24、「頑張れ」
どこに行くのかわからないまま、涙で自力で歩くことが困難だった私はカカシ先生の腕を掴んで後を歩いた。
着いた場所はいつも鍵がかかって入れない(立ち入り禁止の札付き)の屋上だった。
何故カカシ先生は鍵を持ってるんだ。こいついつもここでサボってるな。なんてどこか冷静にも考えながら私もなんの躊躇もなく扉をくぐった。
屋上に着いた瞬間糸が切れたように膝が崩れ落ちた。
両手で顔を煽って涙が止まらなくて必死で止めようとしてるんだけどその努力は無意味で、
カカシ先生はそんな私になにかするでもなく、いつも羽織っている白衣のポケットから本を取り出して読み始めた。
でもそれがなぜか心地よい空気のようになって、私はえんえんと涙を流した。
奈良シカマルの「恋をしている顔」は、思ったより私の胸を一突きだった。
「……す、すいません」
時間が経てば自然と涙は止まっていくもんで、私は制服の袖を伸ばして顔と(さりげなく鼻水も)拭いた。
「ん。落ち着いたか?」
「……すんません」
なんだかデジャヴ?この状況前にもあった。なんだ私カカシ先生の前ですごい泣いてる。
「どうした?って聞いたほうがいいなら聞くけど」
「…前回は心配して聞いてくれたじゃないですか、」
「ん?"先生に話すことじゃない"ことなら言いたくないんだろ」
「………わかってるんじゃないですか…」
「お前が勉強のことで泣くようには見えないし、」
「、な!」
「家のことであんな顔で女の子は泣かないデショ」
「……さすが先生は大人ですね…、」
カカシ先生は「まあね」と少し困った顔でうなずいた。
「……………先生、子供の恋ってやっぱり大人の先生にしたら鼻でケって感じですか…?」
いつものようにちゃかされると思ったから少し真面目に聞いてみた。
けど私の想像とは遥かに違ってどこか真剣に、
「全然思わないよ」
「…」
「むしろ子供の頃の恋の方が、真剣だった気がするな。まっすぐにその人のことが好きだった」
どこでもなく見つめてるカカシ先生はどこか切なそうな顔でつぶやいた。驚いた、先生もこんな顔するんだ。
「ん?なに?」
けどすぐいつもと変わらない眠そうな目で私を見た。あの顔は私の見間違いかって思うくらい本当に一瞬の顔だった。
「先生も恋したことあるんだ…」
「そりゃあるでしょ。キミね、俺をいくつだと思ってるの」
本当に呆れた顔で私を見るカカシ先生に私は少し笑みが漏れた。
「先生といるとなんだか安心するよ。いつもは怖いけどさ。お父さんってこんな感じなのかな」
「ん〜…お父さんにはまだ俺若すぎでしょ。お兄さんでいいんじゃないの?」
「違う違う。先生はもうおじいちゃんの域なんだよ、だからお父さんでもギリだよ」
「失礼だねお前」
そう言って先生は私の頭にポンと手を置いた。そのままゆっくりと撫でる。
ビックリして顔を上げた。目が合うと先生はニコリと笑いかけてくれて、なんだかそれがこっ恥ずかしくて思わず俯いた。
「やっぱり、お父さんだよ。きっとこんな感じだよ」
「じゃあお父さんでいいか、」
「うん」
なんだか嬉しくてニヘラと笑うと、カカシ先生は「俺そんなに老けて見えるのか…」と今更傷ついてるみたいだった。
「カカシ先生…」
「ん?」
「ありがとございます」
改めて言うのが恥ずかしくてちょっと早口になった。そんな私を先生は笑って頭をポンと叩いた。
私に合わせてしゃがんでくれていた腰を上げて、「うーん」と伸びをした。そして、
「俺はお前の気持ち、わかるよ」
「…え?」
遠い記憶を見ているような目でカカシ先生は切なそうに笑ってた。
「……、」
「だからさ、」
…ああだから、だから先生は私を笑わないんだ。子供の恋だからってちゃかしてこない。先生も昔、真剣に恋をしていたんだ―――。
「頑張れ」
「頑張れ」このエールがこれからも私の心を支えてくれるなんて今の私はまだなにも知らないけど、カカシ先生はどんな気持ちで言ったんだろうと考えると私の心はすごく痛くなって、でもすぐ心地よくなるんだ。
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