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本気か定かではないが檜佐木は着物姿を褒めてくれた。そのままでも可愛いが、着物姿も綺麗だと。そんなストレートに褒められたことがないナマエは、ただただ照れる一方で。そして、今日も着物を着て欲しいと注文が入ったので着ることに。自分一人で着るとなると、恐らく時間がかかるだろうと思い午後一迎えに行く、と言った彼を待たせぬよう朝から四苦八苦しながら着物を着ている。ちなみにルキアからは着物の返却は最終日で良いと言われた、助かったよルキア。
『あれ・・・その服どうしたの織姫』
帯を巻き終わった辺りで織姫が部屋に入ってきた。彼女は死覇装ではなく此処へ着た時の服。・・・なのだが少しだけアレンジが加わったものを着ている。どうやら時間を持て余した石田が作ってくれたらしい、もう手芸部の域を超えている。
「ミョウジさん!」
歩きにくくないだろうか、と廊下へでて歩く練習をしてみたのだが洋服を持った石田に鉢合わせした。眼鏡の位置をカチャリと直すと手にしていた洋服を目の前で広げられる。
「それは最終日には返してしまうのだろう?これはミョウジさんが着ていた服、破れている所なんかは補修してるよ。良かったら着てくれないか」
『ありがとう。あ、破れた所に滅却師のマーク』
自分で脚をひっかき傷を作った箇所、もちろん衣服も破れているワケで。そこには滅却師のマークがついていた。デザインはこの際置いておき自分にも作ってくれた石田に礼を述べる。そうだ、現世へ死覇装で帰るわけにも行かずこの着物だって返してしまうのだから彼には感謝せねば。一護なんかは魂魄の姿で来ているから大丈夫なのだろうが。・・・そういえば一護は・・・?
「黒崎くんなら、ずっと入院してて体が鈍ったから動いてくるって出て行ったよ」
今日付けで退院出来た一護、彼の姿が見えない為どこへ行ったのかと聞くと十一番隊へ行くと言ったらしい。十一番隊って戦闘部隊じゃなかったっけ?修行でもしに行くのだろうか。そうこう雑談していると、四番隊の卯ノ花隊長が現れる。
「あら、ミョウジさんはお出かけでもなさるのですか?」
着物を着たナマエの姿に声をかけた卯ノ花。にこりと微笑み何かと思えば、後ろへ回り込み下ろしたままの髪に手をかけた。いとも簡単に結いあげる。着物は頑張って着れても髪をセットなどしたことはなかった為に手をつけていなかったのだ。
「こちらの方が素敵ですよ」
『あ・・・っ、ありがとうございます!』
可愛い、昨日とは少し違ったもののお洒落に結ってくれた。自分もこの手の練習をしなければ、今後着物を着る機会があるかどうかは別として。窓に映る自分の姿を確認していたら、外で隊舎に寄りかかっている人物が目に入った。その姿は、黒髪に死覇装を着ている。・・・袖が無いということはきっと彼だ!!
「ふふ、外で殿方が待っていましたのでもしかしたらと思ったのですが。やはりそうでしたか。楽しんできてくださいね」
『と、殿方って・・・っ!はい・・・』
彼女は気づいていたのだ、檜佐木とナマエが出かけるということに。四番隊へくる彼が珍しく用件を尋ねるとある女性と待ち合わせをしていると答えたらしい。彼は時間より少し早めに来たのだろう、織姫らに出かけてくると伝え準備を整えて客間をあとにした。
『檜佐木副隊長!お待たせしました!』
「ああ、別に待ってないから気にするな」
ナマエの姿を目にした彼は少し頬を染め「ありがとな」と漏らす。再び着物を着てくれた、自分の我が儘に付き合ってくれたことに感謝する。そんな彼にナマエも照れてしまった。なんだこの甘い空気は、むずがゆくて仕方が無い。すると、彼は「手、いいか?」とだけ訊いてきた。もちろんそれは繋ぐという意味で。着慣れてない着物で歩きにくいだろ、と。檜佐木副隊長、何故そんなに紳士なんですか。
「無理する必要はねえから、嫌だったら・・・っ」
『そんな・・・っ、無理なんてことないです!手、繋ぎたいです!』
彼自身もナマエに無理はさせたくなかった。嫌われては意味が無いからである。嫌な時は正直に言ってくれと伝えようとしたら、手を繋ぎたいとはっきりと言われた。一瞬呆気にとられるがじわじわと湧いてくる嬉しさを隠しきれない。片手で顔を覆い、にやけた面を見せまいと必死に取り繕う。
「・・・っ、じゃあ遠慮なく」
いつも頭を撫でてくれるその大きな手がナマエの小さな手を掴む。彼の手の中にすっぽりと収まってしまった。ゴツゴツと骨張った手、男性なのだと改めて実感する。斬魄刀を振るい虚を退治する姿は勇ましく、また大量の書類や瀞霊廷通信の編集・発行と机仕事もこなす檜佐木。ナマエの瞳には"仕事がデキる男"と映っていて。おまけに優しくて頼りになるときた。檜佐木副隊長ってモテるんだろうなあという感想を抱く。歩き出す彼に手をひかれ着いて行った。
「見てくれないか?朽木さんが現世に戻った時のために、彼女がよく着てたワンピースタイプの服を一つ・・・」
自身が制作したワンピースを広げ織姫と茶渡に披露しようとした石田。だが、二人の視線が違うところへあるのに気づく。その視線を辿り、窓を覗くとミョウジさんと知らない死神が一人。何を話しているのかはさっぱりだが、見る限り恋人のような雰囲気を醸し出していた。それはもう二人の世界に入っていると言わんばかりに。そしてあろうことか、手を繋ぎ歩いて行ってしまった。
「ナマエちゃんってああいうのがタイプだったんだね!白昼堂々とデートだなんて」
「も・・・もしかして、尸魂界で行動を共にした彼・・・なのか?」
「二人とも勝手な憶測はやめた方がいい。ミョウジにも何か理由があるのかもしれない」
織姫と石田はナマエの隣にいる男性死神との間柄を恋仲だと探っていた。それを止める茶渡。茶渡のいう"何か理由が"・・・というのは当たっていたのだが、それを知る由もない織姫は少し興奮気味に二人を見ると「今度ナマエちゃんに詳しく聞かなくちゃ」と瞳を輝かせる。いわゆる恋バナのネタになるとふんだようだった。
「理由なんてないよ茶渡くん。もうナマエちゃんのあれは恋する乙女の顔だったよ」
「いや、その乙女の・・・とかはよくわからないが、何も聞いていないのに想像するのは失礼かと・・・」
「大丈夫!井上織姫、女の勘がそう言っているのであります!」
きりり、と表情を作り敬礼してくる織姫に何も言えなくなった茶渡。それを横目で聞いていた石田も数日前、一護とナマエが病室で何やら良からぬ雰囲気をしていたものだからそういう関係だと思い込んでいた。しかし彼らの様子はどうも普通ではない。まさか、黒崎はただの遊びでこっちが本命ということか?!
「ミョウジさん・・・黒崎の奴をたぶらかすとは、なかなかのやり手」
「だ、だから石田。一護との関係を潔白しない限りこっちの線は薄いんじゃ・・・」
「なんだい茶渡くん、君は黒崎の味方を?」
そう言われて気づいた、自分は人知れずにミョウジと一護をくっ付けたがっていたのか、と。確かに今までの見立てで一護がミョウジを好いていそう・・・というのは予想がついていた。伊達に親友をやっていないのでそこには自信がある。現にあの病室での事件はもう彼らの関係を表しているかのようで。だから、さきほど目にした死神との雰囲気や手を繋ぐ行為だって自分としては少し嫌だった。親友の恋路を邪魔する行為はあまり頂けない。俺は・・・一護のことを応援したい、素直な気持ちを告げる。
「君に訊いた僕が間違っていたよ。黒崎のことなんてどうでもいいが、もしミョウジさんがあの死神を選ぶのであれば、奴の顔はさぞ愉快なものになっているだろうね」
「石田、お前・・・・・・性格悪いぞ」
デートといえば映画を見たりご飯を食べに行ったり、ウィンドウショッピングをしたりと色々あるが尸魂界でのデート、とは何をするのだろうか。見た感じ大きな商業施設等はない。何処へ行くのかと檜佐木に問うと、甘味処に寄っても良いし行きたい所があるのであればそこへ案内しても良いと言われた。しかしその前に立ち寄りたい場所があるという。
「悪いな、私用で・・・此処からなら近いから一度行っておきたかったんだ」
流魂街にある小高い丘。こんなところへ何の用事があるのだろうか。しばらく進むと見たことのある大柄な死神の後ろ姿。狛村隊長だった。そしてその先には手作りのお墓がある。
「あ・・・」
檜佐木も狛村に気づくと、やや気まずそうに会釈をする。どうやらこのお墓は東仙隊長の友人のものらしい。私は詳しいことはわからないが此処へ二人ともくるということは何かあるのだろう。瀞霊廷を出て行った東仙隊長と関係があるのだろう。
「・・・狛村隊長・・・東仙隊長はまた・・・ここへ戻って来るでしょうか・・・」
「・・・無論だ。儂等の手で東仙の眼を覚まさせてやろう・・・!」
そして半歩後ろにいたナマエに目線をやる。「貴公は・・・」と口にしたので檜佐木が説明する。一応ぺこりと挨拶した。狛村隊長はナマエの顔を覚えていたらしい。ほんの少ししか行動を共にしなかったのに。会話が終わると丘を降りようと脚を切り返す。狛村を見送った後その場にしゃがみ込む檜佐木。お墓を前に、何か考えているようだった。ナマエも彼同様にしゃがみ込むとお墓に手を合わせる。
「東仙隊長は正義を愛する人だった。どうしてあんなこと・・・っ」
『・・・正義、ですか・・・』
東仙と深い関係があるわけでもないナマエ、あまり口を挟まない方が良いだろうと彼の心情をそっと見守る。「貴方なら何と言って引き止めますか」と口にして、檜佐木も手を合わせると立ち上がった。よし、甘味処でも行くか!と気持ちを切り替えて歩き出そうとした。そんな彼に思うことがある。
『檜佐木副隊長・・・私と会っていて良いんですか?』
「・・・どういう、意味だ・・・」
本来なら東仙に裏切られ、信じていた師に見放されて精神的にまいっているはず。恐らく長い付き合いだった。そんな師のことを考える時間が必要なのではないかと。加えて、隊長がいなくなったことにより忙しい仕事。私なんかに構っていて大丈夫なのか。
『もう少しで帰ってしまうから私と会っているだけじゃないでしょうか。檜佐木副隊長にはもっと休暇が必要じゃないかと・・・』
「莫迦だな、お前が気にすることじゃない。それにデートに誘ったのは俺だ。ナマエといることで癒やされてるんだからこれにこした休暇はねえよ」
お前は優しいな、と言って頭を撫でる。もう彼との間で頭を撫でるのは恒例になっているようだ。再び手を取り丘を降りる。瀞霊廷に戻り下町まで来ると賑わっている商店街に着いた。適当に空いてそうな店を見つけ入ってみる。店員に案内され、檜佐木は彼女に奥に座るよう促した。こんな所でも紳士を発揮する彼。来る道中では段差があれば気をつけろと声をかけるし、人が混み合っている場所は肩を抱き寄せてぶつからないようにしてくれる。正直、一つ一つにときめいていたナマエ。こんなに女性として扱われのは初めてなのだ。
「好きなもの頼め」
『で・・・でも、それじゃあお詫びにならないんじゃ・・・っ』
店に入ってから気づく、そういえばここで使える硬貨を持っていない。所持金0で入ったはいいが必然的に檜佐木がおごることになってしまう。何も考えていなかった。でも彼はそんなことか、と零す。
「言ったろ、お前といることで癒やされてるって。この時間が詫びではだめなのか?」
やはり檜佐木は大人だった。甘えてもらえる方が嬉しいんだけどな。という彼の言葉に素直に従うことにする。そうか、檜佐木副隊長はデートを楽しみたいんだ。遠慮している場合じゃない、彼が喜ぶことをしなければ。注文したどら焼きがテーブルに置かれた。それを半分に割ると、檜佐木に差し出す。「俺にくれるのか?」と茶を飲みながらそれを受取ろうとした手を避けた。
『違います、"あーん"してるんです』
ボフォ!と飲んでいた茶を噴き出す。口の端からダバダバと茶が漏れている彼。むせ返りながら店員が渡してくれた布巾で汚したテーブルを拭いていく。頬を赤く染め何を言い出すんだという目をした檜佐木。あれ、デートの定番といったらスイーツをあーんすることじゃないだろうか。
『・・・・・・嫌・・・でしたか?』
「・・・っ嫌じゃねえけど。急にそういうのはやめろ・・・」
ナマエの腕を掴み引き寄せ、手からパクリとどら焼きを食べる。おいしいですか、と聞くと照れながらうまいと一言。するとナマエが自分で食べようとしていた半分のどら焼きを奪い取り口元に持ってきた。あーん返しというところだろうか。
『わわわ、私はいいですよ!』
「冗談じゃないぜ、俺だけにさせる気か」
恥ずかしい、だけどこれは彼が望んでいること。そう決心して口を開くとどら焼きを放り込まれた。甘いあんこが口の中に広がる。おいしい。正面の檜佐木は満足そうに茶を啜りながらナマエを見ていた。
「お前とこうして過ごせるなんて、夢みたいだな」
またそういう女性が喜ぶようなことを言う。檜佐木は天然タラシなのだろうか。いちいち紳士的な行動をとるし、可愛いや綺麗といった言葉もさらりと言ってのける。言い慣れている・・・とか?この容姿で仕事もできるならさぞ女性死神が放っておかないだろう。異性には困っていません、と顔に書いてあるような気がする。
『檜佐木副隊長ってモテそうですよね?』
「・・・急に何の話だ」
心底意外だったようで、瞳を丸くする。仕事もできるしデートのエスコートも完璧だし、と伝えると頬を染めた。お前の為に頑張ってるんだよ。という小さい呟きはナマエには届かない。平然と彼女とかいないんですかと問うてくる。
「いるわけねえだろ、だいたいそんなにモテてない」
仮に他の奴らにモテたところで嬉しくはない。好いた人から好かれなければ意味がないのだから。ナマエ、お前だよ。お前から想われるなら他は何も要らないんだ。そう心の中で呟く。
『私が死神だったら、檜佐木副隊長のこと・・・好きになってると思うけどなあ』
(な・・・今・・・なんてっ?!)
(デート、私も楽しんでた)
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