071
着いた先は四番隊綜合救護詰所―。牢獄に入れられるとばかり思っていたナマエは拍子抜けする。
『石田くんを・・・手当してくれるんですか?』
「こいつも重傷だからな、生け捕りと言われてるからには傷を放ったままにはできねえよ」
ぐったりと項垂れた石田はピクリとも動かない。力が抜けてぶらりと下がっている手には手錠。いかにも罪人といわんばかりの姿である。
檜佐木の肩に担がれた石田。こうやって見ると、本当に私は上司に付いている部下みたいだ。背格好だって人間と死神にそれほど差はない、死覇装だって着ている。すると、先を歩いていた檜佐木が歩みを止めた。どうかしたのだろうか・・・
「旅禍を牢へ入れるにはこいつをつけなきゃいけないんだ」
忘れてたぜ、そういって懐から取り出したのは手錠だった。それは手を拘束するだけでなく、その者の霊圧を封じることができるらしい。意識が覚醒しても、暴れられないようにする為である。瀞霊廷にはそんなものまであるのか。彼は石田を担いでいる、付けてくれるか。と軽く手錠を渡された。
『・・・っ』
私の手で・・・石田くんに手錠を・・・・・・?そんなの無理だ、私にはできない。渡された手錠を握りしめたまま動けないでいるナマエを一目見ると彼は担いでいた石田をおろした。気づいたら手の中にあった手錠は彼の元に・・・いとも簡単に両手の自由を奪う。
『す・・・すみません・・・っ』
「いや、悪い。俺の配慮が足りなかった、気にとめるな」
仲間であるこいつにナマエが手錠なんかかけられるわけがない、そんなのわかっていたことだ。自身としたことが、気遣いができてなかったことを悔いる。石田を担ぎ直す檜佐木の背を見てナマエは思う、覚悟なんてできていないじゃないか。檜佐木副隊長を裏切らないと決めた、だったら先ほどの手錠だって心を無にして・・・・・・はめるべきだった。やっぱり助けられてばかりいる、もう迷惑はかけたくないのに。次こそ・・・今度こそ、もう裏切らない!
「気にすんなって言ったろ!んな顔するなよ」
『・・・わわっ』
急にこちらを振り返り頭をくしゃりとなでられる。恐らく気づかないうちに表情が強ばっていた、拳だって酷く握ってしまっていた。檜佐木には全て見透かされている。恥ずかしさと少しの悔しさで俯くのが精一杯だった。
バタバタと駆け抜ける足音たち。此処、救護詰所では死神たちが忙しそうに動き回っていた。血まみれの死神や、痛みのあまり叫びをあげる死神。こんなにも怪我をしている人たちがいるのか、見ていて気持ちのいいものではない。
「檜佐木副隊長ですか!?それは・・・っ」
「嗚呼、捕獲した旅禍だ。手は回せそうか?」
一人の死神が話しかけてきた。四番隊の人だろうけど、担がれている石田を怪訝そうな顔で見る。もしかしたら、旅禍である私たちを治療するのは嫌なのかもしれない。そうだよね、だって瀞霊廷に侵入してきたんだし。悪者に見られて当たり前だ。
「・・・っしかし、今は人手が足りません!しばらく待っていただくかと・・・」
「簡易台ぐらい空いてるだろ、そこを貸してくれ」
案内された簡易的な診察台の上に石田をおろすと、戸棚から包帯を出して器用に巻いていく。日々鍛錬に勤しんでいる死神は怪我なんて日常茶飯事らしい。毎回四番隊に頼るわけにもいかず、大体の処置の方法だったら慣れているのだとか。
『すごい、手早いですね』
「人手が足りてねえんだ、これぐらいこっちでやらんとな」
着衣も変え、再び担ぐと処置室を出て階段を降って行った。下には地下救護牢というものがいくつもあるらしい。怪我をした罪人を連れて行く場所、すなわち牢屋。歩みを進めると壁に〇七五番と刻印された場所で止まった。
『?!』
「・・・・・・え、ナマエちゃん??」
その部屋には包帯でぐるぐる巻きになった岩鷲がいた。顔も体も痛々しく傷つき、重傷だったことがうかがえる。奥の方の寝台には横たわった茶渡もいた。ここに捕まっていたのか、二人とも重傷そうだがちゃんと生きている!そう思ったのと同時にガチャリと扉の鍵がなる。
「お前らの仲間だ、怪我してるから寝かせてやれ」
「ぬお・・・っ!雨竜!雨竜じゃねえか!!」
意識がある方の旅禍の近くへ置くと名を呼びながら驚く。足を切り返し牢を出ようとすると引っ張るそれ、旅禍の手が裾を掴んでいた。何の真似だ、そう目で伝えるも睨み付ける表情は変わらない。
「てめえ、雨竜に何しやがった。こんなになるまで・・・・・・」
「・・・やったのは俺じゃない、隊長だ」
怪訝そうな顔のまま手を離さない岩鷲。確かに石田を気絶させたのは東仙であり、彼ではない。すると次はナマエの方へ視線を移す。気まずさから目をそらした、今の私の立場からして彼に言えることは何もないからだ。
「おい、ナマエちゃん!何で死神なんかと一緒にいるんだよ、それにそんな服まで着て・・・」
死覇装のことだろう、死神と同じ服を着ていることに驚いている。正直に檜佐木副隊長からもらったと?否、そんなことは言えない。私だけ助けてもらった、死神のフリをしてルキア探しをしているなんて。そんなことが万が一、他の死神にばれたら檜佐木副隊長の立場が危うくなってしまうのだ。冷静を装う。
『・・・・・・手を離せ』
「・・・なっ、なんだと・・・・・・」
『檜佐木副隊長の裾を離せと言っている』
精一杯、気持ちを悟られないように。それでも手を離さない岩鷲。檜佐木の裾と岩鷲の手の間に微力な霊圧を当てた。彼は今霊圧を封じる手錠をされている為、仕返すことができないのを知っている。手が離れた隙に檜佐木はこちらへと足を切り返した再び鉄格子を閉め、鍵をかける。驚きと悲しみの瞳がこちらを見つめた。
「・・・ど・・・どうしちゃったんだよ・・・」
「見てわかるだろ、こいつは既にこちら側についている」
そう言ってナマエの肩を抱く檜佐木。信じられない。そう言いたげな表情をした彼を尻目にその場を去ろうとした。嘘だろ?!適当言ってんじゃねえよ!ナマエちゃんを返せ!!ガシャンと鉄格子にしがみ付き岩鷲が悲痛な叫び声をあげる。心を鬼にして冷静さを欠いてはだめだ。聞き流せ、聞こえなくなる位置までくれば・・・大丈夫。そう自分に言い聞かせながら先を行くが次の言葉に思わず歩みを止めてしまった―
「一護が探してる!!!」
『・・・っ!』
「あんたを心配して・・・っ!必死に・・・ずっと探してんだ!!」
瀞霊廷に着いてから一護と行動を共にしていたという岩鷲。その間、ナマエの心配ばかりしていたと。早く探し出して、護ってやりたいと言っていた・・・と・・・・・・。思った通りだ・・・やはり一護は私の心配をしていた。右も左もわからない場所に来て自分の身を確保しなければならない状況なのに、他人の心配ばかり。彼を知っているからこそ、容易に想像できてしまう姿。"なのにお前は裏切るのか"はたまたそんな言葉をぶつけられ、わかっていたことなのに心が激しく痛んだ。
「もう聞くな」
『!』
耳にあてがわれた檜佐木の両手。大きくてナマエの耳をすっぽり包んでしまうその手に甘えてしまってもいいだろうか。先を行くように促される。おかげで岩鷲の声がそれ以上届くことはなかった。四番隊舎を抜け、しばらく俯きながら歩くナマエに檜佐木が口を開く。
「・・・・・・動揺・・・したか・・・」
『・・・っ!すみません、相手に悟られましたか!?』
「いや、大丈夫だろ。あれだけできれば上等だ」
謝ってばかりだ・・・・・・私、それだけ上手く立ち回りができていないということ。一護の名が出ただけで歩くことができなくなってしまった。心配していたと、探し回ってくれていたと。込み上げてきた不安を押し殺すように拳を握る。
「安心しろ、お前には俺がついてる」
『・・・え』
「旅禍の仲間とやらが護らなくてもナマエ、お前は俺が護ってやるから」
彼の手がナマエの頭に置かれる。上を見上げると彼の細い切れ長の目とぶつかった。いつもの鋭い眼光はそこにはなく・・・・・・切なそうに見つめる瞳。何故、そんな悲しそうな顔をしているのか。そう聞こうとしたが、彼の後ろに舞う何かを見つけた。黒・・・・・・アゲハ・・・?
『檜佐木副隊長・・・・・・後ろに・・・』
隊長並びに副隊長各位にご報告申し上げます。極囚、朽木ルキアの処刑の日程について最終変更がありました。最終的な刑の執行は・・・現在より二十九時間後です。
連絡手段として使われる地獄蝶はそう伝えると、ヒラリと羽を返し舞っていく。
「二十九時間後だと・・・っ!明日か、随分と早まったな・・・」
『ルキア・・・ルキアの、・・・ことですか・・・』
震える声でナマエが問う。彼女には残酷すぎる結果だろう、明日には友が処刑されるのだから。しかし、俺としては何もしてやれることができない。助けるヒントが得られるかもしれない、ということで付き合わせてはいるが今のところ何一つ情報が得られていないのだ。
『どうしたら・・・どうしたら、いいんでしょうか。ルキアを助ける為に此処へ来たのにっ』
「・・・・・・っ」
我が身をかき抱くように体を震わす彼女。肩をそっと抱いてやることしかできなかった。下手な言葉並べるよりも、そうするほかなかったのだ。苦しむナマエを・・・・・・助けてやりたい。すると、再びひらりとやってくる地獄蝶。
「・・・・・・東仙隊長が・・・?」
東仙隊長から呼ばれていることがわかる。恐らく、本当の戦いがこれから始まる・・・そう予想せざるを得なかった。彼女を巻き込みたくはない、しかし自分の傍から離して何かあったら?考えたくもない・・・護りながら行くしかないか。
「瞬歩で向かうぞ、掴まれ」
『・・・っ』
寝返りを打つ。しかし、ジャラリと聞き慣れない音に違和感を覚えた。そして・・・体が痛い・・・薄らと目を開けるとみたことのない部屋があった。
「・・・・・・どこだここは・・・?」
ムクリと起き上がる。部屋の造りは広い・・・向こうには鉄格子・・・?そうか・・・僕は敵にやられて捕まってしまったのか・・・
「オウ!目ェ覚めたか!」
「・・・う・・・わああああああああッ!?」
誰だ!?強盗か!!急に目の前に現れたミイラのような奴にひたすら驚く。とっさに構えをとろうとしたが寝起きということもあり体が言うことをきいてくれない。しかし、相手は慌てて上から降りてくると「俺だ俺!」と言いながら包帯を巻いてあった顔から目を覗かせた。
「ガ・・・岩鷲君!?生きてたのか!よかった!君あまり強くなさそうだからてっきり・・・」
「そのセリフ・・・そのままテメーにお返しするぜ・・・」
不気味な姿をした奴が仲間だったとわかり安心した石田。けれど、何故か全身包帯だらけの岩鷲とケガの手当をされている自分・・・?尸魂界側に僕らを治療する理由なんてない筈なのに・・・
「・・・状況が変わったんだ・・・」
「茶渡君!!」
少し離れた場所に、一脚の椅子に座った茶渡がいた。彼もまた、手当が施された様子。話によると看守たちの会話を盗み聞きしたらしい。瀞霊廷内で隊長が一人暗殺されたらしく、犯人は不明・・・自分らはその最重要参考人となっている。要は、取り調べの為に生かされたということだった。
「手錠で霊圧を封じられてなきゃ俺の"石波"でこんな牢スグに抜け出せるんだけどよ・・・」
両手を胸あたりに上げ悔しそうに嘆く岩鷲。自身の腕にも同じものが取り付けられていた。・・・がしかし、自分は既にあの技を使ってしまったので霊力を無くしかけている。霊圧を封じる意味なんてあってないようなものだ。"それによ・・・"とそのまま岩鷲が続ける。
「ナマエちゃんだって何で向こう側に・・・」
「ミョウジさん?!ミョウジさんとも会ったのか!」
「会ったも何も・・・・・・お前を連れてきたのが彼女だったんだよ」
彼女が連れてきた・・・どういうことだ、さっぱり理解ができない。しばらく考えを巡らすも、"俺もそれには納得ができない"と茶渡が零す。そうだ、確かあの奇妙な隊長各をやってから階段を上り懺罪宮へと向かった。ほぼ相打ち状態で半死の状態ではあったがヒト一人助けるぐらいなら事足りると思ったのだが。階段を上りきった所には隊長各と思われる敵が一人・・・少し後ろには死神が二人いたのだ、もしかするとその内の一人、あれが彼女だったのか?
「死神みたいな服着ててよ・・・」
「死神みたいな服?それなら井上さんと僕も着ていたよ、他の死神から奪ったんだ」
「けど、一緒にいる奴のことを副隊長って呼んでた。まるで仲間内かのようにな」
お前を牢に入れたら出て行きやがったんだぜ。そう悲しそうに言う岩鷲。どういうことだろうか、彼女に似た死神だったってことは有り得ないか?そう聞くも、見間違いなんかじゃないと。彼女に問いかけてもきちんとした答えは返ってこなかったらしい。死神に肩を抱かれてこっち側についている、とまで言われたと。
「・・・・・・そ、そんなことって・・・」
「だが、あの子は一護の名を出したら動揺した」
目を合わすこともなかった、問いかけに返事もなかった。だけど、帰り際に一護が探してたと伝えたら動きが止まったのだ。それから推測するに、恐らく敵さんから操られてるとか変な技に掛かっちまってるとかじゃねえ。彼女自身の意思であっち側についているってことだ。と手元を見ながら言い切った。その裏には弱みでも握られているのか、それとも死神側についた方が得策とまで読んだのかは不明。彼女は何を考えているのだろうか。
「とまあ、命の保証はできてるからそこだけ安心しろってことだ」
「・・・ああ、そうだね・・・」
自分たちも此処から出る術は持たないが、今できることといえば傷を癒やし次の戦いに備えること。一護が必ず来ると信じて待つことになった。
(とりあえずこれで三人は無事だ)
(旅禍の男、いらんことを言ってくれるな)
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