12、悲劇のヒロイン




「おい、待てって!」


どれぐらい走ったのか、いつのまにか私は汗だくになって息が乱れていた。
強く掴まれた腕に少しだけ痛みを感じて、私はやっと我に返れた。



「どうしたんだよ、急に走って…」

「……」

「な、おま!」

「……ごめ、」

「なんで泣いて……………」


「…………」


「…お前もしかして、よ」


「……………」



「…………好き、なのか?」

「……」

「シカマルのこと、好きなのかよ…?」






































真っ暗闇の視界が、うずくまっている布団の隙間から光が差し始めていることに気が付いた。
どうやら朝になってしまったようだ。


目を瞑ると昨日の出来事を思い出してしまう。
消し去りたいのに、脳にこびり付いて離れてくれない…。




頬を伝う涙の痕がパリパリと少し痛くて、その痛みがまた昨日の光景を思い出させる。




たかが失恋しただけ、


それだけなの。


それだけなのに……。


思い出したくなくてギュッと目を瞑った。























「よーす!なまえ」



突然視界が眩しくなった。
目を細めて何が起こったからわからないこの状況を理解するために脳がフル回転を始めている。
目の前にいる、布団をはぎとったヤツを眺めた。
思わず口がパクパクと動く。


「お前は鯉か。えさは持ってねーぞ」

「な、な……、」

「なんちゅー顔してんだよ」

「なななななんでキバがいるの…!?」



そこには今の私とは到底真逆にいるであろう満円の笑みを浮かべているキバが立っていた。





「よし起きたんならさっさと準備しろ」

「ええ?」

「下で待ってるからよ、早くしろよな」

「なななちょちょちょ!なに?なにがどういうこと?」

「うるせーな、出かけんぞっつってんだよ」

「はあ?なにを急に…」

「グダグダ喋んな。さっさとしろ。じゃあ後でな、」

「待ってよ!」

「…んだよ、」


ドアを開けて部屋から出て行こうとするキバの後ろ姿を呼び止めた。
顔を横に向けて目だけ後ろにやって私を見るキバに少し言葉が詰まった。



「行きたくない…」

「………」

「そんな気分じゃないよキバ」

「…………」

「わかるでしょ…?」



そう言い終える頃には私は昨日の光景を思い出して顔を俯く。
遊びに行く?
無理に決まっ、


「うるせー!さっさと支度しろバカヤロウ!」


ダン!
怒鳴られて勢いよくドアを閉められた。
ドンドンと大きく響く足音が遠ざかっていくのがわかる。
私はあっけにとられたままドアから視線を外せずにいた。









































「いやあいい天気だな!」

「……」

「お腹空かね?どっか入るか?」

「………」

「あーと…、そだ!ショッピングすっか!?」

「…………」

「だー!うぜーその辛気臭えオーラ!吐き気するうえうえ!」

「なによ!私は別に遊ぶ気分じゃないのに無理やりつれてきたのはキバでしょ!」

「うるせえ!俺はなあ!」

「なに!?」

「…なんでもねえよ、それより早く行きたいとこ決めろよ」

「だから…、そんな気分じゃないって」

「だからってこんな道で立ち往生しててもしょうがねえだろ、」

「……」



「どうせ家に居てもろくなことねえだろ」

「…、」

「外でバカのことしてたら少しは気、紛らわせるんじゃねーの?わかんねえけど」

「キバ…」


「…どうすんだよ」

「……行く」

ポツリと呟くとキバはにぱあとバカみたいに笑って私の手を引いた。


「よし!行くぞ!」

「へ?ちょ、どこに?」

「スカーッとするとこに決まってんだろ!」

「スカ?」

「ほら行くぜ!」
































「ギヤアアアアアアアアアアア!!」


「ひゃっほーい!」


体いっぱいに強い風を受けながら止まることの知らないソレは猛スピードでレールを走る。
隣では両手を上げて笑顔いっぱいに楽しんでるキバをよそに私は涙を風に乗せて半べそをかいていた。


ゴールについたソレはガタンと音と共に止まった。
乱れた髪のせいで少し前が見づらい。
隣では涼しげに立ち上がるキバをただ見上げあまりの恐怖に思わず笑みが漏れだす。



「あ、はははは…」

「楽しかったな!ジェットコースタ!」

「…はは」

「よし!次はあれに乗んぞ!」

「……!!」

指さす方はこの遊園地最大の絶叫系マシーンだった。あまりにも恐ろしいことを言い出すキバを盛大に睨んで見せる。


「やだ!やだやだやだ!!」

「んだよ!乗ろうぜ」

「やだ!吐く!気分悪い!自分ひとりで乗ってきてよ」

「はあ?一人で乗ってなにが楽しいんだよ」

「私はいかないよ!もう無理、くらくらする!」

「体力ねーな、」


ポツリと呟くキバにカチンと来る。ただでさえさっきから絶叫系オンパレードと言うのに、キバって本当デリカシーってもんがない!


「もう知らない!」


キバに一喝して踵をくるりと返してズカズカと歩き出す。
もう知らない!もう知らない!
だいたい私は一応女の子なんだからね!体力ないの当たり前だしね!キバってばキバってば!



「あ、おい!」

慌てた声が聞こえてすぐに追いかけてくる足音が聞こえる。


「なに怒ってんだよ」

「怒るでしょふつー!ふつー怒るもんね!」

「はあ?俺なんかしたか?」

「〜〜〜バカ!」


どんだけ無神経なのよ!
あまりにも腹が立ってキバをボカンと殴る。


「いてー!」

「バカ!」

「バカバカうるせーな!なんだよ人がせっかく励ましてやってんのによ!」

「誰も励ましてなんて言ってないもん!キバが無理やり連れて来たんじゃん!」

「なんだよそれ!すげームカつく」

「それはこっちのセリフなの!」


数秒睨み合いっこをして、すぐに「ふん」とお互いそっぽを向いた。



「そんだけ口が動けりゃあ大丈夫だな!」

「なによそれ!」

「心配して損したぜ!」

「だれが心配してって言ったの!」

「だー可愛くねえな!だから失恋すんだよ!」

「…!」

思わずキバの頬に向かって手が伸びていた。その瞬間鈍い音が私の耳の奥でやけに響いた。


「バカ!」

「…あ、おい!」


ジンジンと痛む手のひらをギュッと握ってその場から駆け出した。キバを叩いてしまった罪悪感やそれでも言われた言葉に傷ついてしまった気持ちが複雑に交差していく。
堪らなくて走りながら涙が溢れてきた。





「だから失恋すんだよ!」





その言葉が何回も繰り返し聞こえてくる。
わかってる、わかってる。
ただ、期待してしまった。
あの日、見てるだけじゃ知ることができなかった奈良シカマルが見れて…、ただ勝手に期待してしまっただけなの。もしかしたら…、頑張ったらもしかしたらって…。


"失恋"だなんてそんな聞こえのいいもんじゃない。
私は"失恋"したなんて言えるほど頑張ってないもの。






それなのに、落ち込んで、気にしてくれたのにキバに当たってた。





最低…、私。

最低だ。







悲劇のヒロイン






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