。睡蓮は昨日の時点で秋生の風邪を疑っていて、病院に行くことを勧めていたことを思い出した。にもかかわらず、秋生はそれを軽くあしらったばかりか、忠告されていたことも今の今まで忘れていた。
 小学生に説教されるなんて、なんと情けないことか。

「……ごほっ、げほっ」

 ごめん、と紙に書きながら、秋生は苦笑いを浮かべた。

「いや待てよ。でも、もしそうしていた場合、師匠はうちには来なかったわけだよね」

 睡蓮が腕組みをして考え始める。

「それはそれで困るな!やっぱり昨日病院行かなくてよかったよ、秋兄」

 何を言っているのだろうか。
 秋生が紙に「ばれたのに?」と記すと、睡蓮の表情がまた険しくなった。

「そうだ…それがあった。いやでも、いつかは分かることだし、この際それはいいや。それよりも、これで秋兄にご飯作りにきてもらえる!」
「それは、ごほっ…違うくね…!?…げほっ」

 ついつい口で喋ってしまった。

「違わないよ。バレたんだから、僕が行こうが秋兄が来ようが一緒でしょ。もう腐るほど言ったと思うけど、僕、秋兄がうちに嫁にくるのが夢なんだよ。これは僕の夢への第一歩だよ!」

 それは初耳だ。腐るほど一体誰に言ったというのだろう。

「何が第一歩だって?」

 気配も足音もなく、睡蓮の背後に人影が増えた。

「ぎゃあ!…か、華蓮!」
「随分楽しそうだな。加奈子を呼んで来い」

 華蓮の視線は随分冷やかに睡蓮を見下ろしている。いつか、華蓮は睡蓮に甘いと聞いたことがあるが、本当にそうなのか疑問に思う視線の注ぎようだ。

「加奈子に師匠を任せて僕はどうなるのでしょうか…」
「そこまで分かってるなら聞かなくてもいいだろ。呼んで来い」

 今一度華蓮が冷やかな視線を向けると、睡蓮は苦笑いを浮かべてリビングから出て行った。

「せんぱ…ごほっ、気付いて、たんじゃ…?げほっ」

 先ほどからの睡蓮の話を聞いている限り、どうやら睡蓮は名前こそ出さないものの、秋生の話を結構していたと思われる。華蓮の勘のよさなら、気付いていてもおかしくはない。
 秋生が咳き込みながら問うと、華蓮は「喋るな」と言ってから溜息を吐いた。

「大体見当は付いていた」

「どうして言わなかったんです?」と、また指摘されるのも嫌なので、今度は紙に書いて問う。

「本人が隠したがっているものを、わざわざ言わなくてもいいだろ」

 それは確かにそうだが。隠しているつもりでバレているというのは、本人としてはかなり恥ずかしいものがある。秋生は良狐の件で既にその体験をしているからこそそう思うのだが。

「睡蓮のこと怒るなら、俺も同罪ですから、一緒に叱られます」
「別に怒ってはいないし、睡蓮を叱るつもりもない。あいつが勝手に勘違いしてるだけだ」

 そう言って、華蓮は楽しそうな目つきで視線を睡蓮が出て行った扉の方に向けた。

「また人をからかって遊んでる…」
「お前と同じで、睡蓮もからかい甲斐があるからな」

「性悪」と、秋生がそう書いた紙を華蓮に向けて掲げると同時に、勢いよくバタンと扉が開いた。



「秋!!」
「にゃー!」

 扉の向こうから、とても焦った様子の加奈子が飛んできた。その後ろにはクロもくっついている。

「いやよー!私が成仏する前に死んじゃうなんて!!」
「にゃーっ、にゃーっ」

 加奈子が泣きじゃくり、クロも何かを訴えるように鳴いている。一体、加奈子とクロの中で秋生の容体はどう解釈されているのだろう。

「騒ぐな。何を言われたのか知らないが、死にはしない」
「えっ……だって、睡蓮がもうもたないって……」
「そんな状態でうちに連れてくるわけあるか」

 華蓮の言葉を聞いて、加奈子が目を見開く。そして一瞬置いて、リビングのものがガタガタと揺れ始めた。

「すいれ――――ん!!また騙したわねぇっ!!!」

 ソファまで揺れるので気持ち悪くて寝ていられなくなった秋生は、体を起こして辺りを見回した。
 すると、加奈子の怒りがポルターガイストとなって、リビングが怪奇現象の祭りとなっていた。家具がガタガタ音を立てるだけにとどまらず、テレビがバチンと音を立てて電源をオンにし、椅子がガタンと倒れ、カーテンがバサバサとはためきだした。

「お前が僕の部屋に変なしかけするからだろ!バーカ!」

 睡蓮が入ってきたことでポルターガイストが一層強さを増した。これはどうやら睡蓮の力のようで、電源の付いたテレビが宙に浮き、冷蔵庫がバタンと開いたかと思えば、今度は電気が消えたり付いたりし始めた。

「き―――っ!!今日こそは絶対に許さない!」
「それはこっちの台詞だ!かかってこい!」

 まるで兄弟げんかだ。しかし、そのスケールは一般家庭の兄弟げんかの非ではない。喧嘩するほど仲が良いとはいうが、これをこのまま容認していると家が壊れるのではないだろうかと言うレベルだ。

「貴様ら…いい加減にしろよ」

 ぶわっと、華蓮を中心に風が舞うと、次の瞬間にはポルターガイストの祭りがぴたりと止んだ。かと思うと、次の瞬間には睡蓮と加奈子が華蓮に首根っこを捕まれてまるで猫のようにぶらさがっていた。

「か、華蓮……?」
「夏…何する気…?」

 睡蓮と加奈子が青ざめた表情で華蓮を見上げる。

「次にやったらどうするか、この間言ったはずだが?」

 前にも同じような喧嘩をしたことがあるらしい。というか、この様子だと多分ここに加奈子が来ているときは毎回のことなのだろう。

「えっ…!ちょと…、本当に納屋に!?」
「いやよ!あんな狭い所に睡蓮と2人なんて……!」

 睡蓮と加奈子がじたばたと暴れる。しかし、それくらいのことで華蓮の手から抜け出すことはできないようだ。

「自業自得だ。…クロ、秋生に何かあったら教えてくれ」
「なー」

 クロは華蓮の言葉に頷くと、秋生の上に乗っかってきた。とはいえ、クロは幽霊なので重みはなく、それが苦痛になることはない。
 華蓮はその光景を見届けてから、2人の子どもたちをぶらさげてリビングを出て行った。


「……寝よう」

 今のポルターガイストのおかげで、大分頭痛がひどくなったし、吐き気まで催しかけている。ここは大人しく寝ておくにこしたことはない。
 秋生は実体のないクロを抱くようにしてソファに寝転ぶと瞼を閉じた。


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