075
救護班が一護を無事に四番隊の詰所へ送り届けた。彼は休養して霊力の回復を待つしか無い。と四番隊の死神から伝えられる。さて、私たちはこれからどうすれば良いのか―
「とりあえず、一日二日で黒崎の奴が回復するわけでもないし、此処に居ることにはなるんだろうけど・・・」
「寝床等をどうすればいいか、だな」
空鶴邸にまたお邪魔しても良いのだろうが、何せ一護が此処で入院しているのだ。離れるのは少しばかり心配というものである。それにまたあの恥ずかしい所に戻るのは嫌というのが正直な感想だ。辺りを見渡す、現世とは似ても似つかない景色。まるで時代をタイムスリップしたかのよう。尸魂界に瀞霊廷・・・死後の世界に、本当に来てたんだ。と改めて思う。不思議な感覚だった、ユウレイが見えるようになって虚に襲われて、その虚を退治して、ルキアが連れ去られ、そしてルキアを助け出した。本当、人生何が起こるかわからない。
「あ!いたいた!間に合って良かった〜!」
『・・・っ花太郎・・・?』
隊舎から出てきた四番隊の山田花太郎が顔を出す。彼とは瀞霊廷に来てから一番最初に出会った。とても優しくて、穏やかな青年。急いで来たのだろうか、息が上がっている。
「皆さん、これからどちらへ・・・っ?」
「いや、ちょうどそれを決め兼ねていたんだ・・・」
「・・・でしたら!」
四番隊舎・・・否、全ての隊舎に来客用として客間が備え付けられているらしい。寝床を探していた自分らだが、そこへ来ないかと提案してもらったのだ。一護さんも一緒だしそこなら皆さんいいんじゃないかって、と声を弾ませる花太郎。お言葉に甘えていいのだろうか、ちなみに岩鷲は空鶴に無理やり家へと連行されていた。
「起きたときに皆さんが近くにいた方が一護さんもきっと喜びますよ!」
彼はそんな人間だっただろうか?そう考えていたのだが、織姫はやったー!ありがとうございます!なんて乗り気になっていた。そうだよ、彼女は一護の傍にいたいんだ。当たり前じゃないか。花太郎に礼を述べ、案内してもらう。ナマエと織姫が同室、石田と茶渡は隣の部屋へ。部屋に入るなり、キョロキョロパタパタと忙しなく動き回る織姫。何故かテンションが上がっている様子。修学旅行の気分らしい。
「此処が私とナマエちゃんのお部屋だね」
『織姫、あんまりはしゃいじゃダメだよ』
わかってます〜。と腰に手を当てる彼女、それがなんだか学校にいるときのようで懐かしさと安堵感といろんな感情が入り交じり思わず涙が出てしまった。わわわ、と慌てる織姫に謝る。
『ご、ごめんね・・・何か・・・全て終わったんだと思ったら・・・』
「そうだね。皆無事で、黒崎君が朽木さんを助けてくれて・・・」
全ては終わったのだ、織姫との会話がそう実感させてくれる。黒崎君が治ったら、現世に帰ろうね。そう言ってくれる彼女に頷いた。此処ではありがたいことに食事も湯浴みも全てが無銭で提供される。今までが緊張した世界で野宿だったのだ、最高な贅沢をしている気分だった。旅禍一同は尸魂界の恩人だ。という四番隊三席の一言で頂いた一時的な生活。腹も膨れ、リラックスしてしまえば自然と眠気がくるもの。睡魔に抗うことなく、準備された布団へ身を委ねた。
―翌朝、目が覚める。隣ではすやすやと眠る織姫、まだ起こすのは悪いだろうと思い静かに布団を出た。可愛い寝顔、にやにやと笑う姿はどんな夢を見ているのだろうか。口の端から垂れたヨダレを拭ってあげる。ガラリ、と戸を開けるとぱたぱたと廊下を走っている死神たち。こんな早い時間からもう仕事をしているのか、感心の一言に限る。顔を洗い、身支度を済ませると客間を後にした。少し離れた場所に花屋があるらしい。此処では特にすることもないし、一護の見舞いに行こうと思ったのだ。見舞いには花が普通だろうという感覚は尸魂界でも同じだったらしく店員に花の種類を聞く。これなんかいいと思います。と言われ、早速購入しようと思い、ポケットを漁るが財布がないことに今、気がついた。そうだ、お財布持ってきてない。あったとしても流石に尸魂界で使える金貨などは違うか。残念だが花は諦めよう、そう思った時に後ろから声をかけられた。
「君・・・・・・あの時の・・・」
死覇装を着た彼は見覚えがあった。そうだ、戦いが終わる前私をかくまってくれていた彼を負かした死神。綺麗に整えられた髪は艶があり、美しい。と素直に思った。眉と睫からカラフルな羽をつけた彼は手に花を束ねている。
「・・・それ、買うの?」
『・・・買いたかったんですけど・・・此処のお金持ってなくて・・・』
そう告げたかと思うと、財布を取り出しカウンターへ小銭を差し出す。買ってくれた!何故!と目を見張るも彼も自分の購入分を支払ったら店を後にする。一瞬呆けてしまったが、すぐに消えてしまいそうな背中を急いで追いかけた。
『ちょ・・・ちょっと待ってください!』
「何か用?」
出会い方が最悪だった為か、あまり良い印象がなかった死神。だって、私を護ってくれたヒトを攻撃していたんだもの。でも、今見る限りそんな悪い人には見えなくて。それにお花代も払ってくれた。
『いや・・・あの、ありがとうございます・・・』
「嗚呼、気にしなくていいよ。だってそれ見舞いだろ?」
花を見てわかったのか、視線を感じたので素直にはい、と答える。花は美しく、汚れた心も浄化するという。君が持ってる、その花の花言葉知ってるかい?と聞かれた。
「ナズナ・・・花言葉は、"あなたに私のすべてを捧げます"」
『?!』
「とても、美しい言葉だと思わないか?」
フフ、と笑う彼に顔が熱くなるのを感じた。誰に渡すのかは知らないけど、頑張りなよ。とひらりと手を上げて背を向ける。ち、違うもん。店員さんに勧められたから買っただけだもん。と一人奮闘する。・・・名前聞きそびれた。彼の背中はもう遠い。
『・・・失礼しまーす・・・』
黒崎と書かれた札がある病室。すれ違う死神たちに挨拶をしながら訪ねてみた。まだ、起きてないかもしれない。そうだったらそれでいい。双極の丘で彼を引き渡した後、そのままだったから様子を見ておきたかったのだ。旅禍という括りで個室を与えてもらっていた此処は、一護の寝息しか聞こえない。カーテンをめくると痛々しい包帯がたくさん巻かれていて重傷だったのかうかがえる。
『相変わらず、寝ている時はしかめっつらしないんだね』
まだ夢の中であろう彼に言葉を零す。すやすやと眠る一護の顔は幼子のように純粋無垢で。いつもの大敵に向かって刃を振るう影は微塵もない。目にかかりそうだった前髪をさらりと撫でる。こんなに柔らかかったっけ?窓際にご丁寧に花瓶が置いてある、いつでも生けていいですよと言われているようだった。袋から取り出し水を注ぐために水道を借りる。
『・・・一護、ありがとう・・・ルキアを助けてくれて・・・皆を護ってくれて・・・』
一護から視線を外し窓の外を見る。瀞霊廷・・・広大な土地、この中を駆け回って皆を助けてくれたんだ。ルキアを助けてくれた。やっぱり一護は凄いなあ、ちゃんと有言実行しちゃうんだ。そう考えていたら引っ張られる袖。驚いて振り返ると、薄らと目を開けた彼と瞳があった。起きてたの?そう問いかけると今起きたとの返事。ナマエの袖を離すと、次は手を握ってきた。どうしたのだろう、入院して心寂しくなったのだろうか。優しく握り返すと起き上がろうと腕に力を入れる。もう座って大丈夫なのか、少し慌てるナマエに大丈夫だ。と答えた。
「井上が治してくれたから、もうほとんど平気なんだ」
こちらを見る一護は嬉しそうに、でも少しだけ悲しそうにも見えた。黙ったまま少しだけクイっと引っ張られると近づく一護の顔。
「目が覚めて一番に見たのがお前で良かった。ずっとナマエのこと考えてたんだ」
至近距離の彼、瞳は相変わらずナマエを捕らえ外してはくれない。その瞳に恥ずかしさを覚え、逃げるように体を引くが許してはくれなかった。こっちに来いよ。と更に手を引っ張られ、勢い余ってベッドに乗ってしまう。慌てて降りようとするもそれを阻止され、まだ包帯が巻かれた腕に捕まった。一護に跨がったような形に、ちょっとこの体勢はまずいって。
「傍にいてやれなくて悪かった」
眉尻を下げ心から謝っているのだとわかる。大丈夫、知ってるよ。離れ離れになってから探してくれていたと、どれ程私のことを心配してくれたかと。石田を牢屋へ入れる際に岩鷲から言われた言葉を思い出す。心配かけてごめんね。私は運よく誰とも戦わずに済んだから傷さえ負ってない。双極で一護を見たときは、その姿を見て一瞬喉の奥が冷えた気がした。体のつながっている部分が少なすぎたのだ。ルキアの為に、皆の為にたくさん戦ってくれた彼に感謝する。
『謝らないでよ、一護は一護のやるべきことをしたんだから。何も悪くない』
「でも心細かったろ。俺らの中で一人だったし」
『結果オーライだよ。こんなにピンピンしてる』
ほら、と元気をアピールする。ニコリとほほ笑めば安心したかのような表情をし、そのまま腰に回した腕を強く引き寄せ抱擁。急な0距離に驚く、胸辺りに埋まった一護の顔。息を勢いよく吸われ、「ナマエの匂いだ、落ち着く」なんて言われれば恥ずかしさで体温があがる。やだ、やだ、湯浴みさせてもらったとはいえ寝てる間に汗かているかもしれないのにっ。ぐいぐいと体を離そうとするが、彼の力もまた強く逃れられない。
『やだ、やめてって!匂いを嗅ぐな!』
「いいだろ匂いくらい!ずっと会えなかったんだ、これぐらい我慢しろよ」
なんて無茶をおっしゃる。我が儘放題ではないか。いくら抵抗しても、放す気がなさそうなのでもう諦めた。「会いたかった」そう零す一護に胸がきゅっと締め付けられる。腰に回された腕は少し震えていて、声も掠れがかっていた。不安にさせてしまってたんだ。その不安を拭いたくて自分の腕を彼へと回す。
『ごめん、私はここにいるよ。もう大丈夫だから』
抱きしめ返すとぴくりと反応し、顔を上げる一護。その表情は愛しい者を見る瞳そのものであった。明るいオレンジをくしゃりと撫でてあげれば気持ちよさそうに瞼を閉じる。嗚呼、こんな可愛い顔もできるんだなんて思ってたら戸が開く音がした。
「黒崎!目は覚めてるか・・・って!!」
『・・・っ!?!?』
「石田!!」
パァン。と何かが割れる音がした、石田の眼鏡である。衝撃的なものを目撃した時、彼の眼鏡は割れる仕組みになっているらしい。目の前で織姫が生着替えをしようとした時も、同じく割れたのだ。カーテンを閉めていなかった為に、入り口からはもろに見えるわけで―上半身だけ起きている一護に、その上に跨っているナマエ。その構図"病室のベッドでイチャつく男女"。急いでベッドから飛び降りるナマエ、あわあわと胸の前で手を大げさに振る。
『ちちちち違うの石田君!!ええっと、一護が・・・そう!一護が気分が悪いって言うから背中をさすってただけで・・・っ』
「介抱の仕方が独特なんだな」
石田の少し後ろにいた茶渡もばっちり見ました。と言わんばかりに目を光らせている。まずい、こんな所見られたら変に誤解されてしまう!!!体をわなわなと震えさせている石田は顔を真っ赤にさせながら、片手に提げていた見舞い用の果物を渾身の力で投げつけた。
「君たちは!!朝からそんな破廉恥なことばかり!!現世に帰るまで我慢もできないのか!!だいたい黒崎、お前は病人だろう!!病人は病人らしく大人しくベッドで寝てろ!」
「石田・・・っ、何キレてんだ。つーか病人病人うっせえな!もうほとんど完治してんだよ!」
壁へぶつかりそうになった見舞い品を片手で見事キャッチすると反撃する一護。壁汚れちゃうしつぶれちゃったらもったいないしね、ってそうじゃなくて。此処に織姫がいないのが不幸中の幸いだと思った。いや、別に織姫と一護は付き合ってるわけじゃないし、浮気とかそんなんじゃないけどやっぱり好きな人が別の女性とイチャついてたら良くは思わないし・・・って誰にいいわけしてるんだ私は!!
「旅禍の皆さん此処は病室ですよ。お静かに・・・」
病室の入り口に立っていた石田と茶渡の後ろにゆらりと現れる女性。ニコリとほほ笑む彼女は四番隊の卯ノ花隊長だった、しかし目が笑っていない。この救護詰所にいる間は、彼女が命を握っているようなものだと誰かが言っていた。ゆっくりとした足取りで帰っていくと微妙な静けさがおとずれる。・・・・・・果てしなく気まずい。この空気に耐えられなかったナマエ。
『わ、私用事思い出したから・・・もう帰るね!!』
「あ!ちょっと待てよ・・・っ!」
一護の呼びかけも無視して、石田と茶渡の間を駆け抜けた。恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!!彼と密着していて、しかも体に跨るなんて大胆な恰好してた。それに・・・その姿を石田君と茶渡君に見られただなんて!!顔から火が出るほど恥ずかしい!久しぶりの一護との二人きりの空間で気が緩んでしまったんだ。彼の作り出す雰囲気に呑まれてしまった・・・っ。どきどきと脈打つ心臓がうるさい―
(ずっと待ちわびていたアイツの温もり)
(あなたに私の全てを捧げます・・・かあ・・・)
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