068
長らく聞いてない目覚まし時計の音。うるさいそれを慣れた手つきで止めれば一階から登ってくる足音が。ああ、この足音はお母さ・・・
「あんたいつまで寝てんの!学校遅刻するわよ!」
『・・・えっ!今何時!?』
母の怒鳴り声に飛び起き、先ほど止めた時計を見ると針は数字の8を指していた。食パンをくわえ制服に着替える。まるで漫画やドラマでしかみたことのないシーンだが本当にこんなことってあるんだ。玄関を勢いよく開けて駆け足で学校に向かえば道中で胡桃色の髪をした彼女に会う。
「あ、ナマエちゃんだ!おっはよー!」
『織姫!おっはよー・・・って何呑気に言ってんの?もう8時過ぎてる、遅刻しちゃうよ?』
「人生は長いのです!焦ってばっかりじゃ大切なものも見過ごしちゃうよ?ナマエゃん!」
よくわからないけどマイペースな織姫、あんたには付き合ってられないよ。ただでさえ成績の悪い私・・・無遅刻無欠席じゃなきゃ進級できないかもしれない。あ、でも六月に一回休んだんだった・・・浦原さんとの修行で。・・・・・・ん?修行―?何で修行なんかしたんだっけ?自分の身は自分で守るためだよね、そうよルキアや一護に迷惑をかけない為。ルキアや一護に・・・・・・ルキア?ルキアは・・・っ!!
『織姫!なっ何で私たちここにいるの!?ルキアを助ける為に皆で尸魂界に行ってたんじゃ・・・』
「いつの話をしてるのナマエちゃん!そんな昔のこと・・・」
むかし?むかしってなんだ、一学期の末にルキアが死神に連れ去られたから、私たちは助ける為に尸魂界に行って瀞霊廷に乗り込んだはず・・・何で普通に学校に通ってるの?ルキアはどうなったの?他のみんなは?
「よお、朝からテンパってんな!」
『一護?!』
振り返ればずっと会いたくて仕方なかった彼の姿。当たり前のように現れてナマエは更にパニックになる。しかし頭をクシャりと撫でられればそれはやはり心地よく、次から次へと湧いてくる疑問どこかに飛んで行きそうだった。・・・ってだめだめ、現状を把握しなくては!
『ねえ!ルキアは?ルキアは無事なの?何で私たち現世に戻ってきてるの?どうやって戻ってきたの?』
「落ち着けって、説明してやるから。っていうかどうしたんだよ今更。記憶喪失にでもなったのか?」
笑いながら茶化してくる一護、今はそんなのどうでもいい。どうしてこんな現状なのかを知りたかった。彼は説明する。ルキアは死神能力の譲渡という罪を犯した為、尸魂界へ連行された。そして私たちはルキアを助ける為に追いかける。助ける為に尸魂界へ侵入したのに何故かルキアは釈放されたのだとか。・・・いきなり釈放?罪を許されたのか。深く反省したルキアを見兼ねた死神の偉い人が、現世には二度と来れないというのを条件に罪を許したらしい。・・・なんか適当すぎじゃない?
「ま、何にせよ皆無事なんだし。めでたしめでたしでいいんじゃねえか?」
「そうだよナマエちゃん!難しいことは考えないの!もう夏休みも終わって二学期だってのに休みボケしちゃって!」
『そ・・・そうだったの?そんなことがあったなんて』
何故だろう、当たり前のように話す一護と織姫。なのに何故私にはその記憶がないの?私に残っている記憶といえば皆と別れてから檜佐木さんと合流したところまで。ルキアがどうなったとか、いつみんなと帰ってきたのかとか。帰ってきてから何度か学校にも通っているというじゃないか。全く記憶が追いつかない。
「まっ、休みボケっていうか幸せボケだろうな。ナマエの場合は!」
『あ・・・・・・、たつき・・・』
後ろからポンと背中を押されれば体が傾くわけで・・・ポスっと埋まるそこは一護の胸。しっかりと受け止めてくれた一護はナマエを抱きしめる。
『ちょ・・・っ、何してんのたつき!』
「いいじゃん、お二人!ラブラブで登校すればさ!」
「そうだよ!お邪魔な私たちは退散しますので!」と言い出す織姫。彼女は敬礼するとたつきの腕を引っ張ってその場から立ち去る。え?え?何がどうなってんの?なによラブラブで登校って、意味がわかんない!それに何で一護の奴も黙ってるの?
『っていうかいつまで抱きしめてんの!もう離していいから!』
「そんな寂しいこと言うなよ、せっかく二人が気を利かせてくれたのに」
『!?』
ふわりと一護の香りで覆われる。後ろからぎゅっと抱きしめられれば、硬直してしまい上手く反応がとれない。頭へ口づけを落とすと耳元で囁かれた。
「このまま家帰るか?今日は親父もいねえし、遊子も夏梨も学校だ。誰もいねえよ」
『!?!?』
さっ、誘われてる!?私が?一護に?っていうか待て待て待て、何でこんなことになってるの?!急いで彼の腕から抜けると何もされぬよう身構える。誰よこれ、私の知ってる一護じゃない!!
「おいおい、傷つくじゃねえか。何で逃げんだよ」
『ああああんた誰よ!一護じゃない。わ、わかった!コンね!コンなんでしょ!?』
「馬鹿言うなよ、コンはずっと浦原さん家に預けたままじゃねえか」
知らない!そんなの知らないよ!コンじゃなかったとしても明らかに一護ではない。こんなチャラい一護みたこともない!!
「忘れたとか言うなよ、一世一代の告白だったのに」
『・・・っ!?こっ告白う?!』
ななな何の告白だ!好きだの愛してるだのそういった類じゃないことを祈る。だってそんなの・・・知らない間に告白されて付き合ってましたとか冗談じゃないもの。初めて付き合う時の思い出は緊張して、でも嬉しくって甘酸っぱい青春の一ページを想像してたのに・・・
「好きだ、付き合おう」
『・・・っ!!』
「もう二度と言わせんなよ、こんな小っ恥ずかしいこと」
頬を染めてプイと顔をそむける一護。あ、なんか可愛いな・・・なんて思ってる場合じゃない!私告白されたの?付き合おうって言われたの?あの一護に!?
「返事はもう貰ってるからいいよな?」
『へ、返事・・・?!』
いやいや、これまでの経緯でどうせ答えがイエスだったのは間違いない。じゃなきゃこんなに一護からベタベタされて、たつきや織姫から気を遣われるわけないのだから。でもでも、そんなの嫌だ!知らない内に付き合ってたなんて嫌だああ!
「喜んで、って語尾にハートつけてたじゃねえか」
『嘘つけえ!!』
なんかもうよくわからない!色々なことが起こっていて理解に苦しむ。そう頭を抱えていると前方から肩を掴まれた。
「今は誰もいねえし、邪魔は入らない」
『え、ちょ・・・なにしようと・・・』
「少し黙ってろ」
徐々に近づいてくる一護の顔。こ、これって・・・まさか、キ、キ、キ、キスするんじゃ・・・手も足も空いている、押し返すことだってできるし、急所を蹴って逃げることもできる。で、でも・・・動かないのだ、緊張して?怖くて?違う・・・本当は、一護なら・・・一護だったら。そこでぱちりと目が覚めた。
「!?」
『!?』
一護のオレンジが近づいてるはずだったのに目の前には黒髪?特徴的なタレ目はどこへ?切れ長の鋭い瞳とぶつかる。三本傷にろくじゅう・・・きゅう?
「どわああああっ!!!」
『いやあああああ!!!』
ばちん、と痛々しい音が響いた。顔を真っ赤にさせて両手で覆う彼女に、吹っ飛んだ彼。もちろん彼とは一護ではない、檜佐木修兵である。
「ななな誤解だ!!俺はなにもっ・・・まだ何もしてねえ!」
『まだ!?まだって何ですか!!』
「ああ、間違った!何も・・・するつもりもねえし、何もしてない!本当だ!」
昨晩、檜佐木の隣で寝てしまったナマエ。肩を抱き寄せ彼もそのまま夢へと落ちたのだが、寝入ってしまったら体勢が変わってしまいナマエと檜佐木もろとも横倒しになってしまったのだ。翌朝、先に目覚めた檜佐木はナマエの無防備な寝顔を見るなりキスしたい衝動に駆られ顔を近づけたのである。そしてタイミング悪く彼女が目覚めた。天罰が下ったのだろう。
「ぐ、偶然顔が近かっただけで・・・え、とその・・・特に故意では・・・」
『・・・で、ですよね!』
事実を言えない檜佐木は適当な理由をつけて逃れようとする。彼が変なことをするわけがない、と謎の信頼を寄せているナマエ。そして頬を抑える檜佐木に目がいった。
『あ・・・、ご・・・ごめんなさい。ついびっくりしちゃって・・・』
「ああ、いや気にすんな。これは俺が悪いというか・・・」
真っ赤に腫れた頬は見ていて痛々しい。よほど強くぶったのか指の痕までくっきりとついていた。攻撃できるとか言ってたけどこのことじゃねえだろうな・・・と一人思う檜佐木。ビンタが不意打ちすぎて受け身も取れずに真っ向から食らってしまったのだ。虚も倒せそうな勢いに正直焦る。
「じゃ・・・じゃあ、俺は定例集会に出なきゃなんねえから少し外すぜ。大人しくここにいろよ」
『え・・・!もう行っちゃうんですか?』
朝からパニックに陥り、唯一希望の檜佐木がその場を離れるというとオロオロしてしまうナマエ。すると、大きな手が頭を撫でる。
「なーに、すぐに終わるさ。大人しく待ってたら褒美をやるから良い子にしてろ」
『子供扱いはやめてくださいっ!』
手を退けようと腕を振りかざすと華麗にそれを避ける。喉で笑うと瞬歩ですぐに移動してしまった檜佐木。撫でられた頭を自分の手で触れてみる。そういえば自分は一護にもよく頭を撫でられるなと思い出した。泣いた時や落ち込んだ時、いつも彼は頭を撫でてくれる。あ・・・もしかして一護も私のことを子供扱いしているのでは?!そう思うとちょっと悔しかった。けれど・・・今はそんなことよりも彼の安否が気になって仕方がない。霊圧が感じられないのだ、また・・・彼の身に危険が?それとも地下水路に入って霊圧が遮断されているだけ?
『はあ・・・早く会いたいな・・・』
ため息が漏れる。先程のは夢だったのか・・・。なんてことない平凡な日常生活だった。平和なあの時間に戻りたい・・・
「好きだ、付き合おう」
「少し黙ってろ」
『?!』
夢で会った一護と私は何故か付き合っていて。好意が知れた時は驚きもしたが正直・・・・・・嬉しかった。やっぱり嬉しかったんだ私。何で嬉しいか、なんてそんなの決まってる。キスされそうになっても避けきれなかった。これは間違いなく・・・そう、恋だ。自覚しだすともう抑えはきかないもので・・・心臓がばくばくとうるさい。しかし、それと同時に罪悪感。おりひ、め―彼女の存在がこの恋心を締め付ける。決して彼女が邪魔なわけではない、織姫が一護のことを好いているのに・・・。わかっていたのに後から好意を寄せる自分が悪いのだ。やっぱり私が諦めなくては・・・いけない?やっと好きだと自覚できた―。やっと自分の恋を認めることができた―
それなのに・・・
―私はどうすればいい?
(気持ちに気づかなければよかった)
(頬の腫れ・・・こりゃ中々癒えないな)
(
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