4、神様にやっぱり感謝
「どうでもいいけどよ、なんで昨日嘘ついたんだよ」
「え、…………」
3日目の放課後。
奈良シカマルがいつものように私の教室へ、
しかも来るなりそんな拷問のようなことを聞くので、私は目を泳がせた。
「お前じゃないっつったよな」
「………や、だからですね、その……」
なんてもじもじしながら慌てて言い訳を考える私。
今朝は無邪気に笑顔を見せてくれたのが壊れていくかのように、今の奈良シカマルは眉間をグッと寄せて呆れた顔をして私を見ている。
やっぱり好き!なんて舞い上がったがバカ。
あれは夢で、現実はこっちだったか!
「ま、別にいいけどよ」
困り果ててる私に気づいたのか、それ以上詮索する気はないようで、またいつものごとく机に置かれたプリントに手を付け始めた。
奈良シカマルってば、自分から話を振っといて結局「ま、別にいいけどよ」って話を終わらすというツンケンさがある。
や、私の返答がなんとも的外れで、会話がままならないからだけど。
あ、でもさ、それって………、
私とお話し、しようとしてくれてる……ってこと、だったり…、す、するのかな…。
ななな、なんてね!
と、心の中で勝手に舞い上がっていると、なんとも言えない視線を感じた。
恐る恐る横を振り向くと、これまたなんとも言えないほどの呆れた顔で私を見る奈良シカマルと目が合った。
「お前、なに一人で笑ってんだよ……」
「や、やだ!私笑ってました……?」
「ああ。なんかすげー不気味だったな」
ガ―――ン。
不気味…、不気味…、ぶ、きみ…、
ショックを受ける私に追い打ちをかけるように、奈良シカマルは「はあ」とため息をして私のプリントに視線を向けた。
「つか早くそれ終わらせろよ。お前まだ1枚しか終わってねーのわかってんのか」
「……ご、ごめんなさい」
「ったくだから謝らんでいーから、ホラやれ」
「は、はい!」
慌ててシャーペンを手に持って、2枚目のプリントに手を付ける。
と、言っても…、カカシ先生から渡されたプリントは50枚。それを二人で分けて25枚。
私はまだ23枚残っている…、残り4日。ハイ無理!
でも、今回はそういうわけにはいかない。
連帯責任なんだ。奈良シカマルに迷惑をかけるわけにはいかないのよ!
そんなことしたら、もう完璧に、嫌われてしまうんだから……!!
でも、こんなちんちくりんな私の頭で、23枚残り4日でやれるのだろうか…、
だって1枚目だってやっとの思いで仕上げたんだもの。
………まあ合ってるか合ってないかは別にして…。
「あー、めんどくせー」
「ま、まったくですね」
「………お前さ、それやめね?」
「え?」
勉強という作業に痺れを切らした奈良シカマルが大きく伸びをして愚痴をこぼした。
引きつった笑顔で遠慮がちに横を向き、
奈良シカマルの言葉に乗ってみると、奈良シカマルは眉間を寄せ、困った顔で私を見ていた。
「敬語」
「あ、」
「なんか居心地悪ぃ」
「あ、ごめんなさい」
「あと、それも」
「………」
「"ごめんなさい"、お前何回謝んだよ。別に謝らんでいいつったろ」
「あ、ご………う、うん」
言っている傍から謝りそうになり、慌てて言葉を飲み込む。
その変わりに、特上の引きつった笑顔で頷いて見せた。
そんな私を見て、奈良シカマルは「はあ」とため息をついて、プリントをカバンにしまった。
「まあそんだけ」
「う、うん」
「じゃ、俺ボチボチ帰るわ」
「あ、お疲れさま」
「お前は………、まだやるか」
まったく進んでないプリントを見て、奈良シカマルは呆れた顔で私を見た。
私は苦笑いを浮かべるしかなくて、「あ、はは」と笑っていると、奈良シカマルは私から背を向けた。
「じゃあな、…あ、」
「は、ハイ?」
「………お前、グランドばっか見てねえで、残るならちゃんとプリントやれよ」
「……………」
思い出したように振り返り、奈良シカマルは本当に呆れた顔で私を見た。
それだけ言い終えると、またスタスタ歩き出して教室から出て行き私は呆然と閉められたドアを見つめた。
瞬く間に急上昇していく私の体温。これはもうまさしく私の顔は「赤面」しているに違いない。
グランドを覗いているのがバレてしまっている今、
今更なんだけど…こう…、改めて本人の口から言われると、恥ずかしくて、恥ずかしくて、死んでしまいたくなる……!
一人残された教室。
両手で顔を隠して自分の羞恥心を鎮めようとしていると、外から「シカマルー!」と叫ぶナルトくんの声が聞こえた。
その言葉に私の耳はピクっと動く、に決まってる。
なんの会話をしているかわからないが、ナルトくんたちの声が聞こえる。
かすかに奈良シカマルの「やめろっての!」の声が聞こえるとまた私の耳はピクピク動く。
…私はアホか。
さっきまで隣で奈良シカマルの声を聞いていたというのに、まだ反応するか私の耳は。
自分に呆れつつ(そりゃ何回も奈良シカマルに呆れ顔されるわけだな)、私の体は窓際へと引っ張られる。
いのの席に座った私は、ふと我に返りまた自分のアホさ加減に赤面した。
もう自分のバカさ加減に嫌気がさす!
さっき言われたばっかだというのに、
「グランドばかり見るな」って言われただろうに、
「プリントやれ」って言われただろうに、奈良シカマルに!
でも、あんな彼らの声を聞きながら、課題やれっていうのが無理な話。
少なくても私には無理。なぜなら私の頭はちんちくりんだから。
そう、ちんちくりんのする行動なんて、自分で制御できるわけない。
だから私はM女高しかいけないアホな子に育ってしまったんだ。
なので私はグランドを見てよし。
そーと、横をチラっと見る。
もちろんプリントをする振りをしながら。
今朝が野球だったからか、また野球をして遊んでいる。
でもバッターボックスに立っているのはキバでもナルトくんでもなかった。
「奈良シカマルだ…」
奈良シカマルがゲームに参加してるなんて珍しい…!
私は期待を込めて奈良シカマルの姿を眺めた。
ピッチャーとして立っているのはキバ。
外野はナルトくんが立っていた。
キバは元気よく両手を突き上げてなにか言っている。
あの子のことだ、「ぜってー打たせねえ!」って言ってるに決まってる。
キバの「うらあー!」という雄叫びがこっちにも聞こえるほどの勢いをつけて投げたボール。
次に聞こえたのは、カキーンという気持ちいい音。
「打った…!」
ボールを打った奈良シカマルは一塁ベースへと走った。
キバは後ろを振り返り、ナルトくんを見る。
ナルトくんはバウンドしたボールをキャッチすると、いつの間に一塁に移動したキバにめがけてボールを投げた。
でも、キバとナルトくんの間があまりにも距離があったため、ナルトくんの投げたボールは道を逸れ、丁度走ってくる奈良シカマルに向けて飛んでいく。
キバとナルトくんの「あぶねえ!」という叫び声に、奈良シカマルは寸前のところでひょいっと避けたけど、その拍子にズッテーンとコケてしまった。
「あ………!」
私はガタっと立ち上がり、地面に倒れてる奈良シカマルの背中を眺めた。
キバとナルトくんとチョウジくんが奈良シカマルの元へと駆け寄っている。
なかなか起き上がらない奈良シカマルに私の心臓は急速に波を打つ。
大丈夫なのだろうか、どこかケガはしてないだろうか、もしかしたらコケた拍子に頭を打ったんじゃないだろうか、
マイナスなことが頭の中でぐるぐるぐると回っていて、
私は慌てて教室から飛び出した。
「…あ?何してんだよお前」
走って下駄箱まで来ると、ちょうど奈良シカマルがひょこひょこ足を引きずりながら玄関に入ってくるところだった。
「しかもなに慌てて、」
「な、奈良くん…、!」
「あ?なんだよ」
「は、早く!」
「あ?あ、ちょ、」
足元を見ると、膝からダラダラと血が流れていて、そんなもんを見てしまった私は余計に慌ててしまった。
急いで奈良シカマルの腕を引っ張って、保健室への道のりを走る。
引っ張られて走らされてる奈良シカマルは、足の痛みからか後ろで「いてーって!」なんて叫んでいる。
でも、テンパってしまった私にはそんな言葉、全然聞こえていなかった。
「ケガ人ふつー走らせるか?」
「ご、ごめん…」
保健室につくと、ドアには「会議中のため留守」という紙が貼られていた。
幸い保健室は空いていて、そのまま奈良シカマルを保健室に入れる。
慌てて椅子に座らせると、奈良シカマルは「はあ」とため息をついた。
そのため息がいつもの呆れたため息とはあまりにも違っていたので、私はハっと我に返った。
恐る恐る奈良シカマルを見れば、ちょっと怒った顔で私を見ていた。
「……早く手当しないとって思って、」
「ったく、」
「ごめん…」
しょぼくれた顔で、消毒液をつけたガーゼで垂れていた血を吹いたあと、傷口に触れた。
チラっと奈良シカマルを見れば、滲みるのか顔を歪めている。
血を拭くと、傷口は大したことはなく私はホっと胸を下ろした。
けど、すぐに嫌なことが頭をよぎっていく、
「あ、頭は打ってない!?足は捻ってない!?他にどこか痛くない!?」
「……………あ、ああ、ねーけど…」
私の剣幕に押されたのか奈良シカマルはのけ反って答える。
「あ…良かった……」
これでやっと安心した…と、肩をぐったりと落としてため息を吐いた。
「つーか、お前。グランド見てたんだな」
「あ、」
「プリントやれって言ったろ」
「………ご、ごめん」
「どこまで進んだんだよ」
「え、えー…と、」
「ったく、やってねえプリント後でよこせ」
「え、」
「俺がコケたから慌てて来てくれたんだろお前」
「う、うん……」
「ま、手当もしてくれたしな。そのお礼」
「……………」
「なんだよ、」
眉間に皺をグググと寄せて、私から視線を逸らしながら言う奈良シカマルに、私は目をパチパチさせた。
これって、属に言う…、テレてるんじゃ………、
「な、なんでもない!あ、ありがとう…」
そういうと、奈良シカマルは私のおでこをピンとはねた。
「あた!」
「それは俺のセリフだっての」
「…、ああ、いや別に、そんな…」
「ありがとな」
「……そ、そんな!」
改めて言われるとなんだか恥ずかしくてテレてしまった。
そんな顔を隠そうとしてみたものの、ちんちくりんの私にはそんなことできるわけもなく、へらりと笑ってしまう。
でもチラっと奈良シカマルを見れば、眉を上げて笑っていて、奈良シカマルがあれ以来に見せる笑顔に、私はまた思考回路の停止の危機に陥る。
固まったまま椅子に座っていると、奈良シカマルはゆっくりと立ち上がった。
「さ、そろそろ俺行くわ」
「あ、うん」
「サンキューな。いいヤツだぜ、お前」
「………え、」
「じゃあな」
バタンと閉められたドアを赤面で見つめる私。
いいいいい今、なんて言ったの…?
いいヤツだぜ、お前…、いいヤツだぜ、お前…、いいヤツ…、いいヤツ……。
い、いの、もしかしたら私…、まだ砕けるの早かったのかもしれない…!
神様にやっぱり感謝
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