「っ痛いのォ・・・何やねん。そないキレんでもええやんけ。別に織姫チャンオマエの彼女とちゃうやろ」
「違う!つーか井上にはあとでちゃんと謝っとけ!そこは当たり前だ!」
どうやら音の原因は一護と平子のよう。平子くん学校来てたんだ。昨日一護と少し争ったと聞いていたから心配だったのだが。二人の間に割って入っていく勇気がなく塀越しに様子を伺う。
「・・・平子・・・お前・・・なんでまだ学校に来てんだ・・・!?」
「ムチャ言いよんなァ、ガッコ来るんは学生の義務やろ」
平子はどこか飄々としていて一護が怒っているのがわかる。ヒヤヒヤした、元々一護は喧嘩っ早いのだ。殴ったりしたらどうしよう。止められる自信がない。
「お前がウチの学校に来たのは俺を仲間に引き入れる為じゃねえのか!!だったらもう学校に用は無え筈だろ!!」
「・・・なんでやねん」
しつこいでオレは、オマエがウン言うまでいつまででもまとわりつくで。と声色を変えた平子。あの時と一緒だ、自分が簪を問われた時と。常にふざけ倒している彼だが一瞬だけ真面目になる節がある。見透かされているような、怖い瞳で。
「オマエがどう思おうがオマエはもうこっち側やねん一護」
ナマエや織姫、茶渡と石田や他の死神達も仲間ではないと。こっち側ってなんだ。一護が悩んでいる虚に呑まれているということに関係があるのか。胸の前で両手を握る。不安だった、一護が向こうに取られてしまいそうで。
「・・・ホンマはもう気ィ付いてんのと違うか?お前自身の内なる虚がもう手ェつけられんぐらい巨かなっとるゆうことに」
そうなの、か・・・。一護は心配かけまいと色々隠す癖がある。自身が弱くては皆を護れないからと、仲間を護る為に心配させてはいけないと。虚に呑まれそうになる、と昨日言ってくれたが、そもそも会わなかったら教えてもらえなかったのでは。と思った。そんなことを考えていたら思わぬ言葉が飛んでくる。
「あと、ナマエチャンのことよォ見とき。あの子の霊圧、今ぐらついてんで」
「・・・なっ!!ナマエの霊圧が・・・?!オマエあいつに何した?!何て言ったんだよ」
「・・・一気に言うなや、オレは聖徳太子ちゃうねんぞ」
ナマエのことを話し出した平子、霊圧がぐらついていると、そんな自覚はなかったけど。彼同様に疑問がたくさん浮かんでくる。一護を仲間に誘おうとするわ、自分のことを気にかけてくるわ。彼は何をしたいの?
「せやから、ナマエチャンが・・・っ」
『平子くん!その話直接聞かせて!!』
「うおおおう!!!何でオマエそこに・・・っ、つーかスカートの中見えそうだから足おろせ!」
自分の話をされているのが気になって仕方が無かった。直接聞きたい、いてもたってもいられなくなって塀をよじ登るナマエ。登りかけの塀へ片足を掛けた状態が下着が見えそうで急いで隠す一護。予想外の彼女の登場に、先ほどの緊迫した状況が変わってしまった。
「・・・ナマエチャンやん、おはようさん。朝からそないなサービスしてええの?」
『おはよう平子くん、サービスしてるつもりはないよ。あと、霊圧がぐらついてるってどういうこと?』
ナマエのスカートをひっぱりパンツが見えるのを防ぐ一護を放置して平子にくい気味に問いかける。彼はにやりと笑うと「またそれつけてるんか」と言った。多分、簪のことだろう。
「妬ける言うたやん、何でそない彼氏からのプレゼント毎日つけるんや」
『毎日つけるって約束したから。でも今はそれは関係ないでしょ!』
・・・彼氏?という一護の独り言を無視して塀を降りる。また話をそらそうとして・・・。そう何度も引っかかってはやらないんだから。
「関係しとる言うたらどうするん?」
またあの瞳だ、ひょうきんな皮を被ったくせ者。平子が何をしたいのかわからない。逃げ腰になりそうな身体に足を踏ん張る。ここで退いたらまた聞けなくなる。しかし、今度平子はナマエではなく一護を一目見て表情をしかめた。
「オマエがシャキっとせえへんから、ナマエチャン影響されたんちゃうか!」
「・・・なにが・・・言いてえんだよ・・・」
「垂れ流すな言うたやろ!霊圧の話や!そこまで言わんとわからんのかい、ボケが」
あからさまに喧嘩を売る平子。拳を震わせる一護の腕を掴んだ、お願いだから大きな揉め事にはしないで欲しい。殴るなんてもってのほか。彼の目を見てそう伝えると震えていた拳は力を抜く。
「はは、なんやァ?ナマエチャンのいいなりかい。織姫チャンもナマエチャンもってオマエ欲張りなんちゃうか?」
「てめえにゃ関係ねえだろ!!だいたいナマエの霊圧がどうのって・・・っ」
「はいはいーい!そこ喧嘩しない!もうチャイム鳴ってるでしょ!」
再び平子の胸ぐらを掴んだ一護、渡り廊下の入り口からは越智先生がこちらを見ていた。チャイムが鳴っていることに気づかなかった。平子との会話に夢中に鳴りすぎていたのだ。平子は一護の手を払いのけると、ズボンの砂埃をぱんぱんと叩く。
「そういや、今日休み明けテスト言うてたな。転校して早々絡まれるわ、休み明けテスト受けさせられるわ、オレ可哀想な生徒やな」
「今のは見なかったことにしてあげるから早く行きなさい。っていうかミョウジは何で革靴なの、シューズに履き替えてきなさい」
先生の登場により、その場を移動せざるを得なくなった三人。平子はにんまりとしてナマエを見る。本当に何がしたいのだろう。彼の表情からは何も読み取れない。彼は斬魄刀を使う、恐らく死神。ルキアの様に義骸に入ってるということ?何もかもわからない、争いごとが起きないことを願うばかりだ。
『痛ったーい・・・、何も殴らなくても』
「お前馬鹿か!制服着てんの忘れんなよ!危うく下着見えるところだったんだぞ!」
ここは非常階段、休み時間昼食も食べ終わりどう過ごそうかと悩んでいるとついてこいと言われた。そして、先程の塀をよじ登った件について拳骨で怒る一護。たかがパンツぐらいで何よ・・・減るもんじゃないし、と愚痴垂れるナマエの頬を両側から引っ張る。
「俺が隠してやったんだぞ!ごめんなさいとありがうございますは?」
『ご・・・ごめんなひゃい・・・あいがとうございまふ・・・』
手が離れた後も摘まれた頬は痺れていて。その痛みを緩和させる為に摩っている彼女。その様子をちらりと見ながら、ため息を着く。・・・ったく、何でこんなにも危機感がねえんだ、だから今朝だって俺に唇奪われそうに・・・って、違う違う!そういえば、平子は気になることを言っていた。
「・・・彼氏って何の話だよ」
『平子くんが言ってたこと?気にしないでよあんなの』
軽く流そうとするナマエに違和感。何だよ、はぐらかしやがって・・・何か隠してるみたいな言い方じゃねえか。そういや簪がどうのこうのって言ってたな。彼氏に貰ったって・・・誰だよ。
「だったら、それどうした?今までそんなのつけてなかったろ」
やけに探りを入れてくるような質問をしてくる一護。言いたくない、なんとなく言いたくなかった。何故かは自分でもわからないけど。檜佐木副隊長からもらったのが事実で、けれどそれを知られるのが嫌だと思ってしまった。
『・・・一護には、関係ないよ・・・』
ダン、と音が鳴る。目の前には怒りが目に見える表情の彼。ナマエの顔の横には音の根源となる腕。壁と一護に挟まれたのだと理解する。そんなに怒らせるようなことをした覚えはない。
「関係ないで済ませんなよ。平子だってああ言ってたんだ、その簪に何かあることくらいわかんだろ」
じりじりと詰め寄る一護に顔をそむける。そうかもしれない、だから簪の送り元を知りたいということか。だけど、やっぱり知られたくない気持ちも大きくて。壁ドンなんて全然ときめかないじゃない、と適当なことを考えてその場をやり過ごそうとする。
「それに霊圧がぐらついてるってのも初耳だった、何で教えてくれねえんだよ」
『わ、私だって初めて聞いたよ!自分でも自覚なかったの。それに自覚があったとしても言えないよ。一護が今大変な時期なの知ってるから。余計なこと考えて欲しくない』
ぷちん、と何かが切れる音がする、何かとは言わずもがな一護の血管が切れた音だ。気づけば、するっと抜かれた簪、髪がぱらぱらと落ちる。それは一護の手に収まっていた。非常に意地悪な顔をしている。
「余計なことかどうかは俺が判断する。これ、返して欲しけりゃ全部吐け」
『わっ、酷い!ずるい!返してよ!』
カツアゲみたいな、一生徒を虐める不良のような。ナマエでは絶対に届かないであろう位置まで持ち上げる。なんか、こんなこと今までにもあったような。ああ、そうだ。中学三年の時、チョコレートを取られたときもこんなことされたんだった。是が非でも簪のことを吐かせようとする一護。聞かれたくないことの一つや二つ誰だってあるっての。この前言いたくないことは聞かないとか言ってなかった?!
「へえ、綺麗だなこれ。オマエにはもったいないんじゃねえのか」
『それこそ余計なお世話、いいから返して!』
「やだね、だったら全部吐けよ。そしたら返してやる」
得意げに簪を掲げるとほれほれ、と煽ってくる。ああもう!!何なのよ、心配してきたかと思えば急に意地が悪くなって。もう面倒だ、全部吐いてしまおう。
『・・・檜佐木副隊長からもらったんだよ』
「・・・え、それって死神の・・・」
近くにいない代わりにこれをつけてくれと言われた。私を護ってくれるものだと。定かでは無いけれど、昨日の虚からだって護ってくれた。私の・・・宝物なんだ。彼は別れ際、ああ言ってくれたけど、もう会うことがないかも知れないから、大事なものなんだ。すると目の前に降りてくる簪。
「悪りィ、ふざけすぎたな。そいつの出所を知っときたかったんだ。平子が注目してたから何かあるのかって・・・」
『・・・何もないよ、きっと・・・』
一護から受け取り、再び髪に挿す。もう簡単な結い方なら学んだ。鏡を見らずとも結える。少しだけ悲しそうな彼の表情に首をかしげた。
『・・・な、に?』
「大事か・・・、命の恩人だもんな。そりゃそうか」
何故悲しそうな顔をするのかわからなかった。視線をそらして俯く一護。軽く拳をにぎり下唇を噛む。そんなに強く噛んだら血が出ちゃうよ、と勝手に動いた手は一護の頬へ。そっと触れるとぴくりと反応する彼と瞳が交わる。あてがった手を掴まれた。
「彼氏・・・・・・じゃ、ねえんだよな」
『・・・っ違うよ!そんなんじゃ・・・っ』
「じゃあそいつのこと・・・別に好き、とかでもねえよな?」
不安の色を宿した瞳でそう問いかけてくる。何故そんなことを聞いてくるのか。私がこの簪を大事にしているから?檜佐木副隊長を疑われたときに少し怒ったから?一護の問いになんてこたえようか迷う。その間、どんどん眉間のしわが濃くなっていく彼。平子が彼氏、と言っていたから不安になってしまったのだ。そんな間柄じゃないと言って欲しい。嫉妬と葛藤するもなかなか彼女からは答えが返ってこない。自分の気持ちを伝えてしまえば良いのかもしれない、けれど・・・今のままの俺ではだめなんだ。でも、ナマエが他の男に取られるのはもっと嫌だった。
(頼むから何でもないと言ってくれ)
(檜佐木副隊長のことが・・・好き?)
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